第16話

 移動に次ぐ移動で辟易としながらも、使節団一行は馬車に揺られていた。ランドレイ市で一泊することもできたが、シンイチ外務大臣が先を急ぐべきと判断したことによるものだった。ジン隊長やランドレイの市長は反対する中、それを説得する大臣の言葉は「時間がない」だった。

「あのちょび髭市長も反対していたのに、一泊する余裕もないってどういうことですかね?」

 サトル君が馬車の中でジュンに愚痴る。大臣やコウセイ君らは別の馬車、隊長も副隊長も今回は乗り合わせていないということで、やや緊張がゆるみ気味のサトル君である。

「屋内でシルクハットをかぶった市長の言う通り、一泊したかったねぇ」

 同意を示すのはヒサエさん。彼女はベッドが恋しいというよりも、お茶がよほど気に入ったらしかった。どこで育てているのか、輸入品なのかなど、給仕に話しかけては伝わらない言葉にやきもきしていたらしい。

「ヒールを履いた市長よりも、なぜ大臣が時間を優先したのかが気になる」

「大臣は国内外の情勢に詳しいんだろう?今はメディアが簡単に情報を公開できないし、俺らに知らない情報を持っていたって不思議じゃない。なんたってネット用の海底ケーブルすら切れちゃってるんだし」

 ジュンの疑問に答えるアガタ氏はさもありなんという表情だった。

「そういえばアガタさんって夕張の人じゃないですよね?」

「ん?そうだよ。僕は群馬の高崎コロニーにいたんだ。大臣の移動にくっついてはるばる北海道まで来たの」

「関東の情勢も詳しかったり?」

「北海道よりは情報が入ってきただろうね」

 アガタの返答にジュンは抱えていた疑問を一つ投げてみる。

「輸送船は、どのぐらいの頻度で?日本じゃ化石燃料も核燃料もたいして採れやしない。夕張の補給はもう1年前とかだったはずだ」

「それは、東京だろうと一緒だろうね。どの国も改善の見込みがない未来に投資はしないよ。自国のことで精いっぱい。海底のメタンを採ろうって意見もあったけど、氷の下は海流が荒れすぎて死人が絶えずに頓挫したらしい」

「つまり、日本は本当に......」

「1日たりとも猶予がないんだろうね。北関東ではジェネレーターの出力はどんどん絞られているし、コロニー内だろうと暖がとれなくなりつつある。もとは温泉を引いた公衆浴場があったんだけどね。雨が降らないせいで水源が絶たれたのか、閉鎖されちゃって。今ではシャワーも時間制限がかかっている。なんなら、夕張に来て久々に温かい部屋で寝たよ」

 関東は政治機構が集中している。コロニーにだって十分な資源が優先されているはずだった。しかし、それらが不足している?水も空調も、間に合っていないほどとは。

「コロニー革命だよ、ジュン君。資本主義が敗北して社会主義が勝利した。コロニー単位での管理社会が国の延命に必要だったんだ。すべては平等に。人口に応じて資源は分けられた。しかし、関東はそうはいかない。資産家が多いからね。管理を受け入れない人間が多かった」

 夕張も決してコロニーによる管理に反発がなかったわけではない。農耕に生きる人間や札幌近郊のサラリーマンらが多く、管理下での生活だろうと生きることを優先できた。そして、それを受け入れられない人間が多かったコロニーほど、資源の消費が加速して窮地に陥っている。

「外交として輸出できるものは日本になかった。金は紙くずになり、走らない車は鉄くずだ。シンイチ大臣は本当に国を背負ってこの使節団を率いているんだよ」

 雲の制御は人類の希望だ。ジュンもそう認識していた。だがそんなにもコロニー経営の破綻が眼前に迫っているとは思ってもみなかった。

「ってことは、魔術で雲を晴らすことが出来れば大臣は英雄っすね」

 想像以上に暗い現実を前にしたジュンや同乗者に対し、サトルはどこまでもポジティブだった。

「ジュンさんにも、他の先生方にも期待してますよ。向こうで技術者と話をまとめるのは皆さんの仕事なんですから」

「あぁ、そうだな......」

 突如わいてきた焦燥感を胸に、ジュンはそう返すことしかできなかった。


 *


 時はさかのぼり、ランドレイ市の市長室にて。

 市長とアリア、そして新田シンイチ外務大臣が対峙していた。ソファーに深く座る市長と、その横でピンと背筋を伸ばし直立しているアリア。市長の対面する位置で、ソファーに尻の半分だけ乗せて座るシンイチ大臣は、その頭を垂れていた。

「どうか我々地球人に、お力添えを頂きたい。」

 シンイチの言葉はアリアの魔術を受け、翻訳される。

「頭を上げてください。シンイチ様、あなたは一国の大臣でございますれば、都市一つを治めるに過ぎない私に頭を下げるものではありますまい」

「いいえ、市長。私は日本人でございます。お願いする立場にありながら、頭の一つも下げられないとあっては、それこそ恥でございます」

「シンイチ様、貴国の文化は承知しました。貴方が敬意をもって接してくださっていると。ですので頭を上げてください。これではお話ができぬではないですか」

 2度目の頼みでようやく大臣は頭を上げた。まっすぐ、ちょび髭を生やした市長の目を見やる。

「我々の空は黒い雲で覆われ、日の光が搾取されている。アリア殿に伺えば、その雲は光を魔素に変換していると伺った。我々は魔素というものを知らない。操るどころか、感じ、触れることすら叶わない。」

 話す間もアイコンタクトを外さない。相手はこれを聞いて何を思うのか、目の色から情報を少しでも拾う。

「ルナダリア王国の首都であるマグナスには、魔術に精通した方々が多くいらっしゃるとのこと。どうか我々に雲を晴らす手段を授けていただきたく、参った次第です。」

「事態は把握いたしました。私共は魔素とともに生きてきました。空気を吸うと同様に魔素を取り込み、食器を扱うと同様に魔術を学ぶ。マグナスの研究者らはその精鋭、必ずやお力になれるでしょう、ぜひとも協力させていただきたい。」

 市長の返答に大臣は喜びの表情をつくる。

「おお!なんと感謝の意を示せばよろしいか。貴国は我々の良き隣人となりましょう」

「私共は成果を示さずに礼を受け取りは致しませんとも。」

 謝礼はいかほどにという問いに、成果報酬で言い値を頂くと応答される。必ず売れる商品に値札はつけない。とんでもない暴利を叩きつけるつもりだろう。


「では、すぐにでもマグナスに向かわねばなりませんな」

 大臣はお前では話にならない、値段を決められる相手と話をさせろと切り出す。

「私どもが馬車を出します。半日もあれば着きますので、今晩は泊まってくだされ」

 引き継いだ先で、少しでも自身の成果を高く見積もってもらえるように市長もすぐには手放さない。しかし、そこで大臣が少し強気に切り返す。

「アリア殿、バイクで移動した場合ならどの程度かかりますかな」

 横に控えるアリアは自衛隊らの装備を見ている。地球の技術を知る存在であり、それを誇示するのに丁度良かった。

「2時間程度ですね。」

「なんと!」

 2時間という数字を聞いて市長は大仰に驚いて見せた。

「私共の馬は持久力に優れ、途中の補給や休憩を挟まずに長時間走れるのが特徴でしてな。これで他国に大きく有利を得てきたものでしたが、まさか速さでそこまで差がつくとは」

「特殊な装置による移動です。魔術を持たない我々は科学技術によって世界の時間的距離を縮めてまいりました。魔術技術について助けていただければ、我々の科学技術もルナダリアへ出し惜しみはいたしませんとも」

 大臣は今が攻め時だとばかりに畳みかけようとするが、横からアリアに水を差される。

「ですが、バイクは魔素とは別に燃料を要します。日本においてはこの燃料も貴重となっています。急ぐ道中であることは承知しておりますが、いかがでしょうか。行きは馬車にお乗りいただき、帰りはバイクにより急いでいただく。地球へ向かう魔術師たちも移動時間が短い方が好ましいでしょう。」

「それはいい!いかがですかな?時間を急ぐのでしたら、今すぐにでも馬車と御者を用意させましょう」

 大臣は痛いところを突かれたと思いながらも表情にはださない。実際、往復にはガソリンが足りないだろう。しかし、片道を急ぐのであれば往路が望ましい。魔術の開発にどれほど時間がかかるのか分からないのだ。

「できれば、帰りを馬車でお頼みしたい。いかがだろうか」

「シンイチ様、ルナダリアの魔術師は優秀です。さほど雲への対応策を組み立てるのに時間は要しないでしょう。お話を聞く限り、魔術の専門家ではない私でも雲を一時的に晴らすことぐらいはできそうですし」

 これには大臣もたいそう驚いた。これまで唯一接点があった異世界人であるアリアは魔術にある程度精通している人物だと認識していた。その彼女が雲の対策は専門家に聞くべきと言うにもかかわらず、魔術の専門家ではない市長が雲を晴らせるというのだ。

「本当ですか!?」

 これまで抑えられていた感情が、表情に出てしまう。驚きの表情を見て市長は少ししまったかという反応を示す。その時、オホンと咳払いとともにアリアが横から説明を加える。

「可能か不可能かで述べれば、可能でしょう。しかし持続的な対応には魔術師が必要です。私は、その、地球に長期滞在するよりも、国交を結び長期的な契約こそ必要と考えたのです」

 アリアの繕う説明をうけ、シンイチ大臣は納得の表情を作る。

「なるほど。いや、まったくその通りですな。姑息的対応だけで事態は改善しないでしょう。アリア殿は正しい」

「いやはや、魔術の素人ができるなどというものではないですな。浅慮がばれてしまいます。」

 市長は失言だったと認めつつも、技術的な可能性は否定しなかった。

「馬車と御者を用意させます。加えて、伝令をマグナスへ送りましょう。それならば研究に遅れもでますまい。」

 側仕えの人間を呼び指示を出す。部屋に残る3人はその後、他愛もない世間話に終始した。

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