第26話

「誰かね、この男は」

「夕張コロニーの住人です。先日、行方不明者として捜索されていましたが、見つからず終いでした」

「先輩も大変っすねぇ。せっかく学歴を手にしたところで、コロニー生活になって?肉体労働に精を出していたら、今度は異世界にまで乗り出して」

「アキラ君。君が、君の意思でここに居るのは構わない。だが奥さんはどうするんだ?彼女は今もボロボロになりながらコロニーのゲート前で君の帰りを待っているだろう」

「アカリですかぁ?向こうの生活で、治安局に目をつけられたくないし?所帯を持って偽装するにはちょうど良かったんですよ。戸籍の無い俺のことも、たいそう庇ってくれて助かりました」

「それが妻とした人間へのセリフか?」

 ふつふつと怒りがこみ上げる。ルナダリアという国が地球を食い物にしたことよりも、ジュンにとってはアキラがアカリという一人の女性をふいにした事への怒りが勝った。

「感謝してますよ?コロニーができるまでは、身分の無い人間が何とか現地で食いつないでいたんですから。4年ですよ?4年。日本中あちこち移動しながら、丁度よさそうなところ探して準備を進めてたんです。」

「それで、雲に空が覆われて満足か?」

「いやだなぁ、そんな額に汗たらすほど興奮しなくてもいいじゃないですか、ジュンさん。満足なんてしませんよ。まだ終わっていないんですから」

 終わっていない?ダンジョンと雲によって地球に降り注ぐ太陽光エネルギーを魔素へ変換することだけではない?額を流れる汗を無視して、ジュンは思考に集中する。

「しゃべりすぎだ阿呆。少し口を閉じていろ」

「はっ!」

 ライゼル王子の言によりアキラは口を閉じる。ジュンはアキラをいさめたライゼル王子に向き直す。

「ライゼル王子、我々はこの後どう扱われるので?」

「当然、捕虜だとも。地球に我らの目的を知られるわけにはいかん。無駄な損失を出す必要もなし。奇襲一択だ」

「我々はここへ出向く前に、数々の打ち合わせを行ってきた。完全なる奇襲とはいくまいよ」

 大臣やコウセイは相応の準備をしてきたはずだった。それは使節団が失敗に終わった時も想定されているだろう。

「たかだが2週間の準備、だろう?聞いていなかったのか。そこの者が4年かけて仕掛けを施したと、そう言ったんだ」

 

 4年かけて行われたアキラの諜報活動は日本国内の情勢を探るだけでなく、ダンジョンに関わる作業も含まれていただろう。

 そこでジュンは雲について、いくつか思い当る。

「雲は世界中の空を覆っている。アキラ、お前いった何か所にダンジョンを......いや、地球につながる門を設置した?」

「さすがジュン先輩、察しがいいですね。僕だけでも相当数。ダミーも含めてね。日本だけでなく世界中に、ルナダリアからのスパイが潜んでいるんすよ。仕上げの段階に入ったんで、こっちに一度帰ってきました」

「話し過ぎだと言っているだろう」

「大丈夫ですよ殿下。彼らの通信機器は専用の設備が必要です。設備なしでの通信距離は数km、自衛隊の高出力無線でも数百km。そして、それは門を通ることのない手段。ここに居る連中を逃がさず、数人だけ都市に散った人を拘束すれば漏洩の心配はありません」

「お前といい、あのアリアという小娘といい。諜報に使う人間は扱いにくくて敵わんな」

「アリアも......諜報員だったのか」

 アモルファスという魔物から逃走し、門をくぐったと聞いていた。アキラの話を聞く限りは未だ準備の途中、ではなぜアリアは我々を連れてきたのだろうか。

「あの娘は愚弟の子飼いでな。ちょろちょろと目ざわりだったので、愚弟が遠方へ出た間にわざと地球へ向かうよう誘導したのだ。結果、諸兄らのルナダリア訪問は早まることで愚弟の邪魔は入らず助かったよ」

 ライゼルの弟ビルマの存在はジュンもコウセイから聞いていた。しかしライゼルとビルマが反目し、邪魔に思われていたとは初耳である。そしてライゼルと反目しているらしいビルマ、その配下であるアリアはなぜ地球人をルナダリアへ連れてきたのだろうか。


「さて、十分に話はしてやった。残念ながらここに居る全員を収容できる牢はマグナスにはない。幾人かずつに分かれて各地で幽閉させてもらう。殺さないだけ感謝したまえ」

 控えていた衛兵らが一行を次々連れていく。両手足を縛ったままでは歩けないため、肩に背負われる形だ。一人の衛兵がジュンに近づき、触れようとしたとき一つの異変に気付く。

「お前、なんか匂うな。ん?」

 ジュンはこれまでの会話中、ずっと靴下に隠していた魔結晶の操作を試みていた。アリアの手によって熱を発することに方向づけられた魔結晶はジュンの足首とそれを縛るロープを加熱した。体外へ向けた指向性をつけていたとはいえ、足首は火傷を負い、靴下は熱で収縮し肌に張り付いている。

 これまで痛みを耐えていたジュンは思いっきり足を蹴り上げ、熱で弱まったロープを引きちぎる。周囲が唖然とする中、全力で窓に向かって走った。

「捕まえろ!」

 ライゼルの命令を聞き、窓際に居たアキラがジュンを捕まえるべくタックルをかましてくる。

「どけ、クズ男がっ!」

 ジュンは後ろ手で縛られていた腕を、縄跳びのように跨ぐ。前に来た腕を、腰に張り付こうとするアキラの頭へめがけてハンマーのように振り下ろす。

「あでっ」

 痛みに声を上げながらもアキラはジュンの服を掴んだ。引っ張られ、走る速度が落ちるが勢いをつけたターンをすることでアキラの手から逃れる。

「逃げるなら、死ね」

 ライゼルは火球を構えると、ジュンに向けて放った。直径30cm程度の火球は勢いよく飛んでくる。ジュンはその速度を見て、振り向く暇はないと判断し全速力で窓へ走る。

 意識を失い連れてこられた部屋が何階であるかも考えず、少なくとも窓から見える景色は地階でないことを示していようとも、止まることなく窓へ体当たりをかます。窓はフレームがゆがみ外れ、はめられたガラスが飛び散る。勢いのまま窓ごとジュンは屋外へと飛び出した。

 火球が近づき背中に熱を感じるが、体が重力に引かれ逃れる。ひとまず焼死を逃れたジュンだが、数瞬先の未来を危ぶむ。これまで居た部屋は4階だったようだ。ジュンの視線の先には王家の家紋をかたどった旗があった。旗は建物の壁から外に突き出す形だ。

 ジュンは一か八か、壁を蹴り旗に向かって手を伸ばす。しかし、旗の支柱は指先を数cm掠めて通り過ぎる。

「くそっ!」

 ジュンが悪態をつくと、風が吹き垂れ下がっていた旗がたなびく。ジュンはその旗に両腕でしがみつく。指に摩擦を感じ、両肩が体重と落下の負荷に悲鳴を上げるが何とか減速する。

 旗をつたい2階程度までくると、ゆっくりと飛び降り地面で受け身をとる。

「走って!こっち!」

 声をする方を向くと、そこには現地人の衣装を身に着けたアリアがいた。ケープは身に着けず、シャツにパンツルックのアリアはジュンを先導し走る。その先には一頭の馬がつながれていた。

「乗って!」

 つい先ほどルナダリア人に殺されかけたジュンは目の前のアリアを信用すべきか逡巡するが、背後には追手があり迷う暇はなかった。

 アリアの手を取り、馬にまたがる。アリアの腰へ手を回し、火傷で踏ん張りのきかない足を庇うように姿勢を保つ。

「街の外で数人匿っています。まずはそこへ案内しましょう。しっかり掴まっていてください」

 アリアとジュンを乗せた馬は市中を駆け出した。

 

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