第5話

 銃器運用部隊の待機室として用意された人員輸送車は、座席のいくつかを取り払って倉庫兼管理室としている。


 そこでは、銃器運用部隊の隊員たちが作戦会議を行なっていた。


「医学部棟は四階建ての赤レンガ造り。施設は老朽化が進んでいる。建物は凸字型で、奥に大講堂、手前に教室や研究室が並んでいるという形になっている」


 楽一は机の上に地図を広げつつ医学部棟の説明を行う。


「いちいち屋上から潜入するなんて面倒だね。壁を爆薬で突き破って突入すればいいじゃん」


 赤髪の美梨巡査部長は一階の壁を指差して提案する。


「人質を吹き飛ばす可能性もあるし、そもそも建物自体が文化財だから無理」


 楽一はその案を即座に否定した。


 美梨巡査部長は爆薬のスペシャリストだ。その技術はもはや爆弾魔の域に達しており、訓練でも爆薬で壁を突き破る戦法を好んで使用する。


「やはりヘリコプターで屋上から侵入するのが良いと思うっす。屋上に出てきた敵についても、機動隊にガス弾を撃って貰えばいいですし」


 丸メガネの隊員が、屋上を指差しつつ提案する。


 彼の名前は西田という銃器運用部隊の副隊長だ。知識が豊富で、過去の作戦に基づいた堅実な作戦を得意としている。


「それは有りだな。機動隊との協力体制と警察航空隊からの許可が必要不可欠だし、ヘリコプターを使う以上墜落のリスクは避けられないが、許容範囲内だ」


「機動隊との調整は俺が行った方がいいだろうな」


 恵まれた体格を持つ大男が、自身の短機関銃を手入れしつつそう言った。


 彼は岩水といい、元々は警察レンジャー部隊に所属していたベテラン警官だ。


 学生運動全盛期には最前線で任務に当たっており、機動隊幹部とも親交が深い。


 盾を巧みに使用した戦技もさることながら暴徒鎮圧に対する知識が非常に豊富で、機動隊との調整ならば最適な人材だ。


「ああ。もしこの作戦が実行されたら、その時はガス筒発射器部隊との調整は任せるよ。それと静海巡査部長、お前には狙撃支援を頼みたい。場所はこちらで用意するが、おそらくヘリか建物の屋上になる。できるな?」


「分かってる。問題ない」


 バスの奥で狙撃銃の分解整備を行っている小柄な女性警官は、ライツの言葉にこくりと頷いた。


 物静かな雰囲気を持つ彼女は銃器運用部隊の狙撃手で名前を静海という。


 揺れるヘリの上からでも細い枝の上からでも、どんな状況でも敵の頭を打ち抜くその狙撃技術は他の追随を許さない。


 無口で無表情だが、腕は確かだ。


「じゃあ作戦会議は終了だ。さて。バスの制圧訓練でもやるか」


「そうだね」


「自分らは暇っすし、いいんじゃないっすか?」


 そうして彼らはバスの制圧訓練を開始した。


 とはいえ、一応警察の備品であるため窓を割っての突入とかは物理的にも法的にもできないし、高価で危険な空砲弾をバカスカ撃つこともできないので、基本的には口鉄砲と動作確認だ。


 それでも貴重な訓練には変わりない。


 短機関銃を構えた隊員たちは、ハイマウントの照準器を覗き込みつつバーンと声を上げる。


 口鉄砲の訓練は一見すると子供の遊びみたいだが、安全かつ安価に効果的な訓練を行うには最適なやり方だ。


 各国の軍隊や民間軍事会社、傭兵部隊でも行われている。


 彼らは秒単位でバスを制圧すると、条件を変えて再びバスを制圧するという動作をひたすらに繰り返し、その速度と精度を高めていく。


 そのように銃器運用部隊が訓練に精を出しているころ、機動隊側は慌ただしく行動を開始していた。


 早朝に行われた会議で決定された作戦の実行時間は正午。準備の時間はせいぜい数時間程度だ。


 ガス筒発射器にガス弾を装填し、車両の最終確認を行い、放水車に水を補給し、突入する隊員を選抜する。


 一連の準備は、マニュアルと訓練に沿って迅速に行われた。


 大学は機動隊員たちに固く封鎖され、特に正門は土嚢の山に身を潜めた警官と、机などで作られたバリケードに体を隠した暴徒たちが睨み合っており、いつ爆発してもおかしくない緊張感を孕んでいた。


 そんな正門へ、機動隊員や放水車が続々と到着する。暴徒たちも正門からの突撃を察し、戦力を正門の防衛部隊に集中させ始めていた。


 一方、正門に戦力を割くために暴徒側が警備の兵力を減らした裏門前は、最強と名高い第四機動隊から選抜された一個小隊が、やる気なさげな演技をしつつ警備に当たっている。


 暴徒側ものんびりと食事をしたり本を読んだりしており、戦闘など考えられないほどに穏やかだ。


 表向きは穏やかな雰囲気が流れる裏門から100メートルほど離れた場所にある小さな公園で、第四機動隊やライフル隊から選抜された隊員で構成される決死隊が防弾車に乗り込んでいた。


 バイザーの下に緊張した表情を隠し、催涙ガスを吸わないよう口を白いスカーフで覆った機動隊員たちの手には、ジェラルミンの大盾が構えられている。


 彼らは、一様にヒリヒリとした空気を纏っていた。


「私も行くよ」


 機動隊員の乗車も完了し、後部ハッチを閉めようとしたその時、公園内に一人の女性警官が、略帽の上からヘルメットを被りつつ駆け込んできた。


 長身痩躯に金色の瞳を持つ日本刀のような美しい女性だ。乱闘服の上から防護装備を着用して片手には大盾を持っている。


 彼女は間違いなく、第四機動隊長にして本作戦における現場最高指揮官である晴矢警視だった。


「晴矢警視、本気ですか」


 機動隊員の一人が、その女性警官へとそう聞いた。指揮官こそ前線に立つべきというのはよく言われることだが、指揮官の命が他に比べて重要と言うのも事実だ。


 だからこそ、指揮官は基本的に後方にいる。


「死ぬなら私が一番先だ。それに、ここで隠れているような上官に、お前らも命預けたくないだろう?」


 晴矢警視は、そう言って笑う。


 一見すると軽いその言葉に、機動隊員たちは一斉に敬礼した。


「人質を奪還に全力を尽します」


「当然だ」


 後部ハッチが閉まる。


 陽光に照らされる防弾車の車内は蒸し暑く、むっとするような熱気がこもっている。熱を伝えやすい鋼板で密閉されているために、熱の逃げ場がないのだ。


 晴矢警視は首に巻いたスカーフで顔の汗を拭った。ライフル隊の隊員たちは自身の狙撃銃を抱えて、時折震える手を軽く振っている。


 しばらく時間が経って、作戦開始の一方が無線で決死隊へと伝えられる。五両の防弾車は車列を組んで公園を出発した。

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