第8話
警視庁の大会議室に、スーツ姿の警察幹部たちが集結していた。
そこには警備部長や警視総監はもちろんのこと、公安部や外事課の幹部、さらには内閣府の内閣情報調査室室長までいる。
警視庁の会議に内閣府の組織である内閣情報調査室が参加するのは、国際テロ団体や外国組織の関与が疑われる事件のみだ。
その上、会議室には黒い制服を着た防衛省の自衛官までいる。
警察の警備任務に関する会議に自衛隊を招くなど、国内の治安維持に自衛隊を関わらせたがらない警察としては異例の対応だ。
それが、この会議の重要さを物語っていた。
「それでは、今回の東大学占拠事件において、防衛省の重要人物である赤鋼教授が拉致された件についての会議を開始します」
議長がそう宣告する。
「自衛隊による赤鋼教授の護衛を断ったのは警察だぞ。それも、『安全な国内での警護など造作もない。我々のみで十分だ』と大見得を切っての上だ。だというのに、このようにあっさりと教授を生け捕りにされるとは何事だ!」
会議開始と同時に口角泡を飛ばしたのは、情報本部長の三沢陸将だ。
国内最大の諜報機関である情報本部を率いる彼は、自衛隊における諜報、防諜を一手に担っている。
普段はその重役に見合う冷静さを持つ彼も、今回の緊急事態を前にして流石に平静ではいられなかった。
「そうは言いますが、ならばさっさと赤鋼教授を防衛大学にでも引き抜いておけばよかったじゃないですか。警察だって、いちいちセキュリティポリスを何人も赤鋼教授のそばに置いておくことなんてできませんよ。人手的にも予算的にも、本警備の機密性を鑑みても不可能です」
警視庁警備部警護課の課長が、情報本部長からの厳しい言葉に反論する。
要人警護を担う警護課長としては今回の失態を警察のみの責任とするわけにはいかなかったし、自分たちの警備体制にも自信もあった。
「こっちは財布を財務省に握られているんでな。教授一人を雇える予算ですらそうそう出せないんだよ。それで?警察側が教員と偽り大学に配置していた私服警官がテロリストに偶然ピンポイントで射殺され、教授の護衛が失敗したと?」
三沢陸将は鼻で笑う。
彼が警察の杜撰な情報保全体制を嗤ったのは、誰の目から見ても明らかだった。
飛び出してきた痛烈な嫌味に、警察は眉を顰める。
「そもそも赤鋼教授が防衛装備庁に出入りしていることは極秘のはずです。一体全体、どうやってテログループは赤鋼教授が例のプロジェクトに関わっていることを知ったのですか?」
警察幹部の一人が口を開いた。
「まるで防衛省から流出したかのような言い草だな。そもそもサイバー防護体制すらろくに整えられていない警察と、電子戦部隊を編成している自衛隊、情報が漏れるとしたらどっちなのかよく考えてみろ」
「警察のサーバーに例のプロジェクトに関する情報はほとんど保存されていません!重要な情報は全て紙資料として記録し、金庫にて厳重に管理しています。情報流出など万が一にもあり得ません!」
警察における情報保全を担当している公安部長が声を上げた。
「ほら出たよ書類至上主義。とりあえず紙なら大丈夫だとか言っているから警察は永遠にデジタル化しないんだ。結局、警視庁の情報保全体制はいつまで経っても粗末なままだな」
「なんだと!」
「まあまあ落ち着きたまえ」
罵り合いの様相を呈してきた会議を落ち着かせようと警視総監が穏やかに言った。
首都全域の治安維持を一手に担う警視庁のトップの座に就いた警視総監からの言葉に、警察、自衛隊の双方は口を閉ざす。
「あのねぇ。どちらが情報を流出させたかっていうのは今更議論するべきことじゃないんだよ。ここで問題なのは、赤鋼教授がテロリストに生け捕られているという事実だ。違うかい?」
警視総監は、いつも通り相手の神経を逆撫でするような口調でそう言った。
だが内容自体は間違っていないし、そもそも階級上位者から諌められれば、公務員に従う以外の選択肢は存在しない。
「さて。とりあえず状況を解決するために我々ができることを話し合おうか。じゃあ、外事の方はどうだい?」
警視総監は外事課長に話を振る。
「外事としては、主に北朝鮮、中国、ロシア、さらには国際テロ組織などを満遍なく捜索していますが、特に進展はありません」
外事課長が、手元の書類を見つつ発表する。外事課や公安の総力を上げた捜索で何の情報も浮いてこないということは、テロリストは極めて高度な訓練を受けた人員で構成されている可能性が高い。
となると今回の黒幕は国際テロ組織ではなく外国の諜報機関か。警視総監はそう推理する。
だがいくら他国の諜報機関でも、国内のほぼ全情報を掌握できる公安部の目から逃れることは難しい。となると犯人は、それが可能な一部の先進国に限られてくる。
「ならば一応、アメリカさんも捜査しておこうか」
警視総監はそう指示した。
「なぜですか?今回のプロジェクトは日米共同です。アメリカがこのような行動に出るとは考えにくいかと」
外事課長はそう反論する。
「F2開発を忘れたのかい。奴さんは日米共同とか言いつつ日本の情報は全て開示させ、自分らの情報は一片もくれないよ。今回だって、本気で対等な開発がしたいわけじゃない。日本が主導権を握っている開発事業なんて、向こうとしては気に食わないだろうからね。下手をすれば罠という可能性すらある」
警視総監は呆れたような口調で言う。
「随分とお詳しいですね」
「元々は公安部にいたからね」
三沢陸将の言葉に、警視総監は含みのある笑みを浮かべてそう答えた。
「それで、そういう情報本部としてはどうなんだい?」
警視総監は三沢陸将へと聞く。
「公安部から提出された国内での火器流出状況を元に、銃器を提供した犯人の特定を急いでいます。それと同時進行で流出した情報の確認と、流出していない情報に対する保護措置も行っており、さらには各国諜報機関にも軽く探りを入れています」
情報本部は、その規模と人脈を最大限利用して情報収集していた。自衛隊に多数存在していた諜報機関を統合して誕生した情報本部は、練度、規模ともに国内トップクラスの実力を持つ組織だ。
少なくとも公安部や外事課が同じことをするのは、人数的にも技術的にも無理だと言われるほどに、情報本部は高い情報収集力を誇っている。
「で、成果はどうなの?」
「銃器は国内の暴力団から購入したものでした。テロリストの身元は不明ですが、おそらくアジア系です。もし犯人が黒人や白人であれば目撃証言があるはずです」
警視総監の質問に、三沢陸将は淡々と答える。
「それだけ?」
警視総監はそう聞く。
「まさか。銃器の購入先となった暴力団は、九州南西海域工作船事件の際に回収されたケータイが頻繁に通話していた団体と同じ物でした」
三沢陸将は自信げに胸を張ってそう報告した。
重要な情報の発表に、会議室は沸き立つ。
「間違いないな」
「ああ、テロリストはアジア系らしいし、犯人は北朝鮮で決定だろう」
「だとすれば、あの情報が漏れるのはまずい」
すでに会議の流れは犯人を北朝鮮と断じる方向に向かっていた。
「まあまあちょっと落ち着こうよ。別に北朝鮮って決まったわけじゃない。もしかしたら別の国の可能性だってあるじゃないか」
警視総監の言葉に対する応答はほとんどなく、捜査は北朝鮮に対応する方向で動き始める。
ちなみに珍しく静かな警備部長の高岳警視長は、高度に政治的な話の流れについていくことを諦め、次の突入作戦について思考を巡らせていた。
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