第18話
「みなさまようこそマグナスへいらっしゃいました。長旅でお疲れでございましょう、お部屋をいくつかご用意しております。」
ランドレイから譲ってもらった魔結晶のおかげで、一行は入口に立つ執事様の人間の言葉が理解できた。襟付きのシャツは地球のそれに近いが、その上にはケープを羽織っている。無地のシャツと対比するように、豪勢な装飾を施されたケープは袖とつながっており、大きく動いても落ちないようにされていた。一方で糊で固めた髪の毛は一切靡かない。つま先がやや大きく膨らんだ靴は5cm程度のヒールに支えられ、カートゥーンに出てきそうなデザインだった。
隊員らはバイクを入口近くに並べ、荷物を背負いながら案内されるままに建物へ入る。実務を担う省舎に併設された、来客用の建物はジュンらが移動中に見ていた街並みと同様の建築技術を使われたように見て取れる。それは建材同士の継ぎ目が少なく、均一の壁面が特徴的だった。対して、柱に飾りが掘られていたり、玄関ホールに誰かの像が置かれている点は一般家庭の内装とは恐らく違うものなのだろう。外装は同一に、内装は煌びやかにするのがこの国における貴人の文化なのだろうか。
ジュンはランドレイの市長と同じちょび髭を蓄えた像を見上げた。案内の男と同じくケープのような物を羽織っているが、飾りに大きく文様が入っている。その文様は周囲の省舎にも刻まれているものだった。
「建国の王、ルナダリア1世です。人々に魔術を伝えたとされています。」
ぞろぞろと皆が移動する中、立ち止まっていたジュンに後ろからアリアが声をかけた。
「服の文様は?」
「王家の紋です。当時は小さな国家が乱立した時代でした。ルナダリア1世はこの紋を掲げ、国家を牽引していきました。ルナダリアの国土はそれからほとんど変わっていません。侵さず、侵されず、技術と国交により成立している国です」
その家紋は日本における麻の葉模様に似た幾何学的模様をしていた。
案内された部屋は2人用のこじんまりとしたものだった。ベッドやデスク、衣装棚といった最低限の用意がされた部屋。貴人向けではなく、使用人向けの部屋をあてがわれたのだろう。荷物を置き、今度は浴場へ向かう。同室者となったサトル君は警備担当と聞き、申し訳ないと思いながらも数日ぶりに体を洗えると思うと、自然と歩調が速くなる。
浴場に着くと何人かのスタッフが待機していた。入浴に関する説明をするだけでなく、希望者にはルナダリアの伝統衣装を貸してくれるそうだ。この後に食事会があるのでぜひ着てほしいと言われ、ジュンらのほとんどが快諾した。
中は使節団の全員が入っても余裕があるほど広く、温かい湯気が立ち込めている。浴槽は湯の流れがあり、日本の銭湯よりも勢い良く循環していた。岩づくりの浴槽は継ぎ目が目立たず、歩いていて気持ちがよい。浸かってみるとジュンにとってはやや熱いぐらいの温度だ。肩まで浸かると水圧と湯の温度を感じる。湯面から上がる蒸気が顔に当たり、やや呼吸しずらくなりつつも懐かしい思いが勝る。魔素に満たされた湯は、最初こそ違和感があったが浸かってからはすぐに慣れた。
コロニー生活が始まり、燃料の使用は徹底的に管理された。料理は一か所でまとめて行われ、空調はジェネレーターの排気を利用したもの以外認められない。油とホコリの匂いが混ざった空気に慣れるころには、風呂に入りたいという欲も麻痺していた。
熱い湯に数分も浸かり、もう上がろうかと思っていたところに体を洗い終えたアガタが入ってきた。のそのそとジュンの横で腰を下ろすと、これぞ古き良きおっさんと言うべき大きな溜息が出る。バシャバシャと顔を湯で洗っていると、ふと顔を覆ったまま手を止める。どうしたのかとジュンがアガタの顔を伺おうとすると、アガタはヒクヒクと肩を揺らし始めた。
「いい湯ですねぇ」
「あぁ......いい湯だねぇ――」
♨
食事会場は広い宴会ホールで、聞くところによると舞踏会に使われる部屋だそうだ。天井には布がゆったりと垂れ下がり、光を放っている。布には絵が描かれており、それに合わせて配置された光る結晶が部屋を照らす。絵画とシャンデリアを組み合わせた一面の芸術に、ジュンは圧倒されていた。背後からは立派な装飾ですよねと、コウセイ君に話しかけられる。
食事の形式は立食パーティーにしてダンスはいかがかと相談されたそうだ。ジュン自身はもちろん、この中でダンスを踊れる人間はまず居ないだろうし、着座してフルコースを楽しめるようにしてくれたことに感謝を述べる。
会場で皆が席に着き、食事の開始を待ちながら談笑していると一人の青年が部屋に入ってきた。背筋がピンと伸び、厚い胸板から筋肉質な体躯が際立つ彼は、ジュンがこれまでルナダリアで見てきた誰よりも華美な服をまとっていた。シャツには鮮やかな赤色の刺繍が入り、羽織るケープは長くもはやマントである。そのケープには王家の紋が金の糸で縫い込まれていた。それに気づいたコウセイ君は真っ先に起立し、姿勢を伸ばす。それに気づいた一同も一斉に立ち上がり、青年へと各々が軽く頭を下げる。
「楽にしてくれ。客人たちよ。私はルナダリアが王、ルナダリア19世の子、第一王子ライゼルである。父より諸兄らの歓待を任された」
王子は自分の席まで歩くと、給仕から盃を受け取る。
「異国から、いや、異世界からルナダリアへ助けを求めに来た諸兄らをルナダリアは寛大な心をもって受け入れよう。明日には父との謁見も叶うだろう。今宵は料理と酒を楽しんでくれたまえ」
ジュンは横に来た給仕から盃を手渡される。気づくと皆が手に盃を持っていた。
「両国の素晴らしき出会いに」
そう言ってライゼル王子は盃に口をつける。ジュンや一行もそれに合わせて盃に満たされた果実酒を飲む。匂いはリンゴに近い、甘味と酸味の後にほのかな酒精を感じる味であった。飲んだ盃をテーブルに置き、拍手によって会場が満たされる。こういった文化は地球のものに近かった。
料理は次々に運ばれてきた。野菜や果物は常にテーブルに補充され、眼前の皿には肉や魚が盛られる。大変おいしい料理であり、ジュンもそれを楽しんでいた。魔素だらけの湯舟に浸かってからは、魔素の含むものを口にすることに抵抗はなかった。しかし、皆共通の不満が一点だけあった。
「米がほしい」
横に座るヒサエさんがジュンの気持ちを代弁する。穀物がなければ芋もない。ビタミン、タンパク、脂質、ミネラルといったヒトの必須栄養素の中で特にエネルギーに直結する炭水化物がない。濃い味付けの料理に舌が酷使される一方で、体が甘味を欲して仕方なく酒に手を伸ばす。
「酒で食べるしかないですね」
「私アルコール弱いんだよねぇ」
仕方ないかと、ヒサエさんは盃に手を伸ばす。それを見てジュンは給仕に声をかける。
「酒精の入っていない、果実水とかはないですか?」
かしこまりました、と給仕はすぐに代わりを持ってきてくれた。
「ジュン君って気が利くねぇ。女の子にモテる方?」
「博士号とる男がモテる世の中じゃないですよ」
「そりゃ女もだ」
学歴による苦労を共通の話題として笑いあう。博士号はジュンにとって、ヒサエという女性を相手に思いつく唯一の共通項であった。
「西洋史の専門家であるヒサエさんから見て、どうです?この建物や料理は」
「おもしろくない」
考える素振りもなく、ヒサエは即答する。
「おもしろくない?あなたが、地球人の研究者として初めて遭遇する対象を前にして?」
「うん!おもしろくない!」
ジュンもアガタも異世界に来てからは疑問と発見が尽きなかった。それをして面白くないと答える理由はさっぱり見当がつかない。
「私の専門は歴史。人々がどうやって生きてきたのか。そして、その栄枯盛衰をみなきゃ面白くないよ。」
「入口にあった初代の王様は国が栄えるきっかけでしょう?それが綿々と引き継がれてきたのなら、題材として十分では?」
「一度栄えて、それっきりなの。君たち理系に伝わる言い方なら、プラトーなの。この建物、初代様がいたころに建ったらしいよ?」
その説明を聞いてジュンは合点がいく。この建物の外見は周囲の民家とサイズ以外はそう変わらない。内装こそこだわっているが、一様に塗り固められたような味気ない壁は確かに変だった。そしてそれが初代から変わらないのなら、文明としての成長がそこから無いということになる。それも今代は19世と言っていなかったか?
「魔術を伝えたのはルナダリア1世。建築技術に魔術を用いているなら、それはルナダリア1世のものだと?」
「そういうこと。魔術、魔術、魔術でぜーんぶ上手くいくから試行錯誤がない。政治体制もきっと変わっていない。人間の数だけは増えているみたいだけどね」
ヒサエの不満が理解できたジュンは心ばかりの慰めを送る。
「明日、魔法省に連れて行ってもらえるそうなので、そこでようやく
以降、最初の1杯で少し酔いの回った二人は、これは何の肉だ、どう料理したのかなどと給仕を質問攻めしながら食事を楽しんだのだった。
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