第3話
丸田公園は、第二機動隊が到着した時点ですでにもぬけの殻だった。
第二機動隊は数分で公園の捜索を行うと、丸田公園に暴徒はいない旨を無線で報告しそのまま東大学へと向かう。
だが、その捜索が致命的な遅れを招いた。
丸田公園に集結していた学生たちは、すでに東大学へと向かっていたのだ。
彼らはデモ隊というにはあまりに荒々しく、もはや暴徒と言ったほうが正確なほどに熱狂していた。
投石用の石、角材、それに火炎瓶で武装した暴徒は、路駐した車や街路灯を破壊しつつ進んでいく。
警察の交通規制が間に合わなければ、民間人の被害者も出ていただろう。
交通規制を行なっていた交通機動隊からの無線連絡で事態を察知した第二機動隊は、人員輸送車で大通りを駆け抜け東大学へと向かったが、時既に遅し。
東大学内部からの攻撃を警戒していた第一機動隊は、外部から襲ってきた暴徒に背後を突かれた。
一斉に投擲された火炎瓶の集中砲火を受けた放水車一両が瞬く間に炎上、さらには多数の機動隊員が炎に包まれた。
激しい投石と火炎瓶による攻撃によって混乱した隙を突いて、角材や鉄パイプを持った暴徒たちは第一機動隊へと殴り込む。
暴徒による激しい攻撃に指揮系統を寸断された第一機動隊は、瞬く間に負傷者を増やしていった。
凄まじい数の火炎瓶が飛び交う中で、死者が出なかったのは僥倖だろう。
第一機動隊が体勢を立て直し増援の第二機動隊と放水車六両が東大学に到着する頃には、既に暴徒の大半が大学内へと侵入しており、大学内は銃器を持ったテロリストと4000人以上の過激派学生によって完全に占拠されていた。
機動隊は放水車二両と人員輸送車三両、多数のパトカーが破壊され、さらには32名の負傷者を出した上に暴徒の阻止に失敗した。
警視庁はマスメディアからの苛烈な批判に晒された。
それは警視庁の判断ミスや現場の警備失敗というのもあるが、最も批判されたのは、交通規制にもかかわらず現地に入っていた報道チームが偶然戦闘に巻き込まれ、カメラマンやアナウンサーなどに三名の負傷者が出たという点だった。
勝手に侵入した報道側の落ち度も少なくないが、自分らのミスを大々的に報道するようなマスメディアは存在しない。
暴力を振るった側である暴徒やテロリストへの批判も一応はあったが、警察の失態に対する追及はそれを遥かに越え、警察広報部は鳴り止まない苦情電話の対応に追われることとなった。
だが、警察側だって一方的に敗北したわけではない。
第一機動隊の足止めで大学内への突入を阻まれた一部の暴徒は、迅速に現着した第二機動隊による急襲に多数の逮捕者を出して瓦解した。
最終的な逮捕者数は40名以上。さらには火炎瓶53本、鉄パイプ爆弾15本、さらには100kg以上の食料を押収した。
母数を考えれば微々たる戦果だが、決して小さくはない。
だが、そんな数字など序の口。
大学内に立て籠もって孤立無援となった暴徒とは違い、警察側には20万人を超える教育を受けた人員と潤沢な予算が存在している。
暴徒が限られた資源で守りを固めている間、警視庁は圧倒的な物量をひたすら東大学へと投入していた。
警視庁警備部は隷下の全機動隊に出動命令を下すと同時に、警察署員を中心に臨時編成される方面機動隊を編成して現場に派遣、さらには各県警にも増援を要請し、五千人を超える人員と百台以上の車両を東大学へと集結させた。
もちろん警視庁警備部の職員たちは徹夜だし、集結した機動隊員たちも睡眠どころか飯さえ食えていない者が大半だ。
さらには、いつ大学内から銃弾が飛んでくるか分からないプレッシャーも機動隊員たちに重くのしかかる。
諸事情から偵察を行うことができないために内部の状況が分からない恐怖も、機動隊員たちを苛立たせた。
警察の失態ばかり報じるマスメディア、思うように進まない作戦、そして疲労。
そんなこんなで、現場は上から下まで殺気だっていた。
そんなひりついた空気が満ちた現場へと、訓練を早めに切り上げた銃器運用部隊は到着した。
早朝六時頃、丸田公園に用意されたヘリポートに着陸した警察航空隊のヘリから、銃器運用部隊の隊員が続々と降りてくる。
公園内で野戦病院の設営や車両の整備などを行なっていた機動隊員たちは、轟音を鳴り響かせながら降りてきたヘリコプターへと一斉に目線を向ける。
訓練を切り上げてきたということもあって、銃器運用部隊の隊員たちはいつ任務に投入されても問題ない用意を整えていた。
防弾バイザー付きのヘルメットを被り、手には湾曲した銃床とハイマウントの照準器が取り付けられたMP5短機関銃を持っている。
濃紺のアサルトスーツの上から白抜きで『police』と書かれた防弾ベストを着込み、腰の拳銃ホルスターには、タクティカルライトとホロサイトが取り付けられた自動拳銃が収められていた。
雰囲気、装備、練度。全て申し分ない。これだけなら警視庁の誇りとして、警察からも民間人からも人気を集めていたことだろう。
だが彼らの人となりは、あまり警察らしいものではなかった。
「それで、我々はどうするんっすか?」
丸メガネの青年が、先頭を歩く隊長に質問した。
「人員輸送車で待機しろとのことだ。俺はこれから指揮車の方で機動隊のお偉いさんたちとおしゃべりしてくるから、お前らは好きにしてろ」
どこか軽薄な雰囲気を持つ隊長は、そう命令する。
「了解っす」
「じゃあ、僕は予備の電池買ってくるね」
癖のある赤髪と青い瞳を持つ隊員が、小走りでコンビニの方へと向かう。
機動隊の交通規制でほとんどの店がシャッターを下ろしている中、ただ一店だけ運営している商魂たくましいコンビニは、娯楽を欲する機動隊員で賑わっていた。
普段は大学生らで賑わっているのだろうが、大学はあいにくの状況だ。事態解決後もしばらくは客足が遠のくだろうから、コンビニとしても今のうちに稼いでおきたいのだろう。
「人員輸送車か。バス形式のやつに乗るのは俺も機動隊以来だな。暇だし、バス制圧訓練でもやっておくか」
大柄で巌のような雰囲気を持つ男が、待機室に指定されたバスを眺めつつそう呟く。
「いいね」
美しい濡烏の黒髪に黒い瞳の無口そうな隊員が、男の意見に賛同した。
「怪我さえしなければ好きにしてな。俺も後から合流するから」
隊長は苦笑いしつつ、指揮車へと向かう。
完璧な規律を重視する警察にあるまじき口調、態度。何よりも、それを注意するどころか自らも混じろうとする隊長の行動。
ただでさえ緊張を帯びていた機動隊員たちの視線は、いよいよ殺意すら持ち始めていた。
そもそも銃器運用部隊自体が、あまり評判の良くない部隊だ。
部隊長である木々楽一が警視庁官か警備部長の弱みを握って設立を押し通したとか、海外の軍需企業が新たな武器の売り込み先を用意するために設立させたとか、悪い噂だけは山ほど囁かれている。
木々楽一が長田県警から出向してきた警官ということも、噂に拍車をかけた。
金食い虫、無用の長物、税金ゴミ箱なんて不名誉なあだ名まで付けられるほどだ。
そんな部隊に志願するやつなんて、そもそも奇人変人しかいない。
そんな狂人の集団が警視庁の切り札として運用されているなんて、プライドの高い機動隊員たちが納得するはずもなく、機動隊と銃器運用部隊は、同じ警視庁警備部にありながら共同作戦が難しいレベルで険悪な関係にあった。
とはいえ、圧倒的多数からの視線を気にするような隊員はとっくに脱落している。
銃器運用部隊の隊員たちは待機室としてあてがわれたバスを使用して、和気藹々と制圧訓練を開始した。
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