第12話
軽沢山荘占拠事件発生の数分前。
長田県警機動隊が本拠地とする警察署の裏に、二人の機動隊員が立っていた。
片方は大盾を持っており、もう片方は指揮官用の警杖を持っている。
「晴矢隊長。ライフル隊の銃を新調する話はどうなりましたか?」
大盾を持った機動隊員、楽一巡査部長が、警杖を持つ機動隊員、晴矢隊長に聞く。
「すまない、ダメだったよ。過去一度も出動したことがない長田県警ライフル隊の銃が多少劣化していたって、特に問題はないってさ」
晴矢は地面を見つめて、悔しそうに言った。
「……俺こそすみません。警視庁上層部の方にもコネがあるあなたを利用するような頼み事をして」
「私は長田県警ライフル隊の隊長だ。部下の要望を吟味して上に報告するのは当然の義務だよ。君が気にするようなことじゃない。それに、史上最高のスナイパーである君の役に立てるなら本望だ」
申し訳なさそうな楽一に、晴矢はそう笑いかけた。
「買い被りすぎですよ。俺にはあなたが言うようなセンスはありません。長距離狙撃の能力は。ライフル隊最低レベルですし」
楽一は肩をすくめる。
彼の射撃能力は一般的な警察官に比べれば優れていたが、ライフル隊の中ではあまり冴えていなかった。
射撃技術というのは、どうしても生まれ持った才能に左右される。そもそも射撃訓練の機会が少なければ尚更だ。
「別に狙撃だけが銃の役目じゃない。ってのは君の言葉だよ。短機関銃が欲しいんだろ?要望を出しておくよ」
「やめてください。気に入ってもらえているのは嬉しいですが、あまり俺のくだらない要望を上に通していると、出世の機会を逃しますよ。あまりに文句が多すぎて警視庁からも長田県警からも見放され、出世ルートもほとんど失った、無能な俺みたいに」
楽一はそう自嘲する。
「そんなことない!」
卑屈な機動隊員の言葉を、晴矢は力強く否定した。
楽一は少し驚いたような表情になる。
「私は、別に君のことが好きだとか、そういう個人的な理由で君の意見を取り立てているわけじゃない。それが警察組織のためになると思っているから重要視しているんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
晴矢の言葉に、呆気にとられた様子で晴矢を見つめていた楽一は、ふっと俯く。
「好きなんですか?俺が?」
「あ」
晴矢はしまったというように口元を抑えた。
「趣味悪いですね」
照れ隠しかあるいは馬鹿にしているのか、もしかしたら自嘲しているのかもしれないが、とにかく楽一はそう呟いた。
「お前には言われたくない!……それで、どうなんだ?」
「どうって?」
「それは……君としてはどうなんだって話だよ!私のことが好きなのか、それとも嫌いなのか!」
声を荒らげた晴矢は、楽一の左右に手をついて覆い被さるような姿勢をとる。いわゆる壁ドンの体制だ。
男女共に大柄なことが多い機動隊の中でも特に背の高い晴矢は、楽一の体をすっぽりと覆い隠した。
「好きか嫌いかって、なんでそんな両極端な選択肢しか無いんです?それと、なんで俺は告白されながら怒鳴られているんでしょうか」
楽一は緊張で目をくるくるしながら言う。
「いいから答えろ」
晴矢は少し頬を赤らめて聞く。その声は低く艶めいていた。
「あの……俺はあなたのことが」
「晴矢、楽一!緊急事態だよ!……って」
機動隊員が晴矢の告白に返答しようとした次の瞬間、警察署の裏に一人の機動隊員が駆け込んできた。
「あ、優奈警視!」
晴矢と楽一は即座に距離を取ると、優奈警視に敬礼する。
「期待のライフル隊長と長田県警の問題児が、こんなところで何やってんの?」
優奈は二人の様子を眺めて状況を察すると、ニヤリと笑いながら言った。
「なんでもありません。不出来な部下に指導していただけです」
晴矢はなんとか誤魔化すことを試みる。
「隊長。俺のこと不出来だと思っていたんですね」
晴矢の思惑を判断した楽一は、にやにやとした笑みを浮かべながら、口調だけはひどく傷付いたように言った。
「楽一、それは勘違いだ!そういうわけじゃない……、って、お前!」
「コホン。ふざけている場合じゃないよ。銃器を持った犯人が人質をとって山奥の山荘に立てこもったそうだ。機動隊に出動命令が出ている。状況が状況だから警視庁からの応援もすでにこちらへ向かっている」
優奈警視の言葉に、晴矢と楽一は20代の若者の顔から警察官の顔になる。
「了解」
「すぐに向かいます」
晴矢と楽一はそう返事をすると走り出す。
結局、楽一は返事をしそびれた。
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