第25話

 ジュンが目を覚ますと両手足が拘束されて倒れていた。ポケットに入れていたいくつかのツールも抜き取られたようだった。後ろ手にロープで縛られたまま、上体を起こしてみる。周囲を見渡すと使節団の面々が揃って縛られている。幾人かはジュンより先に目を覚まして起き上がっていた。

「ジュン君も目が覚めたかい」

 声をかけるのはアガタだ。ジュンは壁に寄りかかると、アガタの向かいに座る形となった。

「アガタさん、事情は何かわかりますか?」

「大臣や、コウセイ君、そしてジュン君らと王様の交渉が決裂したと聞いた。聞くや否や、すぐに眠らされてココに連れてこられたんだ」

「警備に回っていた隊員達も、抵抗できずに?」

「指向性を持った催眠ガスのようなものだ、ガスマスクまで常備はしてない」

 横からジン隊長が口をはさんできた。ジュンとしては意図せず、護衛を非難する言い回しになってしまったことでバツが悪い。

「すみません。非難するつもりはないんです。魔術の全貌が分からない以上、対策は後手に回ることになります。ここにいる人間を全員、同時に鎮圧することが出来ると想定するのは困難です。それこそ、野外で待機する班員が居ない限りは」

 ジュンは周囲の人員を確認する。全員の顔と名前を覚えたわけではないが、この場に居ない人間が数人いた。

「隊長、けが人は?」

 ジュンは少し声のトーンを落として、見張りの衛兵に聞こえないように隊長へ話す。

「精神的に参っていたようでな、数人で市中の視察を命じていた」

 足を失った隊員、それに付き添っていた衛生兵の女性、そしてサトル君はこの場に居なかった。拘束を免れたが直に戻ってくるだろう。その時に何か緊急を伝える手段があればよいのだが。ジュンがそのように思いふけっていると、ジン隊長が察したようだ。

「門前に待たせていた警備もここにいる。異変には気づくだろうが、救出しろというのは厳しいだろう。せめて本国に情報を持ち帰ってくれると助かるんだが」

 けが人を連れた状態で、場合によっては追手から逃げながら、魔物が跋扈する洞窟を抜けるのは至難の業だろう。アリアが塞いだ通路は水を流すために人間が一人通れる程度の穴を開けていた。そのまま通行できるかもしれないが、抜けた先の広間にはアリとケイヴワームがいる。いや、そもそもあの洞窟は生きた魔物であるダンジョンだ。ジュンが初めて入った時と、使節団として入った時では構造が異なっていたし、現在も同じ構造とは限らない。結局は運頼みだろうか。


 ジュンが思案を続け、周囲の扉や窓にはルナダリアの衛兵が立っており強行突破は難しそうだなどと観察していると数十分が経過した。

「あぁ、クソ。頭が痛いな。たんこぶができている」

 起き上がったのはシンイチ大臣だった。縛られた手足を見て、なんだこりゃと現状に困惑している。

「大臣、おはようございます。どうやら私の話がルナダリア王のお気に召さなかったようです」

「ん?話......ああ!そうだ。魔素不足の話をしていたんだったな。それで強硬手段か。もう少し穏便な対応をされるものだと思っていたが」

 ルナダリアは魔素不足という危機に瀕している。地球における酸素濃度の低下に等しい環境変化による絶滅の恐怖を前にして、国家がどのような対応をするのだろうか。

 足りなければ奪う。過去にそう考えた為政者は多くいる。だが、ダンジョンを除いて地球には魔素が存在しない。過激な手段に出たところで利が望めないだろう。大臣は交渉に挑むにあたり、積極的に害を及ぼす利益がルナダリアに無いと見ていた。

「想定以上の野心家であったか、見くびられたか、よっぽど切羽詰まっていたか。事前情報なしの交渉であれば、時間をかけて互いを知るのが定石。そう考えた私の頭が堅かったのだろう。なに、ジュン君の言のおかげで一方的な搾取とはならずに済んだ。その点は感謝しているとも」

 ルナダリア王の前でジュンはまさしくルナダリアの急所を突いた。しかし、突くことに専念しすぎていた。それは国交を結ぶ前の二国間において、一発おどしをかけてやろうと息巻いていた両者の緊張を許容限界へと引き上げてしまったのだろう。ジュンは交渉という場における、自身の能力不足を粗い繊維に触れる両手首から感じていた。


 突如、ガタンと大きな音を立てて扉が開く。音の主は床に座り込む我々を見下ろしながらゆっくりと歩いてきた。

「日本国からの使者諸君、ご気分はいかがかね」

 ルナダリア王国第一王子ライゼルは権威を絵に描いたような派手なケープを羽織り、尊大な態度を隠さないまま、使節団の目の前に立つ。

「ライゼル殿、我々は交渉の席につくべく参った使者だ。なぜこのような仕打ちを?」

 大臣が居住まいを正し、見上げながらも堂々とした態度でライゼルに問いかける。

「なぜ?ん〜。なぜだろうかねぇ?諸兄らには分からないかね?ん?」

 初対面の時とは異なり、侮蔑の色を隠さない声音にジュンは不快な表情を隠せずにいた。

「私たちが魔術を扱えないから?」

 ヒサエが声を上げる。女性ながら精一杯の覇気を込めた言葉は、横にいた隊員が怯えるほどであった。

 しかし、ライゼルは一層顔を苦々しく歪める。

「女ごときが、この私に意見して良いと誰が許可した!!」

 ライぜルは腕を振り上げると、手のひらの周りに火球が生み出される。

「クズが、消しとばしてやろう」

「止めろ!」

 ジュンは縛られていながらも、なんとか起き上がりヒサエの前に立つ。

「なぜ女を庇う?理解できんな」

 魔術で言葉を理解しようとも、ライゼルに文化の違いを受け入れる度量はなかった。地球の常識は通用しない。ジュンはなんとか標的をヒサエから逸らす手段を考える。

「対談の場において、貴殿もいらっしゃっただろう。私がルナダリア王の不興を買い、使節団が拘束されるに至った。私の言葉がもたらした失態だ。女が認められないというのなら、男の責務を認めていただけないか」

「貴様が代わりに焼かれると?」

 理解しかねるという表情のライゼルは、数拍おいて今度は笑い始める。

「はっはっは。愉快だなぁ。ジュンとか言ったか、その言葉で王の不興を買ったと?笑わせる」

「何がおかしい」

 一歩間違えれば命の危機だ。その身が焼かれることへの恐怖は脳が分泌するアドレナリンにより麻痺する。ジュンは縛られた足が震えず、ライゼルを睨め付けることに躊躇しないことに自身で驚いていた。振り絞られた勇気を糧に、今度こそ失敗できない交渉をしなければならない。

「あの場での話など、形式ばかりの余興に過ぎんよ。本番はこれからだ。」

 そういうと、ライゼルの手元の炎は散らされた。

「初めからこのようにするつもりだったと?」

「その通り。うまく傀儡となれば良し、ならなければ実力行使するのみだ。魔術の使えん国家など、さして苦労せず侵してやろう」

 一行は激怒する。ふざけるな、そんな国家としての暴虐が許されるものか、日本を舐めるなと。普段冷静で物腰の柔らかいコウセイですら、憤慨し顔を赤くしていた。

 しかし、ジュンは違った。心臓ははち切れんばかりに鳴り響くが、不思議と頭は冷静であった。だからこそライゼルの言葉に疑問を持つ。なぜ、魔素のない地球を狙うのか。初めから交渉の席に着かずに?侵略こそが目的。その時、ジュンは初めてアリアに会った時、彼女のことをどのように表現したのか思い出した。

「地球外生命体」

「ん?」

 突然の言葉にライゼルが疑問符を浮かべる。もしかしたらルナダリアの言葉では該当するものがなかったかもしれない。

「ルナダリアの目的は地球のテラフォーミングですね」

「ほう?」

 今度は伝わったらしい言葉にジュンは疑惑が確信へと変わる。

「地球の生命が根絶されようとも、魔素で満たされていればあなた方は移住できる。もしくは、移住せずとも魔素をルナダリアへ送り込む手段があれば、それでも良い。とにかく地球を魔素の産地とするつもりで、あの雲を送り出した。違いますか」

「はっはっはっはっはっはっは。」

 ライゼルは先ほどの笑いと比較にならないほどの大声で笑って見せる。そして手を叩きジュンへ拍手と称賛を送る。

「素晴らしい。正解だとも。魔素を持たない君たちへのプレゼントだ。喜んでいただけたかな?」

「ふざけるな!」

 頭は冷静だった。しかしライゼルの言動を1秒でも早く遮るために、ジュンは声を張る。

「そのために、太陽を失いどれほどの人間が死んだと!」


「890万人。太陽を失い、食糧が不足。医療物資も枯渇し、助かるはずだった命の多くが失われた。日本だけで概算された数字だ。」

 突如、窓際に立っていた衛兵が言葉を発する。

 兜に手をやり、ゆっくりと外す。その中の顔はおそらく使節団の中でジュンだけが知りうるものだった。

「アキラ君......か?」

「お久しぶりですね。ジュン先輩。」

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