第27話
マグナス郊外を街道から道を外れてしばらく走ると、小さな丘の先に家が建っていた。
「思ったより追手が少なかったな」
「急いだとはいえ、門でも妨害を受けなかった。確かに違和感はあるけれど、今は都合がいい」
アリアがジュンを先導し家の扉へノックをする。3回、2回、3回と一定のリズムで木製の扉を打つと、中から開けられた。
「ご無事でしたか、ジュンさん」
扉を開けた主はサトルだった。
リビングまで通されると、そこには見覚えのある衛生兵の女性と片足を失った隊員が椅子に腰かけていた。
「お互い、これまでの経緯を共有しよう」
ジュンは時間的余裕があるとは感じていない。早急に行動方針を決めなければならなかった。
「我々は市中の調査に出ていました。庁舎に戻ると警備の人間がおらず、不思議に思い中に入る前に無線を通じて連絡したのですが、返答がなし。異変を感じてからは二人の安全を優先してから調査に向かおうとしていたところ、アリアさんに会いまして。お国事情を伺い、匿ってもらった次第です」
「お国事情?」
「第一王子ライゼル殿下と第二王子ビルマ殿下は地球に対して方針が大きく割れていました」
アリアがジュンに腰かける促しながらルナダリアの内情について話を始めた。
「それぞれ侵略を望む過激派と、国の歴史を重んじて国交の樹立を優先する温和派です。王の判断はどちらも並行して進め、より実行可能な方を採択するというものです。」
「両方を採択したにしては、大臣との会談でずいぶん過激派に寄っていなかったか?」
「双方に条件が設けられていました。過激派は侵攻を達成する具体案を設け、調査を徹底すること。温和派も調査は求められますが、それ以上に別の条件に手間取っていました」
「別の条件?」
「この世界にはアレーヌと呼ばれる種族が存在します。全身が岩で覆われた、魔術の扱いに長けた種族とされています」
突然、話が別の方向へ飛び困惑する。しかし、ジュンは一つだけその種族に覚えがあった。
「魔術省の廊下にあった絵か?」
「はい。あれは初代ルナダリア王が建国時にアレーヌ族と手を取りあうことで魔術を体系化させたことを表す図です。その時代、突如現れたアレーヌ族は人類とコミュニケーションがとれない生物で魔物と同様に恐怖されていました。ですが、魔術の才があったルナダリア1世は彼ら意思疎通ができたのです」
「もしかして、アレーヌ族に魔術を教わったと?」
「国の歴史としてはルナダリア王が作り上げたとされています。ですが、アレーヌ族は魔術に長けており教わったと考える方が自然だとする者も一定数います。重要なのは、現代においてアレーヌ族は人類から距離をおいて交流が疎らであることです」
「そのアレーヌ族とやらが、第二王子の策に関係するわけか」
「その通りです。国交を樹立し、両者が助け合うにはアレーヌ族の知識が必要です。生命活動に魔素が不可欠であるアレーヌ族にとっても、世界の魔素濃度低下は問題であり、地球から魔素供給を受けることには同意いただけるはずです。一方で地球へも技術や食料を通じて援助ができます。私が地球に派遣される予定だったのも、その調査のためでした。その後は偽りの命令として、相手に可能な限り情報を与えず連れてこいと......申し訳ありません」
アリアが一堂に頭を下げる。皆はそれぞれに謝罪を受け入れ、頭を上げるように言う。
その中、ジュンは過激派がその選択肢を取らなかった理由を考えていた。物資を運ぶには出入口が狭すぎる。より大規模な運送が可能でなければ意味はないだろう。そして、魔素の供給を行うためにはあの雲やダンジョン内から魔素をルナダリアに運ばなければならない。
「物資の輸送においても、魔素の供給においても、ダンジョンの扱いが肝になるわけだな。」
「はい。人類は魔素濃度の調整によってダンジョンをコントロールしてきました。第一王子らはそれを地球でも行うつもりです。そして余剰分をルナダリアへ送ろうとしています」
第一王子の方針では地球の雲が晴れることはない。そして日本人は多くの資源を細い運送路による輸送に頼らなければならない。もしくは、地球人が見捨てられるだけだ。
「ビルマ殿下は地球のダンジョンを暴走状態に近いと考えています。正直に言いますと、あの空を覆う雲自体は我々の魔術で操作可能です。ですがダンジョンが魔素を欲する限り、際限なく雲が発生するでしょう。そこでダンジョン自体に働きかけ、それを消失もしくは規模の縮小を狙います。そのためにアレーヌ族の技術が必要なのです」
「アレーヌ族はダンジョンにそこまで詳しいのか?」
「元々、ダンジョンは彼らの住まいなのですよ」
「はあ!?」
想定外にジュンは声を荒げると、サトルが立ち上がり両手で落ち着くようジェスチャーをする。
「ジュンさん、いちおう俺ら逃亡中の身です。ご近所トラブルになるような声は控えてください。」
「す、すまん。」
「そんなに驚くことなのですか?」
口を開いていなかった衛生兵の女性が質問をしてきた。
「あぁ、それはー。えーっと、お名前は?」
「カナエです。ジュンさん、それよりもなぜ驚いたのか教えていただけませんか?私はあまり事情を呑み込めていない方でして......。第一王子が地球侵略を想定していたとは聞いたのですが」
負傷者の手当をしているカナエはジュンらが参加した会談等の情報が十分に伝わっていなかったのだろう。手早く説明をしてほしいという表情のカナエに、ジュンはこれまでの経緯を話す。
「我々はある王に指摘をした。そして拘束されるに至った。その指摘とは、地球の雲はルナダリアが地球をテラフォーミングするためだ、ということだ」
地球を苦しめた雲が、ルナダリアの手によるものだった。その事情までは聞いていなかったのだろうカナエは驚いた表情をしていた。
「しかし、雲の発生源であるダンジョン。ここに来るとき通った洞窟がアレーヌ族の住まいであるとすれば、テラフォーミングの主体はアレーヌ族だ」
「そこが、ビルマ殿下がダンジョンを暴走状態と判断するに至った理由となります。少なくとも、ライゼル殿下がアレーヌ族の協力を得たとは聞いていません。見様見真似で彼らの技術を再現し、ダンジョンが無制限に魔素を収集している」
「魔素濃度のコントロールをしても雲はなくならないと?」
「その通りです。ですから、ビルマ殿下は正しい制御技術を持って地球と交渉にあたるつもりでした。」
「それが間に合わなかったというのは?」
なぜ、アリアの案内によってジュン達がマグナスを訪問したときに第二王子らは居なかったのだろうか。
「私が、偽の知らせを受けていたのです......。アレーヌ族の協力が得られる。殿下も直にマグナスへ帰還されると。」
「......アリアって第二王子の諜報員なんだよな?」
「本職じゃない!......コホン」
先ほど注意を受けたジュンを前にして、つい声を張り上げてしまったアリアは赤面していた。
咳払いをした後にやや早口で言葉をつなげる。
「ですが、魔素の薄い地球へ行くことを忌避する者も多く。私が立候補をしました。私も生命活動維持のため魔結晶を隠し持っていたのです。それを取り上げられていれば危険でした」
魔術を行使するための魔結晶を見ず知らずのアリアに持たせ続けた治安局のことを、評価に困るなとジュンは思ったが結果としてアリアの命が助かっていたことに感謝していた。
「それで、今そのビルマ殿下はどこに?」
「ここから北に20日ほど行くとカルランドという都市があります。山の麓にできた都市です。山の中腹にダンジョンがあり、アレーヌ族が暮らしています。ビルマ殿下はそこへ行き、ダンジョンから帰還していないようです」
「それって、どのぐらいの期間?」
「2か月ほど......」
夕暮れが近づき、明るさが落ちたリビングを静寂が支配する。
「使節団は捕まり、地球侵略は目前、おまけにルナダリアの第二王子は失踪中とは......」
暗い空気の中でサトルがパンッと手を叩く。
突然の音に体を揺らせたカナエがサトルを見ると、笑顔を作って返していた。
「経緯の共有はここまで。今後の方針を決めましょう。」
サトルは先ほどジュンを注意した人間と思えない声量と明るい声色で話を切り替える。
「ライゼル殿下による妨害なのか、アレーヌ族との交渉に難航しているのか不明ですが、私はビルマ殿下の捜索にあります」
「というか、マグナスについてすぐに行かなかったのはなぜだ?」
「案内した日本人を放ってビルマ殿下を探しにいけないじゃない。」
途端に口調の砕けたアリアはやや申し訳なさそうに眉をひそめていた。
「俺とサトル達は大臣たちの救出か?」
「いいえ、ジュンさん。救出は俺たちだけでやります。できればアリアさんの協力が欲しかったですが、お互い喫緊の問題を控えていますので」
確かにジュンは非戦闘員として使節団に参加しているが、そうもいっている状況じゃないだろう。そう思っていると、サトルが別の要求を提示した。
「ジュンさんは地球に還ってください。1秒でも早く、現状を伝えなきゃなりません」
「一人で伝えるよりも、みんなを助けてからの方が安全じゃないか?」
「全員を助けられる保証はありません。装備もなければ、烏合の衆です」
「とはいえ、俺一人で抜けられるだろうか。さっきはなんとかアリアの真似でこの魔結晶を使えたとはいえ......」
「え、魔術つかえたんですか!?」
驚くサトルにジュンは足の火傷を見せてやる。
「縛られた縄ごと加熱してこのざまだ」
「でもすごいじゃないですか!ダンジョン内なら魔素もありますし、もっといろんなことができるんじゃ?」
「地球のダンジョンは魔素濃度が薄い。アリアでも大気の魔素を使うのは無理だった。それに俺はルナダリアの魔素濃度でもまだできそうにないよ」
二人が会話しているとアリアが戸棚から何やら箱を取り出す。
「私が練習で使ってた魔結晶。全部あげる。それと、足みせてよ。治してあげるから」
「私も診ますね」
女性二人に足をむけて、アリアに渡された箱の中身を見てみる。4つの魔結晶が収まっていた。ジュンはそれらが方向づけられた魔術を聞いて、なんとかなるのではと胸算用を始めた。
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