第14話
使節団一行がバイクにまたがり数時間、アモルファスの足跡を逆にたどることで森の外に出たところで小休止をとっていた。途中、森の生物や魔物に遭遇したがいずれも小型のものばかり。アリア曰く、森の中で他の魔物を狩猟していれば痕跡が残るそうだが、それも無いようだった。悪い知らせは、移動を優先したばかりに生物の観察を満足にさせてもらえずアガタはたいそう肩を落としていたことぐらいだ。
「あちらの方角に10分ほど進むと街道に出ます。それに沿って走れば1時間もかからず街に到着するでしょう」
二人乗りに悪質な路面とはいえバイクの走行速度はそこそこ速い。街道に出てスピードが上がれば毎時80km程度は出せるはずだ。その速度で1時間かかると聞き、思っていたよりもこの森が僻地にあると気づく。
「ジュンさん、さすがに森の中を走ってお尻痛いでしょ」
小便を済ませたサトルが休憩時間の残りをジュンとの会話にあてたいようだ。
「サトル君、行先はあっちみたいだけれど方角わかる?」
ちょっと待ってと言いながらポケットの方位磁針を取り出す。
「東みたいですね」
ジュンものぞき込んで針の向きを確認する。地球磁場と同様に、この星にも磁場が存在する仮定しての東。アリアの言葉が”方角”と訳されたことから、似た概念がこの世界にもあるはずだ。そう思いながら、ジュンはアリアの指さした方向へもう一度顔を向ける。向かって右上に太陽がある。地球流に考えるのなら、ここは北半球に相当する。古典的な天文学のように計算すれば緯度も出せるだろう。
「そうだ。アリから逃げるときは助かったよ。色々気を取られてお礼を言い忘れてた、申し訳ない」
「気にしないでください。うちの隊長、頭かたいでしょ?装備を決める会議の時も、基本装備から逸脱しない範囲をベースにして、多少火力を上げるものを加えればいいって聞かなくて。自分は日本の文化を見せるためにも帯刀しようって言ったんですけどね」
なんとも面白い考えを持つ青年だった。地球の人類文明によって生み出された銃器こそが、戦争の形態を変えたのだと示す方が相手への牽制にはよさそうだが。
「あのアリには刀よりショットガンの方が有効だったろう。それに、アリアに聞いたが銃はこちらに無いらしい。魔素に依存しない銃火器が我々地球人の歴史を示すのに丁度いい」
「あんな無茶なことするのに、結構リアリストなんすね。ジュンさんって。」
「あの状況で逃げ切るのも、現実味がないと思ってね。全体的な構造として下りが多かったから、水攻めするならあの部屋が一番だったし」
「はえー。そんなことまで考えてなかったなぁ。まあ隊長は庇護対象であるアリアさんを戦力としてはカウントしていないようなので、その中での最善策を選んだんでしょう」
「なるほどな。我々非戦闘員はお客さんでいてほしいわけか」
「アリアさんは別として、みなさんは素人であることに違いはないですからね。だからこそ隊長はジュンさんの行動に目を丸くしていたんですよ。よくあの状況で動けますね」
ジュンはこの使節団に参加すると決まってから、自身のできることは何か考え続けていた。己の知的欲求を満たしたい、実績を上げて研究職に返り咲きたい。そういった欲を自覚していたからこそ、役割を求めていた。エリカの研究室に出入りしてPC研究の動向を追っていたジュンは、ルナダリアに着き雲の制御法に目途がついてから、その効率的な利用法を提示するのが自身の役割だと最初は思っていた。都市やコロニーの配置や規模を考慮し、気候への影響を予測し、農耕地の確保するといった、国家が復旧するために必要な手順を明示するのだと。
しかし穴を通りルナダリアへと続く道を前にして、ジュンは迷っていた。そういった研究はエリカやほかの研究者でもできる。だが異世界を目にした自分だけにしかできないことがあるのではないか。魔素がもたらす、あらゆることを可能とする力。一種のエネルギー革命。ルナダリアと日本が国交を持った時、いったいどのような影響が生まれるのか。
「サトル君、シンイチ大臣はどこだ?」
「え、大臣っすか?たしか――」
周囲を見渡し大臣を探すと、コウセイ君と会話している大臣を見つける。しかし、話しかけることはできなかった。
「小休憩終わり!全員移動の準備を。次は街まで休憩はありません」
ジュンは隊長の号令を受けバイクに跨りながら、あらためて話すために自身の思考をまとめるのだった。
*
アリアの予測通りに1時間ほどでランドレイ市という街に到着する。門ではアリアが衛兵に説明をして、街の管理者に話を通してもらう。管理者から使節団への対応が決まるまで、一行は待機していた。
「でっかい街ですなぁ。」
生物学者のアガタも驚嘆の一言だった。100万人は住めそうな広さの土地の周囲を城壁で囲み、1本の大きい川が横断する。特徴的だったのが、城壁から頭どころか体まで出るほど高い塔が街の中央に位置していた。
「スペインにあるヘラクレスの塔をもっと高くしたようなデザインが目立ちますね。」
なんだそれはという周囲の視線を浴びて、現役で建っているローマ建築の灯台だとヒサエは返していた。
「あれは魔素の観測をするための塔です。高さを稼ぐほど広い面積を探知できる都合から、大きな町ほど高い塔があります」
「魔素の観測?そんなものが必要なんですか?」
アリアの説明に対しコウセイ君が横から質問を投げかけた。
「はい。地球における天気予報のようなものです。魔素の濃度は日によってムラがあり、魔素を多く使う仕事は魔素の濃い日にしかできません」
「なるほど。魔素の薄い日に多量に消費してしまえば、周囲の魔素濃度が極端に下がって魔術がろくにつかえなくなるのか」
「日常生活にまで魔術が普及しておりますので、誰かが使いすぎるわけにもいかないんです。街に入ったら家の軒先を観察してみてください。数件に1つは魔結晶の入ったランタンをつるしています。周囲の魔素濃度を計測して目に見えるようにする装置なんですが、消費の多い家庭には課税されることがあります」
この世界において魔素は水やガス、電気などと同じインフラ資源だ。消費量をコントロールしようとするのは当然であった。そこでジュンは一つの思考をする。消費した魔素は失われる。しかし世界は魔素に満ちている。であれば、どこかで魔素が生成されている。いったいどこだろうか。もしかしてと思いジュンは質問を投げかける。
「アガタさん、さっき見ていた植物について何かわかりましたか?」
「いいや?あのシダに似たやつだろう?胞子もなければ種子もない、自己増殖を目指さない生物というのはまったくもって謎だよ」
剽軽な印象のあったアガタだが、質問に対しては学者然として返してくる。
「もし、子孫を残す本体と、子孫を残さないコピーで構成されていると仮定するとどうです?」
「なるほどなぁ。たしかに有性生殖と無性生殖のどちらも行う種は存在するね。」
「この世界における無性生殖は魔素によって形作る自身の分身かもしれません。」
「確かに、道理にはかなっていそうだ。だけどそれが生存戦略に役立つかい?」
生物は形質の異なる亜種が大量に存在し、子孫を残せるもの以外は淘汰されて今の形となった。つまり自身のコピーを生み出すことが生存戦略に役立つ理由が存在する。
「魔素はこの世界における最重要な栄養素だと思いましょう。体を作る元素ですら魔素で補えるでしょうから。反面、魔素を蓄えていると敵性生物に襲われるリスクは高まります」
「自身のコピーをデコイとして目立たせるということか。それにしたって魔素の消費量が割に合わないんじゃないか?」
「それこそ胞子のように幼体の分身を作るんです。分身は周囲の栄養を吸収して成長し、さらに魔素を作り出す。アガタさん、光合成ですよ。太陽光と水、二酸化炭素から有機化合物を生成する地球の植物と同様です。太陽光を魔素に変換するものは、我々がずっと見てきたではありませんか」
「PCかぁ。なるほど合点がいった。PC粒子は植物の葉緑素みたいなものか」
ポンッと手を打ちながらアガタは納得顔であった。それを見たジュンは少し得意気になりながら、自身の思考を口にしていく。
「性質的に似たものでしょう。粒子自体が移動可能となり、空に浮かぶことでより効率的に太陽光を魔素に変換するように進化した姿です。」
「しかしだな、ジュン君。この空にはそれが存在していない」
アガタの指摘の通り。あの雲が進化論的に生まれたのであれば、この世界こそ真っ先に雲が覆いつくしただろう。
「そこです。今のところ、この世界にはあの雲に直接つながるものはありません。せいぜい洞窟にあった門だけです。どうにも不自然に思いませんか?」
「自然科学の徒である人間が、不自然だと思う......。それはつまり――」
アガタの言葉を遮るように、ギギギと大きな音を立てて目の前の大扉が開く。
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