第23話
翌日、地球勢が待つ部屋にルナダリア19世とライゼル王子が入ってくる。鎧兜をかぶった衛兵がずらっと並び、部屋の脇を固めている。
地球を代表する使節団の参加者はシンイチ大臣、コウセイを始めとした官僚数名、護衛の隊員数名、そしてジュンだった。
お偉い方は挨拶もそこそこに終え、本題へと入る。
「それで、日本からのはるばるいらした使節よ。そなたらの望みはいかほどだろうか」
王はルナダリアの紋章が彫られた背の高い椅子に座りながら、同様に椅子に座る大臣らを大きな体躯で見下ろす。
「陛下。私、新田シンイチは日本を代表する使節として、日本とルナダリアの友好通商条約締結を望みます。」
「ルナダリアは貿易を担うものが多く、すでにそなたらへ強い関心が向けられている。私の頭を超えて、直接交渉したいと申し出るものまで居るほどだ。しかし、国と国のそれは個人のものと大きく異なる。」
王の喋り方はゆったりとしており、低い声は部屋の空気によく響く。
「日本は何を求め、何を我々にもたらすことができるのか。教えていただかねば関の話もできまい」
国と国の境界に関所を設け、人や物の出入りに税をかける。日本やルナダリアにとっても当然の行いである。しかし、その品目や量によっては多大な影響を与え一方にのみ大きな利益をもたらす結果となりかねない。
「求めるのはルナダリアの魔術に関わる技術です。魔術研究の専門家や、魔術の扱いに長ける人材を日本へ招致したく思います」
「我が国にとっても、魔術研究のための人材は重宝している。他国から招くほどに。魔術の扱いに長ける人材というのも、多くの知識を得たもの達であり、一様にルナダリアの宝である。」
求めるは技術と人材、ルナダリアとしてもそれは承知であったろう。ジュンらとともに帰国したアリアから日本の事情は聞いたはずだ。喫緊の課題が迫る日本に対しどれほど高く売りつけることができるか。ルナダリアにとっては、そういう交渉であった。
「おっしゃる通り、我が国にとっても人材は宝でございます。でありますれば、宝と宝の交換ではいかがでしょう。我が国からは医学や工学の専門家をご用意いたします」
「医学や工学か......」
王は大臣の言葉を聞き、少しの間だけ思案する。
いや、考えるポーズをとっていた。
「話にならんな。」
王は大臣の提案を切ってすてた。
「貴様らの護衛に足を失ったものが居ただろう。我が国のアリアがその場に居なければ、治療が間に合わず命を落としていたはずだ。またキラーアントごときの対処が遅れ、それもまたアリアの魔術によって解決された」
王は目を細めながら大臣を見やる。シンイチ大臣は一国を担う人間の重圧を感じながらも、一切姿勢を崩さず視線を向けて話を聞き続けた。
「貴様らの持てる医学も、工学とやらがどれほどであろうか。魔術に劣る技術であれば、我が国の欲するところではない。一方的な供与をするつもりはない」
「確かに、かの隊員は命の危機でございました。地球を代表する医療先進国である日本でも対応できないこともございましょう。特にあの際は時間がなかった」
フン、と鼻息で相槌を打たれるも大臣はひるまず主張を続ける。
「しかし、我々はあの魔物らを知りました。今回は道中急ぐため持ち込めなかったものも多くございます。次があれば切れた足は繋げましょう。アリどもは殲滅してみせましょう。我々の科学とは経験に基づき発展するものです。」
ひとつ息を吸う。次の言葉を確実に伝えるために。
「そして我々は魔術をも経験いたしました。魔術は応用に長けた優れた技術でしょう。そして優れた技術とは模倣されるものです。我々は魔術を科学で見る。物理に認められた4つの力と異なる法則。化学にとらわれぬエネルギーの貯蓄。成してみせましょうとも。そして我々の技術はいずれルナダリアの魔術すらも超えて見せましょう」
魔術の祖を頂く国に対して、魔術を超えると発言したことはルナダリア人にはひどく挑発的に聞こえただろう。
「あなたはおっしゃいました。魔術に長けた人材とは学を得た人材であると。日本人1億、地球人70億はその学を持つ下地がある。」
ルナダリアと比べ圧倒的に多い人口。PCによってもたらされた寒波は人口を大いに減らしたが、それでもルナダリアとは比較になるまい。
「我々は手を取り合うべきです。互いの技術を共有し、さらなる発展を目指すべきなのです。さもなくば――」
「さもなくば何だ!」
王は怒声を張り上げる。ジュン努めて委縮した表情を見せないようにしたが、触れていた机の揺れを感じ内心肝が冷えていた。
「模倣するだと?やってみろ。模倣して作り出した技術なぞ、我らを前に見せればタネをすぐに暴いてくれる。第一、魔素のない地球人がどう魔術を扱うというのか!」
「魔素はございます。我々が通ってきた道に確かにございましたとも。地球を多く雲は太陽こそ奪いましたが、魔素をもたらす。それを我々が使ってなにが悪いでしょうか」
雲を散らすことは科学でできなかった。しかし、魔法省でダンジョンであろうとされた通り道からは魔結晶が採れる。それを使い訓練を積めば地球人とて魔術を行使できるはずだ。
「その程度の量の魔素でなにができる。貴様が今言った70億の人間にどう行きわたらせるというのか」
「全員が魔術を使う必要はございません。我々がルナダリアで拝見した魔術を見るに、その神髄は何かを作ることではなく、加工することにあります。我々の技術によって加工が困難であったもの。効率の悪かったものを改善するだけで、助かる命はいくらでもあるでしょう」
ルナダリア王は地球の技術に明るくないはすだ。核燃料、発電装置、半導体といったインフラに不可欠なものを生産するうえで魔術による加工を組み込めば、世界の燃料問題は大きく改善する。国家摩擦により停滞した燃料輸送も、延命期間が大幅に伸びると分かれば改善されるだろう。大臣は、そういった想定で組まれた皮算用を説得の材料としていた。
「ですが、その技術を確立するには時間がかかるでしょう。そこでルナダリアの皆様のお力をお借りしたいのです。自然科学や応用化学の知識を提供することに抵抗はございません。アリアさんから伺っているとは存じますが、この知識がルナダリアにとっても有用であることは自明でしょう」
王は確かに科学を有用であると判断していた。しかし、その価値が魔術より貴重であるとは思えなかった。国交が無駄にならないとしても、国益を損ねる面が存在していた。
「いかなる知識が不足していようと、魔素があれば大概の問題は解決できる。国祖のもたらした魔術が貴国の科学と同価値であるとは思えん」
世界に魔術をもたらしたルナダリア1世は長い時を経て、国民からは信仰の対象ともなっていた。猿がモノリスに触れ、道具を扱い文明を築いたとき。元猿にとってモノリスを与えたものは神同然であろう。神が自国民のために与えた技術を他国へ容易に渡すことはできない。王は国民の感情が向く先を考える。
ルナダリアが植民地を持つのは、自国で発達した魔術を占有するためだ。自国民を送り、魔術によってつくられたものを普及させ、ルナダリアに依存させる。統治者にはルナダリアに従う人間を置き、属国とする。それをしてきた国が、アリアに聞く限り強烈な技術を持つ国の文化を無条件で受け入れることはできなかった。
終始否定的な王を前にして、ルナダリアの衛兵らは大規模な国交が望めないだろうと考えていた。地球人の持つ奇抜な道具を見て興味をそそられていた者たちは、心の中で肩を落とす。
「知識が不足していても、魔素と魔術によって解決できる。確かにそうかもしれません。ですが――」
もったいぶるように間を空ける。
「魔素が不足した場合は、いかがでしょうか」
シンイチ大臣の言葉により場の空気がピンと張りつめる。
大きな息をひとつ。目をつむり、王は考える姿勢を示す。
「アリアッーーーー!!」
「は、はいっ!!」
思案したように見えた王が突然大声を上げ、一同の肩がビクンと揺れた。
横に控えていた鎧兜の衛兵らの中にアリアも混ざっていたようで、返事をしながら前に出てくる。
「貴様が、そのような戯言を吹き込んだのか?」
脅迫に近い語調で詰め寄る。
「い、いえ。私は決して国益に反することは申し上げておりません。」
「本当だな?」
「はいっ!」
「フン。よい、下がれ。後で”調べ”を受けてもらう」
この世界において、聴取をとるために魔術があるのだろうか。嘘発見器のようなものが?などとジュンが考えていると、王が姿勢を変える。ずいっと上半身を前に倒し、膝に肘をあてて頬杖を突く。その顔は見下す表情とは違うものだった。
「聞かせろ、なぜそう思った?」
野性味の感じる顔は王の素に近いものだろうか。崩す態度の王に対して、シンイチ大臣はいっそう背筋を伸ばし、やや仰々しく答える。
「こちらの、ジュンが説明いたしましょう」
――え?
打ち合わせにはなかったフリにジュンは驚く。しかし、大臣がカマをかけた魔素不足という仮説。それを立てた張本人であるジュンは椅子から立ち上がり、一度ゆっくりとお辞儀をした。
「ご紹介にあずかりました。日本より参りましたジュンと申します。異国人の視点で語りますので、誤解や誤った表現がございましたらご容赦いただきたく」
「御託はいい。説明を」
では、と促されるままにジュンは説明を始めるのだった。
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