第29話

 アキラの追跡を逃れたジュンは無事ダンジョンの入口にたどり着いた。バイクを乗り捨てて門をくぐる。

 日本から来た時と比べダンジョンは変化し、起伏が少なく、分岐に乏しい構造となっていた。魔物の数とも遭遇せず、ジュンはアリアから譲り受けた魔結晶を消費せず日本へと帰還する。

「力場の結晶が残り少し。他はもともと減っている者があるけれど、温存できたのはでかいな」

 アキラは日本において、”大詰め”があると言っていた。何をするつもりかは不明だが、魔術を使えるジュンが邪魔になるというのだ。それは彼らがこちらの世界で魔術がらみの行為をすることを指していた。そして、この世界で魔術を扱うとはダンジョンもしくは雲に関わることだろう。

 最低限のめぼしをつけてジュンは夕張コロニーへと向かった。使節団が緊急用に残していったデポから飲料水を取り出し、それを飲みながら山道を下る。

 マグナスから走り続けてダンジョンを抜け、コロニーに到着した時刻は夜中の2時。規制により電灯の明かりが限られたコロニーは仕事に行く人を見送るゲートだけ煌々と光っていた。

 アリアを連れてきた時と異なり、今度は衛兵に声をかける。

「すみません。シンイチ大臣とともに派遣されていたジュンです」

 話しかけられてた衛兵だけでなく、周囲の人間も長距離移動で疲労がたまり今にも倒れそうな男を見て駆け寄ってくる。

「ボロボロじゃないですか。大丈夫ですか?」

「治安局に連絡していただけますか?エリカ博士の研究室でお待ちしていると伝えてください」

「それは構いませんが、緊急ですよね。お送りしましょうか?」

 助かりますとだけ言って、力が抜けたようにジュンは座り込む。やがて誰かが車を手配してくれた。燃料の貴重なコロニーにおいても緊急車両は機能してる。パトランプを回さない救急車に乗せられ、いくらかの食料を渡されたジュンはエリカのもとへ着く前に意識を手放してしまった。

 

 *


 ジュンが目を覚ますとエリカの研究室でソファに寝かされていた。のそりと起き上がると部屋の主と目が合う。

「おはよう。コーヒー淹れたけど、飲む?」

「あぁ、疲労で頭が回らん。治安局に説明する前に目を覚ましておきたい」

「では早急にお願いします」

 エリカだけだと思っていた中、意識外からの声にビクリとする。声の方を見ると先日同室した取調官が座っていた。当時はジュンの取り調べを担当していたが、そもそも今回の使節団全般に関わる仕事をしていると思われるその女性は先に受け取っていたコーヒーに口をつける。

「緊急とのことですが、使節団はどのように?」

 失礼とだけ言って姿勢を正すと、ジュンは取調官と向き合った。足を下ろすとき、包帯が新しくなっていることに気づく。アリアの治療してもらった足は痛みが引かず、カナエから処置を受けていた。アリア曰く、魔術による自傷は魔術で治しにくいそうだ。アキラとの闘いで負った両手の火傷も手当がされているようだ。

「端的に。使節団はルナダリアと接触を果たしました。しかし、交渉は決裂しました。使節団は拘束され、少数だけが逃れました。情報を持ち帰るため、単独帰還した次第です」

 取調官はじっとジュンを見つめる。悪事の自供をしに来たわけではないのだ、緊張する必要はない。ジュンはやや言葉が詰まりながらも、地球の危機を伝えんとする。

光食雲PCはルナダリアが地球を魔素の産地、もしくは移住先とするために発生させています。発生源は我々が潜った洞窟です。世界各所に点在していると思われる洞窟、彼らのいうダンジョンは複数の諜報員によって設置されたものと思われます」

「えぇ!?」

「地球人に対してはどのように?」

 驚きの声を上げるエリカと対照に取調官は淡々と事情を伺う。

「魔術を使えない地球人をルナダリアの王族はひどく卑下しています。細かい情勢は後で説明しますが、今は第一王子らが主導のもと地球侵略の手筈を整えていると思われます」

「それは、日本だけではなく?」

「おそらく世界的に行われるでしょう。夕張コロニーでは、アキラという住人はルナダリアからの諜報員でした。国ごとに情勢や戦力の分析が行われているはずです」

「ルナダリアからの侵攻まで時間はどの程度だと?」

「アキラという男は雲について”大詰め”があると言っていました。これは推測になりますが、現状では魔素は雲とダンジョンに留まっています。これをルナダリアへの輸送、もしくは大気中への開放をすることが目的と思われます。」

「その魔素というのは、大気へばらまかれた際に影響が?」

「人体に悪影響は確認されていません。しかし、魔素は魔術を扱う上で必要なだけでなくルナダリア人が生命活動するうえで不可欠なものでした。少なくとも大気中への拡散を防げば、地球におけるルナダリアの侵攻は火星を攻めるに等しい難易度となるでしょう」

「その”大詰め”の手段は?」

「不明です。ともかく諜報員らが活動できないよう、コロニーの出入りを厳重に管理してください。雲が昇る洞窟も監視が必要です。そこは彼らが地球へ渡る限られた手段ですから」

 もう1つ、と言ってジュンは懐から魔結晶を取り出して見せる。

「このような魔結晶を持っている人間を探すように言ってください。これは彼らにとっての宇宙服とも言えます。ルナダリア、もしくはダンジョン以外で活動するには不可欠でしょう」


 取り急ぎ世界中へ伝達すべき情報を確認し、第一報としてもらう。取調官は録音と供述内容を記した書類を廊下で待っていた助手に手渡す。続いて第二王子や使節団の現状について話そうとした時、突如として地響きが鳴る。地震のように大地が揺れるだけでなく、巨大な重機を使った工事を目の前でしているかのような轟音が鳴り響く。

「なんだ!?」

 ジュンは揺れる地面に抵抗しながら急いで外に出る。周囲にも突然の地震に驚いて出てきた人間が見られた。

 屋根の付いたコロニーはいくつか厚いアクリル製の窓が天井についてる。その窓からは人間の活動時間である夜に月が昇るはずだった。しかし太陽を失った人類の心の支えとして残された、月影は見えない。

 そこには巨大な黒い塔が天高くそびえ立ち、月に覆い被していた。なり続ける地響きとともに塔は上昇を続ける。人々は次々集まり、しばらくその姿を眺め続た。あるものは悲観し叫び、あるものは神の遣いが来たと声高に主張した。やがて塔の成長が終わると共に地響きも止まった。しかし、人々の狂騒はとどまることを知らなかった。


「ジュンさん、あれは何かご存じですか?」

「ルナダリアで見た観測塔に似ている。が、あんなサイズの物はなかった......。あれが奴らの詰めろってことか」

「ツメロ?」

 キョトンとする取調官にジュンは笑う。

「将棋用語ですよ。詰みの一歩手前。対応策を打たなければ次の手で詰む状況です。あの塔がどのような機能を持つか不明ですが、あれだけ目立つものを建てた以上はこちらの対応を受けても何とかできる算段があるのでしょう」

「この仕事をしていて教養の不足は恥ですね。勉強になりました。私は別の仕事で忙しくなるでしょう。参考人としてご一緒いただけますか?」

「聞きたいことが1つ。これまでの雲発生源である洞窟の調査に関する資料はどこに?」

「治安局にもありますが、公表している分についてはエリカ博士にも提供していたかと思います。」

「それなら、申し訳ないがやることがある。最優先でだ。不足分はエリカに伝えておくから、そちらから聞いていただきたい」

 取調官は逡巡を見せるも、すぐに書類を持ったまま呆けている助手を叱咤しながら動き始める。横では一緒に研究室から出てきたエリカが私が?という表情を見せている。

「あれが、敵の橋頭保と見てよろしいですか?」

「おそらくは。ダンジョン内にあった門では大人数に移動は困難だ。その補助をする装置の可能性がある。」

「分かりました。ではエリカ博士には後ほど出頭していただきます。貴方はご自身の仕事をなさっていただいて構いません」

 問答無用で連行されると思っていたジュンは予想外の回答にキョトンとしていた。

「ずいぶんと柔軟な対応で?」

「緊急事態です。自衛隊の出動を手配し、コロニー住人にも避難を呼びかけなければなりません。あなたを拘束し、その結果対応が遅れたとなってはいけませんので」

「感謝します。ご武運を」

「あなたにも」

 握手を交わすと、すぐに踵を返し互いの仕事に急ぐ。

 ジュンはエリカとともに研究室へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

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