第20話
実験施設は様々な装置が設けられていた。金属製のものから木製、はては洋紙を重ねたものなどさまざまであった。
「魔素の計測には種類があります。観測塔のように大規模測定だけでなく、より精度に重きを置いて作られたものがありマス」
そういってパンタは小さなペンのような形状の物を取り出す。
「これは局所的な魔素を計測する装置です。先端以外を測定しないよう、観測の範囲を絞られています。また素材も魔素が含まれないものを使用しており、計測値の自己増幅を起こさないよう気を遣われたものデス」
「「ほー......」」
一同がよく観察するが、ポンタの手に持つソレは手彫りの木材で作られたボールペンにしか見えなかった。
「こちらは魔素濃度の変化が激しい地域において、その変化量を測定するために時間分解能を可能な限り高めたものデス」
次にパンタが取り出したものは大きな水晶玉に見えた。ちょっと魔素を動かしてみますねと言いながらパンタが手を振ると、水晶玉が七色に光出す。
「ゲーミング水晶......」
隊員の誰かが漏らした感想だろうかパンタには聞こえていなかったようで、ホラホラと言いながら色が変わる様を見せている。一同は笑いを堪えながら真剣な表情を作ることに努める。
「先ほど魔素は基本的に移動しないと仰っていましたが、そんなに魔素濃度が変化する地域があるのですか?」
ヒサエが気まずい空気を改善しようと質問を投げかける。
「いい質問デスネ。この世界には災害級と分類される魔物がいくつかイマス。彼らは自身が持つ多量の魔素によって周囲の環境を書き換えてしまうのデス。不用意に近づけばその暴威を前に命を落としマス。抵抗しようにも、大気中にある魔素は魔物の手中にあり、我々では操作することができまセン」
「その、魔物について専門にされている方は?」
説明を聞いて、今度はアガタが勢いよく前にでた。
「第三研究棟では魔物を扱っていマス。そちらも後ほど、ぜひご覧くだサイ。」
「ぜひ、そうさせていただきます。」
やや自身の専門から離れる話をされて、理解できなくはないが、興味もない状態であったアガタは関心を向ける矛先が見つかり血色までよくなったように見える。
一行が装置の説明を一通り受けていると、汗をかいたジュンが戻ってきた。
「早かったデスネ」
「階段があるんだから、そんなに時間はかかりませんよ。それより、これをもう一度測ってください」
パンタに向けてぐっと両手を突き出す。片方は草の入ったねじ口の丸瓶、もう一方がパンタから借りた小瓶である。測ってみると草の方は全く減っていなかった。一方で高濃度魔素が入った小瓶は百分の1パーセント程度減少していたようだ。
「パンタさん、質問なんですが」
頭の中で計算をしながらジュンは仮説を立てて質問をする。
「この魔素で水を作ったとして、それはどれだけ時間がたっても水のままですか?」
「すばらしい質問デスネ。魔術による生成物はその姿を維持するにも魔素を消費しマス。建造物のように加工をする場合は一時的な魔素の消費で済みますが、物質の生成は永続的に魔素を消耗しマス」
アリアがアリの魔物を流すために生成した水は、きっと今頃消えているのだろう。あの時使用した魔結晶に含まれるだけの魔素が消費し尽くれた後を確認できなくて残念だ。借りた小瓶をパンタに返しながらそう考えていた時、さらに一つの疑問が浮かぶ。
「パンタさん、魔結晶とこの水って何が違うんですか?魔素を留めておく手段としては個体の方が便利そうですが」
これまでの検証とは別角度からの質問にパンタは少し神妙な表情を作り答える。
「魔結晶は特殊な生成物デス。ダンジョンと呼ばれる空間でのみ生成されマス。ダンジョンは魔素を食らい、魔物を生み出します。その魔物を生み出す際にコアとして使用されるのが魔結晶だと言われいマス。移動による魔素の減少が起こらない例外的物質であり、人工的に作り出す試みがなされていますが難航しておりマス。国家機密級の重要事項デスネ」
魔結晶がこの世界において特殊な存在とは思っていなかったジュンは殊更に驚いていた。ランドレイでは人数分の魔結晶を用意してもらい、全員が言葉の加護という魔術をかけてもらったのだ。そして魔結晶の効果が切れるまでこの効果は続く。滞在中にもし切れるようなことがあっても、追加でもらえば良かろうなどと考えていた認識はひどく甘かったらしい。
「パンタさん。それこそが私たちが来た主たる目的なのです。地球は空を特殊な雲で覆われました。雲は毎朝天に昇り、夜には大地に開けた大穴へと帰っていきます。その雲の対策について助言を得るため、はるばるここまで来たのです」
使節団の本懐がここにある。ヒサエさんはジッとパンタを見つめながら言葉を続ける。
「我々はその大穴を通ってきました。大穴には魔物がいて、その魔物たちは魔結晶を落としました。つまり、あれはダンジョンと呼ばれる存在なのですか?」
視線を向けられたパンタは自身の手もとへ目をそらす。手に持つ瓶に入った、高濃度の魔素を含んだ水を弄ぶように回しながら答える。
「みなさんの目的について概要はうかがっていマス。ダンジョンは災害級の魔物デス。それによって環境が大きく変えられてしまうほどの大物。そう簡単に対処することはできまセン」
「ルナダリアでダンジョンが発生した場合は?」
「ダンジョンは魔素が不足する場合、周囲から多くの魔素をかき集めマス。逆に言えば魔素が足りていれば環境への影響は小さいのデス。我々の仕事の一つは環境の魔素濃度を調整し、ダンジョンの暴走を止めることデス」
「つまり、我々の世界である地球においては魔素濃度が十分に高くなるまでは対応できないということですか?」
「残念なお話ですが、ルナダリア魔法省第一研究科長としてはダンジョンの腹が満たされるまで待つしかないと回答しマス」
「そんな......」
希望を抱き、危険を顧みずやってきた異界の地までたどり着いた一行を絶望に叩き落とす一言に、皆が言葉を失っていた。
「環境魔素濃度を上昇させる要因は?」
俯き、魔術に多くの関心を寄せていたはずの一同がその熱を失う中、ジュンが沈黙を破る。
「先ほどの瓶にあったように、太陽光によって育った植物が魔素化すれば魔素の総量は増えマス」
「太陽光はすでにダンジョンに支配されているから使えないな。熱はどうだ?」
いったい何を聞きたいのか、対抗する手段はないのではないか。そんな視線を気にせず、ジュンは質問を続ける。
「熱、デスカ?」
「魔素によって熱を発生させることが出来る。一方で熱を魔素化することは不可能か」
「フム......面白い検証ですが、現状の技術では熱量に対して生成される魔素量が少ないデショウ。どれほどの熱量でダンジョンが満足するかは不明ですが、難しいデス」
「太陽光の熱量で満足していない中、熱量による解決は難しいか」
「あなた方の世界がどうか分かりかねますが、こちらの世界ですべての太陽光を収集していればすぐにダンジョンはおなか一杯のはずなのデス」
「つまり、こちらの世界と地球とで太陽から受ける熱量が違うか」
あるいは、と思考にひと段落して周りを見たジュンは周囲の視線がすべてこちらに向けられていることに気づいた。自身に込められた希望の視線は疑問点を潰しているだけに過ぎないジュンには、荷が重いものに感じられた。しかし、その思考は一縷の望みを引き出していた。
「ダンジョン自体がこの世界とは違うものか。ダンジョンに詳しい人間に地球へ来てもらう必要があるな。パンタ科長、誰か心当たりはありませんか?報酬に関わる交渉はこちらが致します」
それに対してパンタは胸を張る。
「先ほども申した通り、ダンジョンは魔素濃度管理が肝デス。その専門家は目の前におりますトモ」
最初は少し気の抜けた相手に見えていた丸いシルエットのパンタ科長が、丸いまま少し大きく見えた。
「ぜひとも、地球にお越しください。パンタ科長。何かお望みの物があれば、地球で用意できる限り提供いたしましょう」
ジュンは右手を差し出し、握手を求めながらパンタの目を見つめる。どんな要求が来るのだろうと身構えていると、パンタは何とも恥ずかしそうにしながら答えた。
「実は、この年で独身デシテ。良い女性をご紹介いただければト」
予想外の要求にジュンはガクっと肩を落とす。同時に確約しずらいことに困りながらも空手形を返すしかなった。
「日本は自由恋愛の国です。必ずご結婚いただけるとはお約束できませんが、あなたへ関心のある女性を幾人かご紹介することはできるでしょう」
「ハイ。ありがとうございマス」
パンタ科長は握手を返す。ジュンは日本の女性達にすまないと思いながら、数千万いる女性の中にパンタを好む人間がいることを願うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます