第7話

「これはどういうことかな。高岳警視長?」


 警視庁警視総監室に怒りに満ちた声が広がる。


 片手にコーヒーを、もう片方に大手新聞社の朝刊を持ってソファーに腰を下ろした警視総監が、高岳警視長に不気味な笑顔を向けていた。


 新聞の一面には『警察死者24名、犯人多数射殺も事件解決ならず』という白抜きの字が踊っており、記事には警察の失態が書き立てられている。


 題名でミスリードを狙うのは新聞社の十八番おはこだが、今回ばかりは珍しく一切の嘘偽りが混ざっていない。


 警察は24名の死者を出し犯人を多数射殺したが、事件は解決どころかほとんど進展もしなかった。というのは紛れもない事実だ。


 大学内へと突入した機動隊は暴徒からの激しい抵抗に遭い、なんとか確保した地域を放棄して撤収。大学は依然として暴徒に占拠されたままになっている。


「申し訳ございません。全ては、私の監督責任です」


 高岳警視長は、深々と頭を下げる。


「その上、銃器運用部隊も投入したそうじゃないの。もし奴らが失敗したら、あんたの警官生命は絶たれるんだよ。正気の沙汰じゃない」


 警視総監は嫌味を含んだ口調で言う。


「反省しています」


「とはいえ、銃器運用部隊を投入しなければ決死隊は壊滅し、期待の新人である晴矢警視も死んでいた。そういう意味では良い判断ではあったよ」


 警視総監は、少し嫌そうな表情で高岳の判断を労う。


 新聞にも、新設の銃器運用部隊が大いに活躍したことはしっかりと記されている。


 それに孤立した決死隊を救ったという事実は、ドラマが大好きな大衆にはもちろんのこと、警視庁内でもかなり評価された。


 警視総監ですら、表立って銃器運用部隊を批判することはできないほどに。


 これで警視庁内における銃器運用部隊の立場も多少はマシになるだろう。


「ありがとうございます」


 高岳警視長は礼を言った。


「銃器犯罪に対する抑止力を持つというのは貴様のアイデアだったね。これで夢に一歩近づくと言うことかな?」


 簡単な報告会のようなものを終えて、さっさと立ち去ろうとする高岳警視長に、警視総監はそう聞いた。


「いえ。一度使われれば抑止は失敗です。私、いえ。我々の負けですよ」


 高岳警視長はそう言って、警視総監室を立ち去る。


 警視総監は、不気味な笑顔のまま彼を見送った。





 同じ頃、機動隊長らの詰める指揮車内はどんよりとした空気に包まれていた。


 24名もの殉職者を出した上に、得られた戦果といえば210名の暴徒を逮捕したのとテロリスト数名を射殺したのみ。


 人質は救出どころか総数すら分からなかった。まさに大敗だ。最悪の結果に、機動隊長たちの心では悔恨が渦巻いていた。


 とはいえ、進展が全くなかったわけじゃない。


 まず楽一警部が指揮車内におり、しかも彼に対して厳しい目を向けている警官がいない。


 つまり銃器運用部隊がより円滑に作戦行動を行えるようになった上に、機動隊と連携をとりつつの行動も可能になった。


 次に、これまで銃器使用に対していい顔をしなかった警視庁が、今回の作戦による世論の動きを受けて銃器の使用を積極的に認めるようになった。


 これからは機動隊員たちも躊躇ない射殺が法律上は可能になる。最も、銃器の性能と隊員の練度が上がるわけではないので、作戦への影響は微々たるものだが。


 もちろん、それらの戦果など死者数に比べれば割に合わない。


 機動隊の敗北は明らかだった。


 だが、その割に楽一の表情は明るい。


 彼の手には一台のタッチパネルが抱えられていた。


「それは何だ?」


 特科車両隊の隊長が聞く。


「今回の突入で、我が銃器運用部隊はある特殊兵器を投入しました。これはその特殊兵器が撮影した映像です」


 楽一は、待ってましたとばかりにタッチパネルを机の上に置いた。


 そこには、教室らしき粗い画像が表示されている。


 奥の方では二十名強の人質が手首を縛られた状態で座っており、拳銃を持ったテロリストが二人、見張りのように立っていた。


「これは?」


「超小型ドローンの映像です。銃器運用部隊副隊長の西田警部補が個人的なツテを使って入手しました。重量はわずか55グラム、最長25分間飛行することができます」


 楽一はそう説明した。


 各部隊の指揮官たちから感嘆の声が漏れる。


「正面玄関での戦闘にテロリストらの目が集中している隙に、大学内に侵入させました。操作はWi-Fiを通じて行っており、機体はすでに回収済みです」


「それで、どんな情報を入手できたんだ?」


 特科車両隊長がそう聞いた。


「医学棟の人質は22名。21名は205教室、1名は302教室にそれぞれ捕まっています。確認できなかった部屋もありますが、テロリストの数から考えてこれ以上の人質がいる可能性は低いでしょう。そうですよね?」


 楽一の言葉に、参謀の一人が頷いた。


「ああ。22人はちょうど警視庁の予想とも被っている」


「だが。なぜ一人だけ分けられているんだ?テロリスト側の人手は潤沢じゃない。人質は一箇所にまとめて見張りの労力を最小限にするべきだろう。それにもし分けるとしたって、22と1っていうのはあまりに偏りが大きすぎだ」


 参謀の一人が疑問の声を上げる。


「はい。それが謎なんですよ」


 楽一は動画を進めて、302教室を偵察している部分で止める。


 椅子や机が部屋の隅に積み上げられ、がらんとした教室。


 その中央には椅子と机がポツンと置かれている。机の上にはパソコンが用意されていて、椅子には六十歳ほどの太った男性が座っていた。


 男性の後ろには拳銃を持ったテロリストが立っていて、鋭い目つきで怯えた表情の男性を睨んでいる。


「この男が誰か分かりますか?」


 楽一は晴矢に聞く。


「動画を公安部に送って調べさせてみよう。だが結果が出るのに数日はかかるだろうな」


 タッチパネルを持ち上げた晴矢警視はそれをケーブルで指揮車内のパソコンと繋ぐと、中のデータを公安部に送る。


「それで、次の突入作戦なんだが、今度は銃器運用部隊を中心に作戦を立てることにする。異論はないな」


 晴矢警視はそう宣言する。彼女に意を唱える者は一人もいなかった。


「それと、今回の作戦では例の秘密兵器を投入する予定だ」


「例の秘密兵器というのは、つい数週間前に機動隊への配備が決定されたあれのことですか。もう届いていたんですね」


 特科車両隊の隊長が聞く。


「ああ。各機動隊長は使用する隊員の選抜を行なっ」


 彼女の言葉を遮って、指揮車内の電話が鳴った。


 晴矢警視はすぐさま受話器を持ち上げる。


「今会議中だ、後にしろ。ん?なんだと」


 突然、晴矢の雰囲気が変わった。


 数分ほどの通話を終え、彼女は険しい表情で受話器を置く。


「どうしたんですか?」


「公安部からだ。男の正体が分かったそうだ」


 楽一の質問に、晴矢は緊張した表情で言った。

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