第17話

 ルナダリア王国の首都マグナスはランドレイ市よりも低い城壁に囲まれていた。近郊の街道はランドレイ市内で見られたコンクリート様の滑らかな路面をもち、中央には一際ひときわ高い魔素観測塔が建っている。加えて都市を囲む城壁にはやや低めの観測塔が等間隔で併設されていた。

 城門には都市入る人間で列ができている。馬車を引くものから両手に大荷物を抱えたものまで、大人数で混雑していたものの市長の口添えがあったおかげでスムーズに通された。一行の乗る馬車は城門をくぐり、市長の遣いに先導されながら大通りを進む。先触れがあったおかげか、今回はスムーズに都市へ入ることが出来た。そのおかげで時刻は街道沿いで一泊した翌日の朝である。

「ルナダリアは商業の国です。そしてすべての物流はここマグナスと通じています」

「周囲の観測塔は何のために?あれだけ高い塔を設けていても、この大きな都市はカバーしきれないのでしょうか」

 コウセイ君は馬車の窓から顔を出しながら質問を投げかける。ルナダリアにおいて特異な見た目である日本人が立派な馬車に乗っていることから、周囲の視線を集めている。集合住宅のような建物がいくつもあり、窓から見下ろす者も居た。

「都市全体の魔素濃度を測定してもムラがありますから、区画ごとに測定をして使用量を管理しています。また小型の魔物が入り込むこともありますので、その検知にも使われています」

「魔物を見つける技術はどういった原理で?」

「魔物の体内には魔素が大量に含まれています。人間の濃度とはケタ違いですので、検知だけなら難しくありません。ですが、魔素が濃い個体が移動すると、その痕跡が残ります。魔素濃度のムラが激しくなると、魔物がどこにいるかを特定することは難しくなります。」

 人間の濃度とはケタ違いである。裏を返せば人間の体内にも魔素が含まれる。これまで供されてきた飲食物に魔素が入っていたように、この世界で衣食をすれば自然と体内に取り込んでしまう。コロニー管理下の生活を送っていたコウセイにはある考えが浮かぶ。

「魔素の傾向によって、魔物の個体を同定したりもできるのでしょうか」

「はい。おっしゃる通りです。魔物の体内から漏れ出る魔素は短い時間で出たり止まったりを繰り返します。魔素の測定ではこの間隔を測定することで個体の同定が可能です。常に一定であったり、いくつものリズムが組み合わさっていたり、なかなか面白い研究分野ですね」

 個体が出す魔素の濃度。そして魔素が漏れ出す周期によって個体の特定は可能であるようだ。いくつのリズムが組み合わさっていようとも、フーリエ変換によって周波数ごとに分離できる。組み合わせの種類が多く複雑であるほど同一のものが存在しなくなり、個体の同定手段として優れたものとなる。文系畑出身のコウセイであっても理解できる技術に肝を冷やした。

 魔物に使用されるだけでなく、人間に使用したらどうなるだろうか。それは指紋同様に個人を特定する技術となる。接触いらずで、一定の範囲内に入った人間の識別が可能となるのだ。

「ちなみに、人間も測れたりするのですか?泥棒対策とか」

「人間の魔素濃度は魔物より基本的に薄いので、あまり向いていません。リズムの組み合わせも複雑で、やろうとしている研究者はいるんですけどね」

 信号不足によるノイズの影響。ここでいうノイズは大気に含まれる魔素によるもので、人間の魔素を測定してもノイズと区別がつかなければ個人の特定まではできない。コウセイはそう主張するアリアをじっと見つめる。

 そもそも大気の濃度変化を測定するために建てられた観測塔は、そのノイズこそを識別する感度を有するのでは?アリアの表情に嘘や隠蔽は見られない。しかし、警戒を解くことはできなかった。


「魔術に関わる難しい話は、魔術省で伺うとよいです。私の説明だけでなく、実際の装置を目で見た方が分かりやすいでしょうから」

 コウセイのいぶかしむ表情を見て、技術の解説に理解が追い付いていないとアリアは判断したのだろう。

「いやぁ、すみません。一介の官僚にすぎない私は魔術に関する知識もなければ、地球の科学にも疎いものでして。」

「魔術を中心に色々な技術が発展しているんです。馬車の走る道や建造物から、市民の扱う包丁一つまで魔術とは切って離せないものです。とは言っても、すべての市民が城を建てる技術があるわけではありません。かつては個人が全てを扱えることが技術の習得と見なされてきましたが、技術が複雑になるほど専業とする利が勝ると判断されました。」

 地球におけるそれと類似した分業制の発展をアリアは語る。

「衣類を例としても、繊維を作るもの、織るもの、運ぶもの、売るものは別です。地球も同様に技術が発展したのならば、政治に関わる人間が科学という専門に明るくないことは不思議ではありません」

 長々と語るアリアの言わんとするところは、コウセイへの慰めだった。魔術を専門とするアリアが、それを知らないコウセイに気にするなと言うだけで、随分と饒舌になる。費やしてきた時間に比例して、語りたいことは増えるものだ。コウセイはそう考え、まだ20代前半と目されるアリアがルナダリアでの生活で学問へ費やしてきた時間を夢想する。

「アリアさんのように、魔術や他の学問を学ぶ人間はどれほどの割合でいらっしゃるのでしょうか」

「簡単な算術や法令、魔術の基礎といったものは共同学舎と呼ばれるところで皆が学べます。費用は国が出しているので庶民も教育を受けることができます。もちろん、子供を労働力と見込む家庭や技術の継承先と見る人間も多いです。結局は全体の4割程度にとどまりますね」

「過去、ルナダリアと同様な政治形態を持つ国が地球にもありました。ですが、当時の初等教育を受けた割合はもっと低かったと思います」

「魔素はそのままでは何の価値もありません。魔術により操り、具現させる方向を決定づけることで初めて利用価値が生まれます。そしてこの方向づけという作業には学術的知識が必要なのです。庶民は衣食住に必要な魔術や、自身の職に関わる魔術は習得できますが時間を要します。見聞により身に着けるよりも、学問による理論の補強によって習得時間は短縮できるのです。中には成人であっても、扱える魔術の種類が片手で数えられる者もいます」

「魔術に大きく依存した世界だからこそ、国民の魔術習得は国力に直結するわけですか」

「その通りです。ルナダリアはその課題を、学問による解決だけでなく、商業による解決を試みました」

「物流の活性により、人も入れ替わる。有能な人材を登用するには良い戦略でしょう」

 話が読めたとばかりに、コウセイは予測を述べる。つまり、魔術省とは国内外から魔術に長けた人物を登用する機関であろうと。

「魔術省の職員は国の運営に関わる官僚らですが、唯一外国籍の人間を雇用しています。優れた環境、物が集まる都市において、研究も活発になると思われたのですが、なかなかうまく行きませんでした」

「それは、なぜ?」

 ここまでの話を聞くに、有能な人材に研究をさせ教鞭をとらせる方策として良いものに思えた。いったいなぜ上手く機能しない。

「これ以降は、実際に魔術省をご覧いただければお分かりいただけるでしょう。ここからは外交です。私は自国に利を重んじなければなりません」

 意味深に話を終えるアリア。コウセイはこれまでの話から、いかに国交を優位に進められるだろうかと考える。用意してきた材料はある。地球の科学技術はこの世界でも通用するだろう。しかし、喫緊の問題に取り組まなければならない我々に対し、相手は平時の余裕を見せる。戦がある空気もない、国民を見るに疲弊した雰囲気もない。命を助けられた礼とばかりに、こちらに有利となりそうな交渉材料のヒントを残し、アリアは別の同乗者へと話しかけ始める。

 コウセイは失礼を承知で、一つだけ質問させてくれと話を遮る。

「アリアさん、監視塔は小さな魔物を見つけるとおっしゃいましたよね。でしたら、大きな魔物への対処はどのように?アリアさんはアモルファスという魔物の対処に当たったと伺いましたが、都市の防衛設備を見るに大型の魔物への対策は......」

 コウセイが言い切る前に、アリアは人差し指を自身の唇にあててナイショですとジェスチャーをする。魔術省で確認しなければならないことがある。そして、それはの国家にとって最重要事項となるかもしれない。シンイチ大臣ともに挑む交渉の場において起こりうるパターンをすべて思案せんと、コウセイは車中でアリアのジェスチャー通りに黙りこくるのだった。

 

 

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