第31話

 洞窟は入り口から10mほどの一本道が続き、そこから体育館ほどの空間が広がっていた。その中央に1体の石像が建っている。二足歩行で直立する像は頭が雪だるまのように丸く、表情はない。申し訳程度に目と口の位置に窪みがある。

「これが、失礼。この人?がジュンの言うアレーヌ族?」

「おそらくは」

「で、どうやって会話するの?」

「ん~......」

 初代ルナダリア王は当時の人類になかった魔術の素養を持ち、アレーヌ族と会話を果たした。その手段は何だったのだろうか。

「とりあえず、魔結晶で様子を見るか」

 ポケットから熱を発生させる魔結晶を取り出す。それを相手の眼前に向けるが反応はない。

「......どこかにスイッチでもあるんじゃ?」

「ロボットじゃないんだから」

 エリカの上段にジュンも突っ込みを入れるが、まさかなと思い全身を観察し始める。背中側に回ると、関節ではなく継ぎ目がなかろう部分に小さな穴が開いていた。

「これは?」

 指で軽く突こうとすると、黒い粒子が途端に噴き出してくる。

「うあっぶ!」

「ちょ、大丈夫?どうしたの?」

「どうって、背中の穴から黒いのが噴き出してきた」

「黒いの?どれ?」

 一体なにがと言いながら、エリカは小さな穴に顔を近づける。ジュンの視点では黒い粒子に顔を突っ込む形となっている。

「見えないのか?」

「見えないって、この穴?」

「わかった、ちょっと離れてろ」

 見えずとも、黒い粒子に顔を曝させるのはしのびないと思いエリカを一歩後ろに下がらせた。


 黒い粒子はPCに似ているが、触れることはできずエリカの目にも見えない。それは魔結晶から取り出す魔素に近いものだろう。

「魔結晶はここまで濃い黒じゃない。反対側が透けて見えるぐらいだ」

「黒?」

 さっぱりという表情のエリカを無視し、手を伸ばす。粒子に触れると魔素を操作する時とは反対に、自身が操作されるような感覚に陥る。

 気分の良いものではないと思いながらも、粒子を操作してみる。手に触れた粒子はすぐに操れた。

 しかし、手から離れた粒子を操作しようとすると今度は身体の中に粒子が入り込む。体内で何かがうごめくように五感が錯覚し鳥肌が立つ。額には汗が滴り、それを見たエリカが異常に気付く。

「どうしたの、ジュン?大丈夫?」

「たぶん......」

 一言答えるのがやっとであったジュンは、全神経を粒子の操作に集中していく。肩、肺、心臓から首、頭まで粒子が浸透してくる。粒子はゴーレムの穴とジュンの腕を結ぶ直線状に形が変わる。その中間まで操作の範囲が及んだところで、何かにぶつかるように操作が効かなくなる。

 粒子は頭全体におよび次第に視界が歪む。サラサラと音が聞こえ始めたと思うと、その音は急激に大きくなり嵐の雨音のように聴覚を支配する。視覚、聴覚に影響がでたことで焦りを覚え、他の感覚は無事か確認しようとしたとき、突如景色が変わる。


 気づくとジュンは一本の円柱の上に立っていた。眼下には赤熱した大地が流動し、吹き上がる蒸気は間違いなく高温のはずが熱は感じない。

 視線を上げると目の前には、膝ぐらいの高さの岩がある。ジュンとは別の柱に立つそれは、これまでジュンが見ていた石像と異なり4つ足で頭が見当たらない。

「やっと繋がった」

 ジュンの頭の中に声が響く。 疑う余地はなかった。目の前の、足つき碁盤を石で作ったような何かがジュンに話しかけていた。

「ごばん?なんだい、それは」

「知的遊戯の道具だ。頭の中で考えたことは全部伝わるのか......」

「そうでもない。この会話方法に慣れたら、嘘の1つや2つ簡単につけるさ」

 思っていた以上にフランクな態度を受け、ジュンは少しだけ緊張を緩めた。

「アレーヌ族とお見受けする。私はジュン。地球人だ」

「ご丁寧にどうも。僕は......ん~、君たちの言葉で発声させるのが難しい。好きに読んでくれ」

「じゃあ、エリオットで」

 名前はなんでも良いだろうと、ジュンは対して考えずに1つ挙げた。

「ありがとう。とてもユニークだ。僕らの会話は固有名詞を伝えるのがやや難しくてね、都度名前をつけてほしい」

「わかったよ、エリオット。ところで、この景色について説明をもらってもいいかな?」

「僕らの故郷さ。どうやっても、戻ることは難しいだろうけどね」

「魔術が得意なのだろう?」

「魔素が暴れるような災害が生じて、そこら中に異世界への扉が開いてしまった。」

「今、固有名詞を避けたろ?魔素嵐と仮称するとして、どうして戻れない?」

「よくわかったね。魔術が得意だろうと、異世界へとつながる門の行先を指定するのは難しいんだ」

 目の前のエリオットは少しだけ、膝?を折ってみせた。それが望郷を意味するのか、失望を意味するのかは不明だが、なんとなく悲しんでいるように見える。

「君たちが行った、ルナダリアという国がある世界。あそこも最初は魔素がなかった。そして、あの環境は僕らには厳しかった」

「地球人からすると地獄のような世界だが、そこに適応していたのなら納得の理屈だ」

 ジュンは理解を示すとともに、見下ろす状態に居心地の悪さを感じ柱の上に座り込んだ。

「じゃあ魔素を作ったと?」

「地球みたくまったくのゼロだったら、僕たちはすぐに死んじゃっていた。きっとそうなった仲間も沢山いただろう。なんとか生命活動が維持できるぐらいには魔素があったんだ。そして、魔素を増やすためにコレを使った」

 

 気づくとジュンの膝の上には直径20cm程度の球体が置かれていた。黄色く輝き、光を反射している。

「僕たちの家。周りのエネルギーから魔素を作り出すものだよ」

「つまり地球と同じように、太陽光から魔素を作ったと?」

「そこまで大規模じゃないけどね。最初は自分の家の近くだけ魔素を濃くしていたんだ。次第に周りの植物や動物が魔素に適応していって、どんどん魔素濃度が高くなった」

「エネルギーを魔素に変換できる生物が優位になっていったと」

「そう。それは人間もだった。君と同じように僕と会話できる人がいた。彼は僕が魔術を教えてあげると喜んで使っていた」

「アレーヌ族との交流を初めてやったルナダリアの建国者だよな?」

「なんで族ってついているのか分からないけどね。僕は独りぼっちだから。彼が初めて会話できた相手だったんだ」

「アレーヌって言葉の意味は?」

「ルナダリアで永遠って意味らしいよ。僕が長生きだって知って、そう呼ぶようにしたらしい」

「じゃあアレーヌが君の名前じゃないか、何でそう名乗らない」

「君は、僕がなんでここにいるか分かるかい?」

 エリオットがコトコトと音を立てながら近づいてきた。下からジュンの表情を見上げている。

「いいや。どこかのダンジョンに住んでいたんじゃないのか?」

「そう。そのダンジョンって言葉。ダンジョンは魔素嵐の一環なんだ。局所的に魔素が溜まり、様々な現象が歪み、放出される。中に入った生き物がぐちゃぐちゃに混ぜ込まれて吐き出される。そんなところさ。僕の家とはぜんぜん違うよ」

「だが、ルナダリアではダンジョンはアレーヌ族の家だと聞いたが、嘘なのか」

「ルナダリアが死んでからだ。彼らは魔素を貪り、富を得た。長い年月をかけて増えた魔素は人間の住処に集められた。次第に魔素濃度が局在化しダンジョンが多発するようになった。そしてその責任をアレーヌ族によるものだと擦り付けることにした」

 人間の欲による都合の良い責任転嫁。それを聞いてジュンは言葉が出なかった。

「魔素濃度はどんどん低下した。彼らは僕の所に来てたまにコミュニケーションをとったが、魔素をどんどん増やせと言うだけだった。たまに増やしてやると、やれ曇りが多いだの、やれ水脈が枯れただのと文句を言われた」

 

 自分勝手に要求し、希望の結果が出なければ勝手に失望する。ジュンの知る地球の歴史においても、それは繰り返されたことだろう。

「しびれを切らした彼らはダンジョンに異世界への門が開くことを知った。そこでダンジョンを固定化する技術を作り出し、門を維持してみせた。僕たちでもできなかった魔素嵐のコントロールを完璧でないものの、やって見せたんだ。すごいよね」

 エリオットは人類を完全に憎んでいるわけでないか。人類が魔術の扱いを習得することは、かつてエリオットがルナダリア1世に教えたことの延長だと考えているのだろうか。相手の感情が読めない会話にリアクションを返しづらい。

「そして、できた門に僕を放り込んだ」

「え......」

 ジュンはつい、身を乗り出して両手をつきエリオットに唾を飛ばすことを気にも留めずに声を荒げてしまう。足元にゴロンと球が転がり、慌てて手で押さえた。

「なんでそんな!?」 

「言われた言葉は1つ。魔素を増やせだ」

「じゃあ、あの雲はエリオットが?」

 魔術の祖にPCの対策を聞くべくここにきたジュンは、まさか目の前に主犯がいるとは思ってもみなかった。

「いいや。僕はやらなかった。こうして洞窟にこもって、最低限の魔素で過ごしていた」

「じゃあ、あの雲は......」

 ルナダリアの魔術はエリオットを越えていた。であれば、魔素への転換技術も開発されていておかしくはないだろう。

「それを再現してみせたんだ。彼らの魔術でね」

 エリオットは片足でジュンの足元にある球を指して示した。

 

 

 

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