第21話

 第一研究棟の他にも各研究棟をめぐった一行は再び宿となった庁舎へ戻る。食事を簡単に済ませた後にコウセイから呼び出しがかかった。警備にあたる人間を除いて、全員が大き目の会議室に集まる。ジュンはサトルと一緒に行こうと声をかけたが、サトルはケガをした隊員と一緒に居ることにしたようだ。ジュンらが魔法省に向かった時もサトルはその隊員と居たらしい。

「お集まりいただきありがとうございます」

 全員が集まり、席についたところでシンイチ大臣が口火を切る。会議用の長机に加えて、足りぬ分だけ椅子を搬入したやや手狭な部屋は一斉にコウセイへ注目する。


「本日、ルナダリアの首都マグナスにて1日を乗り切ることが出来ました。まずはこれまでの道のりを乗り越えた皆さまに感謝の意を表します」

 頭を下げる大臣にパラパラと拍手が起こる。大臣はそれが鳴りやむのを待たず、声を張った。

「しかし!重要であるのはルナダリアと日本が国交を持ち、互助関係を構築することです。」

 話に間を置きながら全員の表情を確認する。

「ルナダリアとの外交初日は、先方による歓待に終始された。交渉の席に座りたがる我々を焦らしながら様子見されたわけだ。なに、特別なことではない。地球でも行われている」

 挨拶を交わし、歓待を通して自国を知ってもらい、その上で交渉に挑む。ホスト国としてはその間にも相手の情報を集めることに終始していただろう。

「本格的な交渉は明日行われる。我々は一晩の猶予を得た。万金に値する一晩だ。ルナダリアと同様に我々も多くの情報を得てきた。この世界やルナダリアという国を知ってきた。そこで、明日に挑むために皆から意見を募りたい。この国はどのような国なのか、何を欲するのか、地球や日本は何ができるのか。そして何を求めることが出来るのか」

 呼び出された面々は大臣の言を受け納得した様子だ。


「まず国防の話を、ジン隊長から意見を伺えますか?」

 演説を終えた大臣は司会をコウセイに代わる。

「はっ。」

 名指しされたジン隊長は起立してビシっと背筋を伸ばす。

「人口はマグナスおよびその近郊に300万人近く、国家で動員できる戦力も相応に高く思えます。一方でルナダリアは魔術国家であり、火力を人間や魔道具に頼る傾向が見られます。市民徴用し兵とする軍備体制に加え、常備軍の備えがあるようですが、火力のほとんどは常備軍に頼るものでしょう」

 突如始められたルナダリアの戦力分析に一同は面を食らう。国と国との交渉を知らない一同に、これが国の仕事であると明示するかのようであった。おそらく事前の取り決めもあったのだろう。集められて早々に戦争を想定した話が繰り広げられることに、皆は黙って聞いているしかなかった。

「火力は目を見張るものがあり、輸送も容易である利点があります。機動力は魔術と馬を合わせたもので、車輌には及びませんが地形への対応は柔軟に行えます」

「戦って、勝てるかね?」

 大臣が要点を並べる隊長へ結論を述べろと急かす。

「負けません。ですが、仮想敵とした場合、主要施設の攻撃が困難を極めます。結局のところはあの門を巡る攻防となります」

「互いに侵略者とはなり得ないと?」

「現状の戦力ではそのように分析いたします」

 

 国交において、その距離というのは重要な要素だ。貿易をするにしても、侵攻するにしても関わってくる。そして古来より領土を接する国とは仲悪く、遠い国とは仲良くできるものだ。

 日本とルナダリアの接する領土は限定的だ。よって先方も不必要な軋轢を生まない方が利になると考えるだろう。というのが、使節団が日本から発つ前に考えられた想定であった。互いに負けぬのなら、交渉の席は対等であろうと。

「電子戦の不安はありません。現状で警戒すべきはこちらの足を奪われることです。魔術の汎用性を考えれば、こちらの機動力を削ぐことは容易いでしょう。一方で航空機もありませんし、魔術による飛行も見て取れません。よって制空権は我らにあると想定します。したがって、侵攻された場合も門の近くで食い止めることは可能です。しかし、個々人の持つ火力が高いため歩兵による殲滅は困難を極めると思われます」

 ゲリラ戦術で大砲が飛んでくるのでは、負けぬといえど戦いを完結させるのはひどく面倒だという主張でジン隊長の論は結ばれた。


「ありがとうございます、ジン隊長。次に外務省から、私がこれまでの所見を述べさせていただきます。」

 横にはけていたコウセイが皆の視線を再び集めるよう、前方の中央に立つ。

「彼らはルナダリアの法制度について詳細の説明を避けました。われらをその法で罰するつもりはないから、その話は後にしましょうと。一方で社会制度については大雑把に説明いただけました。想定された通りルナダリアは王、貴族を中心とした階級社会です。王家は現ルナダリア王、その第一継承者ライゼル、第二継承者はライゼルの弟ビルマが居ます。女性は権力を持たず、女系は軽視される傾向にあります。社会身分としては大別して王族、貴族、庶民、奴隷があります。加えて、自国の領土拡大は行なっていませんが、いくつか植民地化した属国をもっています。」

 自国の人間を送り経済や技術を支配しながら、統治についてはルナダリアの意思を反映して行わせる。そういった自国の意思決定権を持たない国がこの世界でも存在する。

「ルナダリアはその伝統から国土を守り、侵略を仕掛けません。そして領土の拡大をしないと謳いながら、植民地をもつ国です。」

 本質的にルナダリアは支配者である。この世界における情勢の一部を知り、一同にはやや緊張が走る。コウセイはそれを認識し、一呼吸おいてから言葉を続ける。

「男尊社会であり、かつ魔術を扱えないものを卑下する傾向にあります。奴隷の身分は先天的に魔術を扱えない人やそれを禁じられたものが落ちるものです」

 魔術を扱えなければ人ではない。そう認識されていたことに皆が驚く。

「これまで私たちが会ってきた人間は、この国の高官です。自身の感情を隠して我々に接してきました。しかし、本日の歓待の中には魔術を前提とするものがいくつかあり、配慮に欠けるものだったと言わざるを得ません。我々にあえて恥をかかせているつもりなのでしょうが、その姿勢ははっきりと相手を見下しています。少なくとも歓待を主導した第一王子ライゼルはそのような態度です」

 日本は戦力的に引き分けになると判断した。一方でルナダリアは日本を下に見ている。魔法省に向かった者は驚きと共に口をつぐんでしまった。自身らは大いに歓迎されているように感じており、差別を是とする人間と相対していたとは思えなかったのだ。

「明日の交渉は難航すると思われる。日本としては可能な限り対等に接するつもりだ。国家の危機とあっては譲歩も仕方ないだろう。しかし、属国になるつもりは毛頭ない」

 コウセイに任せていた大臣が再び口をひらく。

「諸君らに集まってもらったのは、交渉に関する糸口を見つけるためだ。我が国がみくびられず、ルナダリアの弱点をつき、結果として対等な国交を結べることを目指したい」

 ただ参考意見が欲しい、という程度の認識だった一同は事態が喫緊の問題に迫るものだと考えを改めた。


「では、私からお話してもよろしいですか?」

 何を話せば国の利になるか、どのような切り口が求められているのか悩む中ヒサエが一番に手を挙げた。どうぞと言われ、その場に立ち上がる。

「この国の経済状況についてです。マグナスは物流が盛んで経済的に恵まれた都市に見えます」

 戦いの話の次はお金の話。国の肝と言っても過言ではない部分だ。

「この庁舎で雇われた給仕の方々から伺いましたが、住民すべてにその恩恵が与えられているわけではないようです。市場の税は高く、大店の商会が占めています。住民の多くは大店に雇用されて給料を得ていますが、金額は子供1人養うことができるかどうか程度とのことです。しかし――」

 ジュンは昨日の食事会を思い出す。酒を飲みながら給仕に質問攻めをしていた。料理の話から、家庭での食事や給料の話までどんどん突き進みながら、相手を不快にさせないヒサエの話術は大したものだった。稼ぎが良くないという話はどの国でも聞くものだが、ルナダリアはアリア曰く商業に力を入れた国だ。そんなことがあるのだろうか。

「みなさん、マグナスへ入る時、行列を見ましたよね。あれはルナダリアの地方から出稼ぎに来た人々です。大店に雇用されるべく大荷物を手に、時に馬車に相乗りし、時に徒歩でここまで来た人々なのです」

 魔術があれば移動は解決できる。荷物を運ぶことも問題はないだろう。

「具体的な数字を見ることも、フィールドワークをすることもできていません。ですが複数に聞いた結果、この国においてはマグナスから離れるほど経済的な困窮が見られるようです」

「国交により経済の活性化が提供できるとお考えで?」

 ヒサエの主張をコウセイがまとめようとする。

「いいえ、コウセイさん。経済活動は活発です。ですが、税と物価が高い。要は金のあるところだけで、金が回っているのです」

「庶民にまでお金が回らない。いいや、物が回り切っていないから物価が高いのでしょうか」

「金持ちにしか物が回っていない。物流が盛んな国でそのようなことは考えにくいです」

「その不況は最近のことか、わかりますか?」

「ここ10年以上は続いているようです。それ以上は、聞いた相手が若かったので」

「このことで、何か意見があるかたは?」

 コウセイ君が一同に向き直すと一本の手が上がった。

「アガタです。生物学者の私ですが、経済にもかかわる部分で一点よろしいですか」

 50代の学者アガタは学会で登壇するように背筋を伸ばし起立した。その顔には特有の緊張と高揚が見える。

 

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