第28話

 サトルらはアリアの手筈でマグナス内へ再度侵入し、ビルマ派の協力を得ながら使節団が連行される馬車の破壊工作を行うらしい。

 別行動となったジュンはサトルが持ってきていたバイクに乗り、ランドレイ市の近郊の橋へ到着する。ランドレイ市を通らず、ジュンが通った洞窟へ戻るには一本の川を越える必要があった。バイクで無理やり越えるには深く幅の広い川だ。ジュンはバイクを捨てる選択をとらず、ここまで追手の気配がないことからアリアに教えてもらった橋を渡ることを選択した。

「燃料はまだあるな。全力でスピードを出しても余裕がある。だが、この橋を渡るのか......」

 アリアの教えられた橋は人間一人が通るので精一杯な幅しかなく、見るからにくたびれた木製の吊り橋だった。

 バイクを押してゆっくり渡ろうとしたとき、ジュンの目の前に何かが降ってくる。ガシンッと大きな音とともに地面に突き刺さったそれは金属製の棒のようだった。

「やあジュン先輩」

 振り向くとニヤニヤと随分楽しそうな表情をしたアキラがいた。そしてその後ろにもう一人。

「すまないネ、ジュンサン。お願いの話はなしでいいカラ」

 独特な訛りとパンタ科長は首から何やら機械をぶら下げ、まるっとした腹の上にのせている。アキラとともに走ってきたのだろうか、額には汗がにじんでいる。

「あなたの漏洩魔素は観測塔で計っていまシタ。同じ波長をもつ痕跡を追うのは簡単デス」

「追手が来るのが遅いと思ってたんだ。それがあるから逃げられる心配はなかったってことか」

「それだけじゃない。アリアの阿呆がどんな行動するか知りたかったんすよ。第二王子殿下は始末できたはずだが、遺体が確認できていない。こっそり生きていましたじゃあ手落ちでしょう?」

 アレーヌ族との交渉に赴いた第二王子ビルマは第一王子ライゼルの工作を受けた。アリアの話ではダンジョン内での行方不明とされていたが、ライゼルらの妨害によるものだろう。

「それも君が?」

「いいや、直接やったのは俺じゃないっす。俺の仲間も大勢いまして。じゃなきゃ世界中で雲の同時発生なんて無理っすよ」

 ジュンは焦る気持ちを抑えがながら、可能な限り目の前のおしゃべり野郎から情報を引き出そうと試みる。

「なるほど、世界中で君のような奴がダンジョン作りに精を出していたわけだ。だがもう君の仕事は終わったんだろう?たかが男一人逃がしてくれてもいいじゃないか」

「先輩、そうしたいのは山々なんですけどねぇ。俺もお上の命令には従わなきゃならない。それに魔術を使えるあんたを逃すのは大詰めの邪魔になりかねない」

 ジュンを”先輩”ではなく”あんた”と呼んだアキラは、その表情から笑いを消し右手をジュンの方向に向けた。

 ジュンの横にあった棒は地面から抜け、アキラの方へと飛んでいく。全身がさらけ出されたその棒は、柄から穂先まで継ぎ目なく一本の金属でできた槍であった。

「2対1かい?卑怯者め」

「安心してください。パンタ科長は非戦闘員ですよ」

「そうかいっ!」

 ブンッとバイクのエンジンを吹かしてまたがる。ギアを入れられたバイクはマフラーから黒い煙を吐きながら前進を始めた。

「逃がすわけないでしょう!」

 アキラが槍をジュンめがけて投げる。一直線に飛んでくる槍をジュンは右へ体重を大きく傾け、曲がりながら避ける。

 すると槍が空中でグンと方向を変える。左右に曲がり槍を振り切ろうと試みるが、どんな方向転換にもついてくる。

「うざったいが、その魔術は欠点があるはずだ」

 速度を上げて槍から逃げ続けると、途中で槍が減速する。減速した槍はそのまま勢いを反転しアキラの方へ戻っていった。

「この世界の魔術は遠距離に放ることはできても、遠隔起動することはできない。それは術者が魔素に働きかけることが要因だ。だから操作に必要なだけの魔素を消費したら槍は止まる。そして槍にとどめた魔素は移動することによっても漏洩し減少していく」

「この世界に来てから間もないのに、随分と詳しくなりましたねぇ。魔結晶で出来た代物でもない限り、確かに制限は付きますが......。一本ずつでやる必要もない」

 すっかり口調の変わったアキラは腰に下げていた剣を抜き、懐からナイフをいくつも取り出す。そしてそれらをたて続けにジュンへ向けて投げだした。

「やっべ!」

 追手が複数となれば直線的に逃げることも叶わなくなるだろう。そう考えたジュンは再度エンジンを吹かして吊り橋に向けて走り出す。

「囲いこめば避けられないでしょう」

 槍、剣、そして複数のナイフがジュンを取り囲むように飛びあがる。

「これで終わりです」

 周囲の刃が一斉にジュンを向き、その心臓一点に集中するように加速する。

 しかし、その刃がジュンに届くことはなかった。

「力場の魔結晶ですか、小癪な」

「魔術を使えるというのを忘れるな」

 アリアに借りた魔結晶の1つ、力場の魔結晶。ジュンはそれを使い、自身を取り囲むドーム状に力を発生させる。

 本来であれば手に持った物質を浮かせたり、物を遠くに飛ばせる程度の子供向けに用意された練習用魔結晶。アキラが使った魔術のように高度な操作は不可能だ。

 しかし、ジュンはその魔結晶の解釈を変えて用いた。物を支える、つかむときの力や摩擦力の根源はすなわち電磁気力である。距離に制限はあるが、手から離れた位置であっても発動できるこの魔術は任意の場所に、目に見えない大きさ、時間だけ粒子を形成し力を生じさせるものだとジュンは考えた。すでに方向づけられた魔結晶は同一の現象を起こすにあたり、解釈が異なれど発動に問題はなかった。結果として生み出される現象に差異はなく、解釈による自由度をジュンは手に入れた。

「ありていに言えばバリアだな」

 物質を操作する魔術に対して、力そのものを操作する魔術は消費する魔素の効率も生じる力も優れていた。

「くそが、アリアの阿呆め余計なことを。そのまま落ちてしまえ」

 ジュンに向けられていた刃は吊り橋へと向き直し、それを支えるロープを切断する。重力に従い木製の橋げたが落下する。だがジュンがまたがる金属の塊は落ちなかった。

「魔結晶の残りが厳しいからやりたくなかったんだが」

 ジュンの作る力はバイクのタイヤを支え、さらに摩擦力を形成し前進を助ける。気づけば数十mあった川をジュンはすべて渡り切り、そのまま走り距離が離れていく。


「おい、パンタ科長」

 明らかにフラストレーションの溜まったアキラに声を掛けられ、大柄な魔術学者はその身を震わせる。

「な、なんでショウ」

「あれは飛翔の魔術か?」

「いいえ。飛翔の魔術は重力に逆らい浮かぶだけデス。また力場の魔術ではあの重さの物を動かそうとしたとき、その作用で術者や乗り物に多大なダメージがおよぶデショウ」

「ではなぜあいつが飛んでいられた」

「非常に細かい時間で断続的に力場の魔術を行使したと思われマス。ですが、非常に精密なコントロールを要しマス」

「あいつはつい数日前まで魔術を使えなかったのだぞ?」

 ナイフを懐にしまいながら悪態をつくアキラにパンタは恐るおそる疑義を呈する。

「彼らの科学をベースとしているのでしょう。それヲ、あなたはあちらで目にしたのデハ?」

「歴史とともに確立された魔術の扱いを、魔素の無い世界に生まれた下等種族どもが上回るなど到底許されん。」

「デハ、この後はどのようニ?」

「追いかけるさ」

 アキラは槍を対岸に向けて振りかぶる。金属製の槍が手から離れてすぐに、再びその石づきを握る。勢いのついた槍は魔術によりさらに加速しアキラの身体を宙へと連れていく。全身にかかる加速によるGを右手一本の膂力で支える。

 ジュンのバイクと違い壊れる心配がない、魔術による加工が施された槍は加速を続けジュンに追いつき、その目の前に着地した。

「ぅあっぶ!」

 目の前で上がった土埃に驚き、バイクを急停止させた。


 突如、土埃の中から槍が飛び出してくる。

「技術の差を見せてやろう」

 ジュンは槍をなんとか躱すためにバイクから転げ落ちてしまった。

「しつこいな!」

 アキラから距離をとろうと後ろに下がると、今度はナイフが追いかけてくる。ジュンはすぐに再び力場の魔術を使ったバリアを展開する。

「魔術は!魔素を操り、世界をだます技術だ!」

 バリアに向けてアキラは槍を突き立てた。

「魔素を操る技量、世界をだます詭弁こそが魔術。貴様のそれはただ魔結晶の魔素を消費するだけのもだ」

 数度、槍を突き立てる。

「魔結晶の内部にある魔素が尽きれば終わるが、それではつまらん」

 アキラは突き立てた槍に力を籠めると、その穂先がジュンの設定した力場を通りすぎる。ジュンは身を翻し何とか避けることに成功するが、その姿勢を大きく崩した。

「魔素の操作は、他者が操っている物でも上書き可能だ。このようにな」

 槍を放り魔術による操作に切り替える。素手になったアキラが大きく踏み込むと、その身体がジュンの視界から消える。

 急いで周囲を探すと、背後にアキラが立っている。そこはジュンの設定した力場の内側であった。気づいたときにはすでにアキラの手が伸びており、首を掴まれる。ジュンはその腕をつかみ何とか引き離そうとするが、その膂力に歯が立たない。

「そして魔術の並列使用も術者の技量だ」

 今度はアキラが操作する槍とナイフが力場の内側に侵入しジュンの背中を貫かんと近づく。

 しかしその瞬間、アキラの視界はすべて白で埋め尽くされた。


 光とともにバリバリという轟音が鳴り響く。

 全身が制御不能に振戦し熱を感じる。

 光はすぐに止んだが、アキラの目には既に何も映らず意識を手放していた。

「イテテテ」

 ジュンの両手はしびれ、熱をおぼえていた。

「掴んだ手までで、うまく絶縁したつもりだったが......高電圧の電気を咄嗟に操作するのは難しいな」

 アリアにもらった魔結晶の1つ。それは電気を生み出すものだった。ジュンは魔素をコンデンサのように扱い、電圧を高めてから放出していた。電気を生み出す魔結晶から魔素を取り出し、それを両手に集めていた。魔素は電子の発生源かつ絶縁体として機能し、解放された電流はアキラの全身を走り地面に抜けた。しかし、急いで行った操作だったため、両手の絶縁が甘く自身も火傷を負う結果となった。

「この魔結晶はまだ余裕がありそうだな。アリアの練習にあまり使われなかったのか」

 子供が練習に使うには、扱いが難しいであろう電気の魔結晶。本来は静電気を作って遊ぶ程度の物を、ジュンは無理やり高電圧発生装置へと変換していた。

「よいっしょと」

 倒れていたバイクを起き上がらせる。

 アキラは現状では生きているようだった。おそらく同行していたパンタが彼を救助するだろう。自分はまだ誰も殺したりはしていない。

 自身にそう言い聞かせるよう心の中でつぶやきながら、地球につながる洞窟へ向けてバイクを走らせた。

 

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