第9話

 作戦会議も政治的会議も完了した三日目の早朝、緊急で配備されたを装備した機動隊は、放水車で正門のバリケードを突破すると大学内へと突入した。


 遊撃放水車が高圧放水で暴徒を薙ぎ払い、それに合わせて盾を持った機動隊員が前進する。機動隊による突撃に、正門を守備していた暴徒は全員が逮捕された。


 迅速に正門近辺を鎮圧した機動隊員たちは正門の奪還を試みる暴徒を盾で押し戻しつつ、二台の人員輸送車を大学内へと侵入させる。


 暴徒側は放水と盾による攻撃で多数の負傷者を出しながらも、ただならぬ雰囲気を醸し出す人員輸送車に向けて火炎瓶や鉄パイプ爆弾を数本ほど投擲したが、直ちに放水車が対処したため、警察側には軽傷者すら出なかった。


 大学内に突入した人員輸送車の扉が開き、中から散弾銃のような形の武器を持った機動隊員が次々と降車してくる。


 彼らは戦国時代の鉄砲隊を彷彿とさせる陣形を組むと、ゲバ棒を持って隊伍を組んだ暴徒に向き合った。


 最前列に鉄砲隊、その後ろには盾を持った機動隊、そして一番後ろにガス筒発射器部隊と遊撃放水車。


 陣形を組んだ機動隊と暴徒は、互いに睨み合ったまま一歩も動かず火花を散らす。


 機動隊員たちは静かで規律のある殺気を纏って暴徒を睨みつけており、対する暴徒はその殺気に気圧されつつも、荒々しく突撃のタイミングを窺っていた。


 やがて機動隊のガス筒発射器が一斉に火を吹き、それと同時に放水車による高圧放水が再開される。


 暴徒は催涙ガスと放水に隊伍を乱されながらも、一斉に突撃を開始した。


 足音に地面が揺れ、投擲された火炎瓶が機動隊員たちの目と鼻の先で炎を上げる。


 十分に距離を見計らって、機動隊の最前列に並んでいた鉄砲隊が一斉に引き金を引いた。


 小さく軽い発砲音が鳴り響くと同時に、先頭を走っていた暴徒が一斉に倒れた。


 地面に倒れた彼らは痛みにうめくばかりで、悲鳴すら上げずに痙攣している。


 何の前触れもなく倒れた仲間と、銃器のような武器を構える機動隊を見た暴徒は、警察が散弾銃で仲間を撃ち殺したと勘違いして激昂した。


 地面に倒れた仲間のことを蹴飛ばし、踏みつけながら全力で突っ込んでくる暴徒に、ポンプアクションで薬室に次弾を送り込んだ機動隊員は、冷静に引き金を引いた。


 機動隊による冷静な射撃に、突撃する暴徒はバタバタと倒れていく。


 今回、機動隊に配備された武器は電撃銃スタンガンという海外の非殺傷兵器だ。


 引き金を引くと同時に二本の電極を放ち、これが突き刺さった人間は身体中に電気を流されて動けなくなってしまう。


 日本の警察では普及していないが、一部の国の警官にとっては拳銃や警棒と並んで標準装備となっている。


 今回機動隊に配備されたのは警邏隊向けの単発式ではなく、計六発の弾倉を持つポンプアクション式のものだ。


 ワイヤレスのため乱戦や近接戦闘でもその性能を如何なく発揮し、特殊部隊などにも採用されている。


 電撃銃を持った機動隊員は素早く、それでいて弾を無駄撃ちしないよう慎重に六発の弾丸を打ち切ると、素早く引き下がりながら弾丸の再装填を行う。


 先頭を走っていた勇敢な仲間たちが瞬く間に倒されたのを見た暴徒は、突撃の足を止めて少し後ずさった。


 怯んだ暴徒へと、放水車による高圧放水と催涙ガス、さらには大盾を持った機動隊の突撃が襲いかかる。


 その衝激に耐えられるような勇敢な暴徒は、すでに電撃銃でやられていた。


 機動隊は壊走する暴徒を追撃すると同時に、占拠された大学の施設へと突入して、中に隠れた暴徒を次々と逮捕していく。


 建物への突入チームは電撃銃を支給された隊員を中心に構成されており、連携の取れた攻撃に暴徒側はほとんど抵抗もできないまま次々と降伏していった。


 大勢の暴徒が占領している施設に対しては窓から大量のガス筒が投げ込まれ、大量のガスにたまらずに飛び出してきた暴徒は放水によって瞬く間に鎮圧される。


 火炎瓶を投擲しようにも狭い室内では暴徒への被害も免れないし、それを覚悟で使用しても、屋内ではすぐに消火装置が作動して炎は消されてしまう。


 屋外ではいくつかの火炎瓶が投擲されたが、機動隊側が火炎瓶の射程内にいなかったので、大半はただ炎を上げるだけに終わった。


 そもそも、ほとんどの建物は機動隊による放水の影響で水浸しになっており、火炎瓶や鉄パイプ爆弾についても、その大半が水に浸ってダメになっていた。


 一日を費やして行われた作戦により、大学内のテロリストは半分以上が逮捕され、立てこもる暴徒はついに二千人を切った。


 その二千人についても三割ほどは重軽傷を負っており、暴徒が大学内に設置した野戦病院は収容限界を迎えて、多数の怪我人が大学内に溢れかえっていた。


 対する機動隊側の被害は負傷者八名。しかも、後遺症が残るような重傷を負った隊員に至ってはゼロ。


 あまりにも圧倒的すぎる勝利だった。


 機動隊員たちは勝利に歓喜の声を上げ、指揮車の中では指揮官たちが互いを労いつつも、まだ事件は終わっていないと自らを戒め、更なる作戦の案を練る。


 とはいえ、実際に『勝って兜の緒を締めれる』人は少ない。厳しい教育を受けた指揮官たちですら、勝利の酔いに思考回路を奪われていた。


 銃器運用部隊の楽一警部も、楽しげに各機動隊長たちと語り合っている。


 負け戦を少しでもマシにするよりも、危険な現場に部下を送り込むよりも、勝てる戦を考える方が遥に楽しい。


 それだけは、全ての指揮官に共通している。


「この作戦も、明日には終わりそうだな」


「ええ。テロリストは我々に任せてください。皆さんは暴徒を頼みます」


 楽一警部はそう言う。その声色には敬意が含まれていた。


 機動隊長たちは深々と頷く。


「任せておけ」


「電撃銃もあるし、そもそも我々機動隊は暴徒鎮圧の専門部隊だしな。過激派学生など容易に蹴散らせるさ。そちらも、テロリストは任せたぞ」


「ええ。問題なく殲滅してみせましょう」


 会議は、夜通し続いた。

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