第4話
バス型の人員輸送車を改造して作られた指揮車内は、中央の長机の壁に並べられた通信機材で構成されていた。
必要最低限の面積に必要な全てが詰め込まれているために車内はかなり狭苦しく、その上、窓には目隠しのカーテンがかけられており薄暗い。
そして中央の長机を、各機動隊の隊長と警視庁の参謀が囲んでいた。
機動隊幹部らは車内に銃器運用部隊長の楽一警部が入ってくると、一様に嫌な表情を浮かべた。
つい最近登場したばかりで特に戦果も上げていないのに、一個機動隊と同等以上の予算を蕩尽している銃器運用部隊に良い印象を抱く機動隊長など存在しない。
もちろん銃器運用部隊の隊長職を担う楽一も、機動隊との共同作戦を円滑にするため機動隊幹部の銃器運用部隊に対するイメージを改善せねばならないとは思っていた。
だからこそ、機動隊幹部や警察上層部へ銃器運用部隊の意義を訴えるため、説明会や討論会などを頻繁に行なってきたのだが、指揮車内の様子を見る限り、あまり理解を得ることはできなかったらしい。
共に任務を遂行しようというよりは、いかにして銃器運用部隊を排除するか考えているような雰囲気だ。
「銃器運用部隊、木々楽一警部です」
「そうか。私は第四機動隊長の晴矢警視だ。今回の前線指揮官を担当している」
長机の一番奥に座った黒髪金瞳の綺麗な女性警官が、楽一警部を睨みつつ自己紹介した。
細身で背が高く、まるで日本刀のような洗練された迫力がある美人さんだ。
「ああ晴矢さん。久しぶりですね。長田県警以来ですか。随分と出世しましたね」
楽一は、片手を上げて軽く挨拶をする。
晴矢は少しだけ眉を顰める以上の反応は示さなかった。
「指揮官が揃ったので、作戦会議を開始する」
晴矢警視は楽一の着席を待ち、会議の開始を宣言した。
「我々としては各機動隊のライフル隊による狙撃で銃器で武装した敵を無力化し、その後、第二、第四機動隊による突入で暴徒を鎮圧するという作戦を実行する予定です。銃器運用部隊については、あくまでも予備戦力として機能してもらいたい」
まず、警視庁から派遣されていた参謀の一人が作戦を伝える。
「いえ。それでは我々銃器運用部隊を設立した意味がありません。そもそも、俺が機動隊にいた時、ライフル隊の射撃能力はあまり芳しくなかったと記憶しています。ここは我々が出るべきでしょう」
「君がいたのは三年前の話だ。今の機動隊については無知に等しい。戦術も装備も進歩し続けている機動隊の現状など君には分からんだろ」
第一機動隊長が楽一を睨む。
「はぁ。俺は警察に入ってすぐに機動隊に配属されて、それから六年間は機動隊にいました。ですがその間、ライフル隊は運用形態も練度もほとんど変化していなかった。あの予算と訓練頻度では当然です」
「何が言いたい?」
第一機動隊長は、顔に怒りを浮かべつつ問う。
他の機動隊長や参謀たちも、不愉快そうな表情を浮かべていた。
楽一は指揮車内を見回して、ここに自分の味方がいないことを再認識する。
楽一は長田県警にいた頃、仲良くしていた晴矢さんぐらいは自分の味方になってくれるかもと期待していたが、彼女は難しい表情で会議を見ているだけだった。
僅かな失望感を感じつつ、楽一は言葉を紡ぐ。
「ライフル隊に任せたら、人質も犯人も警官も大勢死にます。我々であれば、犯人逮捕と人質救出を同時に行うことだってできます。そのための訓練も受けています。作戦には、ぜひ我々を投入して下さい」
「精密射撃であれば全く問題ないはずだ!それに防弾盾と拳銃を持たせれば、建物内への突入など一般隊員で事足りる!」
参謀の一人が声を荒らげた。
「ライフル隊が射撃している間、敵が棒立ちしていてくれるといいですね。それに、ライフル隊の狙撃チームがまともに機能する距離まで敵に近づけば、チームは必ず暴徒からの攻撃を受けます。それは機動隊員が命懸けで阻止すればいいのですが、狙撃手へのプレッシャーは凄まじいですよ。止まっている目標すら年に数回しか撃っていないライフル隊には、荷が重いのではないでしょうか?」
「口を慎め。立場を悪くするだけだぞ」
晴矢は、楽一の言葉を嗜める。
「軽沢山荘占拠事件を覚えていますか。俺たちの上官だった優奈警視は、ライフル隊の下手な射撃と防弾性能の無い盾を使った無謀な突入で命を落とした。あんなことを、俺はもう繰り返したくないです」
次の瞬間、指揮車内の空気が凍った。
その寒さは真冬の寒風なんて生優しいものではなく、心の奥底にまで霜を下ろすような、鋭い極寒だった。
もちろん、物理的な気温ではない。
寒さの原因は、晴矢警視の放つ底知れない怒気だった。
透き通るような金色の瞳が憤怒に歪む。晴矢警視の放つ気迫に圧された機動隊幹部たちは、押し黙ってぴくりとも動かない。
ただ二人を除いて全員が、嫌な汗をかいていた。
「なんだと」
晴矢の冷たい声が、楽一を貫く。
「ふん」
楽一は何も言い返さず、ただ鼻で笑った。晴矢の震える手が腰の拳銃に伸びていることは、全員が察していた。
「まるであの件について自分の責任が無いかのような言い草だな」
「有りませんよ。だって突入も射撃も、優奈警視に進言したのは当時長田県警機動隊ライフル隊長だったあなたでしたから」
晴矢の言葉に楽一は肩をすくめた。
だが、その緊張にも終わりが訪れる。
「楽一警部、電池買ってきました。それと、こっちで医学部棟突入の作戦会議を行うので、隊長にも来てもらえます?」
どこか間の抜けた声が、凍っていた指揮車の空気を緩める。
指揮車の入り口に、癖のある赤髪と地底湖のような深く青い瞳が特徴的な若い女性警官が立っていた。
彼女の名前は美梨という。階級は巡査部長で銃器運用部隊の隊員だ。
本来であれば、重要な会議に緊急性を要さない要望を持ってきた美梨巡査部長は処罰されるだろう。だが、今この場に彼女を処罰しようと思っている人は、晴矢警視を含めて一人もいなかった。
「分かった。楽一警部は退場を許す。貴様がいても話にならん。とっとと出ていけ」
晴矢警視は何かを酷く後悔しているような表情で、そう命じた。
楽一は、軽い足取りで指揮車を立ち去る。
その後、ようやく作戦についての会議が開始された。
「各機動隊のライフル隊から人員を集めれば50人ほどになります。そこから射撃の腕に秀でている十名を選抜しましょう。狙撃手の数は十分です」
「防弾車の銃眼から狙撃を行えば、ライフル隊が攻撃に晒されることもありません」
「突入は第四機動隊から選抜した隊員に自動拳銃を持たせて行おう。警視庁最強部隊の名を持つ第四機動隊であれば、素人の犯罪集団など一捻りに違いない」
「医学部棟を占拠するテロリストの武装も拳銃程度らしいじゃないか。となると、銃器運用部隊の装備はいくらなんでも強すぎるな」
「奴らはマナーがなっていないからな。警視庁の判断を仰がず好き勝手に撃たれたら洒落にならん」
各機動隊の隊長や参謀たちが、口々に意見を述べる。
「分かった。作戦については特に変更しなくてもいいな。だが、個人的には銃器運用部隊を医学部棟の屋上から突入させるという案も、一考に値すると思うのだが」
晴矢警視はそう問いかける。
確かに銃器運用部隊が使用する短機関銃は、拳銃相手には過剰な威力を持つ。
だが、警視庁内で最も豊富な防弾装備を支給されている銃器運用部隊は、近距離での銃撃戦が想定される場面でこそ実力を発揮する。
こういった状況なればこその部隊だ。
「彼らは設立されてからまだ数年しか経過していません。実戦投入するには、練度不足かと」「そうですよ。もし下手に突入させて死者でも出せば、マスコミからの批判は免れません」「射撃を受けたヘリが墜落する危険もあります」
だが、警視庁から派遣されてきた参謀たちはすぐさま晴矢の意見に反対を述べた。
警視庁としては、金食い虫である銃器運用部隊など、可能であれば今すぐ廃止したいと思っている。
警備部長の高岳警視長が協賛したことで設立は認めざるを得なかったが、彼が退官した後、迅速に廃止を決定するためには活動実績を作るわけにいかないのだ。
「そうか。そうだよな」
晴矢は参謀らの意見に同意する。晴矢警視も、今この場で警視庁上層部の方針に反対し自らの出世ルートを閉ざすほど愚かではない。
だがその口調には、かすかに寂しさと悔しさが滲んでいた。
その後も会議は順調に進み、最終的には警視庁の用意した作戦案をそのまま使用することで決着がついた。
会議が終わり、各機動隊長たちは自分の指揮所へと帰っていく。
指揮車の中には、第四機動隊長と参謀らの数名のみが残った。
彼女は腕を組んで椅子に深く座り、目を瞑る。
「君だけは、私にその目を向けないで欲しかったよ。楽一」
いや、全ては私の甘えか。
彼女の呟きは、誰にも届かない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます