第24話

 コホンとわざとらしく咳をして、ジュンは昨日の集まりで立てた仮説をルナダリア王に向けて語りだす。緊張を解きほどくために意図的に口角を上げて笑顔を作る。大学や学会で経験した人前で話す技術。シンイチ大臣やコウセイのそれに及ばぬとは承知だが、誰かに向けて論を立てるには十分だ。

「前提からお話します。ルナダリア王国は魔素に大きく依存した国家です。農業・林業、漁業、鉱業、建設業、製造業、運輸業。いずれも魔術を用いた運用をしています。この点については、地球における化石燃料への依存に類似しています。化石燃料についてはお聞きになりましたか?」

「アリアから聞いている。貴様らが持ってきた乗り物に使うのだろう?」

「おっしゃる通りです。しかし、それだけではありません。石油からはプラスチック、合成繊維、合成ゴムなど様々な加工品を作ることが出来ます」

 エネルギーとして利用するだけでなく、製品としても地球は化石燃料に大きく依存している。それを失えば大雑把に言って、江戸から明治初期あたりまで技術は衰退するだろう。

「魔素を物質に変換したときは、その維持にも魔素を消費します。その点では化石燃料と異なります。魔術は加工を行う技術・手段として発達しており、魔素を原材料として扱うことは少ないでしょう」

「見立ては正しい。しかし、我らは今も生活できている。産業に滞りはない。国は回っているとも」

「はい。ですが、魔素が充足した環境であのような観測塔が必要でしょうか」

「魔素はその分布にムラができやすい。局所的に使用量が多ければ諍いの原因となる。それは歴史が証明済みだ」

「第一研究科長のパンタ氏より伺いました。魔素は移動させた際に漏洩魔素が生じると」

 知っているのなら、なぜ観測塔に疑問を持つのか。王はそう言いたげに少し眉を顰める。

「人が集落をつくり暮らすのは、身の安全を確保し生活を安定させるためです。物流が盛んだ街には人も集まり、すべての消費の規模が増大します。アリア氏からもルナダリアは商業に力を入れた国と伺いました。物や金、人が動く都市であると」

「その通りだ。何がおかしい?」

「二点ございます。一点目は物が不足していること。人が多く集まり需要の高まる中、物が不足し価格は高騰する。結果、高すぎる市場は貴族向けとなります。民間人の関わる市場とは生活必需品を扱うものばかりです」

「塩や農作物への税は緩くしてある。一方で娯楽品は相応の税を課した。その違いを見たのだろう」

「いいえ、陛下。人間の欲というのは税制度なんて簡単に超えてしまいます。日本では同一の機能を持つ娯楽品でありながら、税制の網を抜けるような商品がいくらでも開発されました」

 代表例はビールだ。酒税は製造方法は性状によって価格が決められている。製造法やアルコール濃度から、第三のビールと謳われた飲料は見事に税制を潜り抜けた。そして税制の方が変化する結果となった。

「人と原料と技術があれば、人間は欲するものを作り出します。市場に物が足りていないということは、このいずれかが不足しているのです」

 王の表情は固められた石膏のように変わらない。じっと視線は話を続けるジュンの口に向けられている。

「人は十分に集まっています。原料も物流が整っており、かつから得られる分を考えれば、ルナダリアに不足していれば世界で不足しているのでしょう。そして、原料の不足は娯楽品だけでなく生活必需品にまで影響が及ぶはずです」

 建築から衣類、調理器具に至るまで。これまでジュンは衣食住に不足した浮浪者を見なかった。もっとも、強制的に排除した可能性は否定できないが。


「最後は技術が不足している。原料があっても加工ができない状況にある」

 この世界において魔素は原料というよりも、加工技術の代替だ。十徳ナイフよろしく、八百万に徳な一品である。

「故に、魔素不足を想定しました」

 論としてはここまででも良い。しかし、相手を説得するには足りない。

「なるほどな。確かに国の成長に歯止めをかける要因として、魔素が不足しているという説は考えられるな」

 王はさっきまでの聞く姿勢から、最初と同様に背筋を伸ばした見下す姿勢へと居住まいを正す。

「だが、先ほども言ったな。国は回っている。貴様らの技術を取り入れ、魔術を提供するには至らん。魔素不足であれば尚のこと、自国の魔素を他国に渡す余裕はなかろう」

 ジュンはこれまでルナダリアが持つ問題を明示し、その原因を示したに過ぎない。技術と魔術の相互交換というプランを受け入れさせる必要性、そしてその重要性を口にはしていない。

「我々の国には、米という食べ物があります。日本の食文化を代表する穀物でして、様々な料理に合います」

「なんだ、技術をいらぬといえば今度は飯か?くだらん」

 王の言なぞどこ吹く風でジュンは言葉を続ける。

「米はその8割近くがデンプンで出来ています」

 ヨウ化カリウムを使った実験は地球では小学生でも知っている。アミラーゼにより分解されブドウ糖がいくつか結合した姿となる。そんなことまでも、日本の学生であれば知っているだろう。そして、そのブドウ糖がどのような役割を持つのか異世界人は知らない。

「デンプンなどの炭水化物は消化器官で消化・吸収されます。その多くは脳や肉体を動かすためのエネルギーとなります」

 王はジュンが何を言いたいのか理解できなかった。自国の知識をひけらかすこの男の目的は何か分からぬ以上、聞き続けるしかできなかった。

「しかし、ルナダリアの皆様は炭水化物をほとんど摂取しない。野菜や肉を消化することでエネルギーを得ることもできますが、人間の臓器にはそれが叶わないものがあります」

 ジュンはトントンと指でその臓器を指し示す。

「脳です。脳はその活動にブドウ糖を必須とします。地球人にとって必須である栄養素を、ルナダリアの皆様は摂られていない。その差異は魔素にあります」

 ジュンの考えた仮説、魔素不足がルナダリアにとってその問題がいかに重要であるかを示すもの。

「皆さまは生命活動に魔素が必須なのですね?」

「フン。そんなもの、この世界では稚児でも知っている。言っただろう、観測塔がある理由は歴史が示していると」

 魔素は異世界人にとって必要不可欠である。魔素が完全になくなってしまえば生命活動が不可能になるほどに。そのことを王は肯定した。問題の重要性を共通認識としたジュンは最後のピースをはめる。

「先ほど、化石燃料の話をしました。その代表である石油は大昔に死亡した微細な生物、そしてそれを食らう生物などの死骸が変じたもので。生物の肉体は死した後、土に還り別の命としてめぐります。その循環から外れ、蓄積したものです」

 地球の技術にとって必須となった石油。異世界においては魔素と置き換えることが出来る。使節団の研究者らのほとんどがそう考えていた。しかし、ジュンはその二つの共通点だけでなく相違点に気づいた。それは生命維持に必須であることだ。それを前提に考えた時、今度は共通点が問題となる。

「地球では石油の埋蔵量に限りがあると常々問題となっています。過去の貯蓄を食い散らかしているわけですから」

 持続可能な社会を作るべく、地球人は励んでいた。経済活動と技術発展という障害にぶつかりながらも、太陽を頼りに未来を築こうとしていた。

「この世界の生物は死しても、土に還りません。植物も、動物も魔素化してしまいます」

「貴様の言う循環と同様だ。何世紀にもわたって、人類は魔素とともに生きてきた。これからもそうだろう」

「いいえ、陛下。魔素不足の仮説を立てた時、都市に人口を集中させることは矛盾すると考えていました。魔素の分布が均等になるよう、人口も疎らにあるべきです。しかし、パンタ氏に手伝ってもらった実験で理解しました。」

 ジュンは一拍おいて、この世界における最大の問題点を挙げる。

「魔素は永遠のエネルギーではありません。魔素を移動させることによる、魔素の消費はその総量を失わせます。人口の集中は国家単位で魔素の総消費量をコントロールするためではないのですか?」

 魔術を使って永久機関を作ることはできないか。ジュンがアリアと出会い、魔術を知ってからずっと考えてきたことだった。例えば高所で水を生成し、重力で落下する水から運動エネルギーを得る。落下し終えた水を魔素に還して再び高所へ運ぶ。魔素を移動させることによるロスがなければ、これだけで永久機関が完成するのだ。

 しかし、それは叶わないと理解した。

「最初は植物が太陽光を得て魔素を生成しているのだと考えていました。それによって大気中に含まれる魔素濃度が向上しているのだと」

 確かに植物は太陽光から魔素を作り出している。だが作り出しているのは魔素だけではなかった。

「大地に肉体が還らないこの世界では、土に植物を形成するだけの栄養がないはずです。つまり、植物は肉体を構成するための物質を魔素から生成しています。そして魔素を元に生成された物質を維持するためには魔素が必要となります。植物は自身の成長と維持のためにほとんどの魔素を消費してしまいます。成長の過程で太陽光から得た魔素のほとんどは維持に消費され、体の形成は大気の魔素によって賄われるとすれば、収支はほぼ0となります。」

 これがルナダリアから見た、外部協力の必要性であるはずだ。

 たて続けに言葉を発し、少し息があがったジュンはここで一息ついた。そこで同行する大臣やシンイチ、脇に控えるアリアらの表情を初めて確認できた。緊張と期待を向ける使節団員と、驚きの表情を見せるアリアをみてジュンは少しだけ自信をもって話を続ける。

「以上から、この世界の人類は将来的に魔素不足に陥り、生命活動の危機に瀕していると推定します」

 

「陛下、私どもの世界には空を覆う雲がございます。雲は太陽光を吸収し魔素へ変換しダンジョンへ供給しているようです」

 ジュンの語りが終わり、シンイチ大臣がつなげた。

「そこで、ルナダリアから魔術の提供を受けた暁には、ダンジョンから得られた魔素をルナダリアに提供いたしましょう。また太陽光を熱や電気といったエネルギーに変換する技術を用いて、魔素の生成を行う共同研究を提案いたします」

 王の回答を待つ。

 目を閉じて考える様子を見せる。

 俯き、軽く唸るような声がでる。

 唸る声は途切れ途切れに、そして大きくなって次第に笑い声へと転じた。

「はっはっはっは。いやぁ参った。貴公らの言う通りだ。我らは魔素不足という危機に瀕している。その解決策は喉から手が出るほどほしいとも」

 であれば、と大臣の顔が明るくなる。しかし、王の口から出た言葉は期待されたものではなかった。

「貴公ら、少し眠れ」

 大臣、シンイチ、ジュン、そして護衛としてついていた隊員達はほのかにに心地よい匂いを感じた次の瞬間に意識を手放した。

 

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