第12話

 カタカタ、カチカチという異音は1つではなかった。次第にその音の数は増え、ついに嵐の雨音のように洞穴を満たす。すると頭を失ったケイヴワームの身体がもぞもぞと動き出す。自身の掘った穴から這い出すように、しかしケイヴワームを構築する組織に生体らしい運動は見えない。

 ボンッという音とともにケイヴワームは穴から飛び出し、全身を晒す。しかし、その尾は頭と同様に欠損していた。火薬により破裂した頭と対比し、鋭い刃物で何度も切りつけ、残った最後の一辺を引きちぎったようだった。

 

「ひゃぇっ!」

 衛生兵を示す腕章をつけた女性が悲鳴を上げる。カタカタ、カチカチと音とともにケイヴワームが開けた穴から黒光りした甲殻が踊りでる。いや、甲殻という表現は正しくなかった。その全身が姿を現すとそこには3対の脚に2本の触覚、大きく鋭い顎を持った体高2mほどのアリだった。

「バケモノサイズもアリだ!」

 隊員は声を上げてアリに銃を向ける。

「撃っていいですか!?隊長!」

「第二班、三班のみ射撃許可!残りは周りを警戒し続けろ」

 指示とともに10人ばかりの持つ小銃が火を噴いた。大量の鉛玉の浴びた巨大アリは全身に孔を開けられ倒れこむ。射撃を中止し、アリの様子を見る隊員らは手に持つ武器が通用することに安堵していた。

 しかし、カチカチという音とともにケイヴワームの作った通路から次々とアリがはい出てくる。

「総員、任意に射撃せよ!奴らに接近を許すな!」

 30人程度による弾幕はアリを確実に倒していく。しかし、止まらない。一匹、二匹とうち漏らしたアリが迫ってくる。一匹、じっと立ち止まりこちらを見るアリがいる。隊員がそいつに銃を撃つと、弾丸がはじき返された。

「総員退避!バイクに乗り逃げるぞ!」

 魔素を操り外骨格を強化する相手を大量に対処するのは不可能だろう。たとえ銃が通用しても処理能力を超えた敵の数には勝てないと、彼はすぐに判断を下す。前方の隊員らはバイクにまたがり、後ろに射撃手を乗せる。後方では隊員と非戦闘員のペアがバイクにまたがった。ジュンは周りの人間がバイク乗れたことを確認し、自身も乗ろうと思ったとき、アリアと先ほどの衛生兵が負傷者の治療を終えてバイクに乗せている姿が目に入る。そこで1つ遅延策を思いつく。

「ジン隊長!魔術による通路の封鎖を進言します。」

 ジュンを待つ隊員に荷物を預けながらジュンは隊長に向けて声を張る。

「移動した後、爆薬を設置する!魔結晶の浪費はできん。」

「アリは穴を掘る虫ですよ!それだけでは追跡から逃れきる確信がありません。足りないならケイヴワームとアリの魔結晶をいくつか回収します!援護をお願いします」

「おい!」

 ジュンは隊長の静止を聞かず走り出す。

「誰か、反対の通路を塞いでおいてください」

「準備ができたものは通路に向かえ!第一班は援護だ。」

 小銃による掃射を受け、ジュンの向かう先にいるアリが倒される。ジュンが倒れたケイヴワームを見やると、今まさに黒い粒子に変わるところだった。残す魔結晶を目指して全速力で走る。

 ジュンはアリの動きを観察していた。アリが攻撃する方法は多くない。警戒すべきはその鋭い顎とギ酸だろう。しかし人体への攻撃、つまり捕食に使うのは顎だけだ。体高2m、全長3m以上であろうと、警戒すべきはその頭部だけでよい。そして大きな体躯は細かい旋回能力が失われたようだった。カチカチ、カタカタという音は運動に伴って顎や外骨格が接触する音。全身鎧をまとった騎士と追いかけっこをすると考えれば勝算はある。

 ヤギ頭と戦った時と同様に、生き物の形として不合理な部分をつけばよい。ジュンの思考はそう言った経験からくるものだった。しかし、ジュンは進行方向にいるアリの一匹に違和感を覚える。見た目は他のアリと変わらない。体格も同じだが、動きが妙に速い。そのアリは目的とする魔結晶のすぐ近くまで移動し、ジュンの方をじっとにらみつける。


 「速いだけじゃない!知能もか!」

 アリは顎がジュンの腹の位置に来るように頭を下げた姿勢で、顎を何度も開閉させながら待ち構える。ジュンはそのアリに近づくとあえてスピードを落とした。嚙みつこうと体を伸ばすアリはジュンの目の前で顎を閉じる。鉈を横に振り払い頭の向きを変えてやると、姿勢を低くしてアリの体の下に入り込み走り抜けた。

 地に落ちていた魔結晶を拾い上げスピードを落とさずに走り、大回りで皆の待つ通路へ向かう。獲物を食い損ねたアリ達が追いすがる。

「そのまま走り続けろ!」

 ジン隊長は指示を飛ばしながら、自身は運んでいた荷物に入っていただろうショットガンを構える。ドンッと他の隊員のとは異なる銃声とともに放たれたスラッグ弾はアリの外骨格を陥没させる。

「これでも貫通しないか、アリ型装甲車め」

 ほかの隊員は銃を構えてこそいるが、跳弾を防ぐためか発砲はしていない。ジュンは迫りくるアリの攻撃をよけながら走り続け道中に転がるアリの魔結晶も回収する。そして何度かアリの顎が頭を掠めつつも、何とか隊員が待つバイクに到達する。

「ジュンさん、しっかりつかまって!」

 迎えに来たのはサトル君だった。ドンッドンッと隊長の援護をもらいながらバイクは走りだし、広間につながる細い通路へと向かう。そのころ、ジュンが走り回っている間に設置されていた反対の通路への爆弾が遠隔操作により起爆される。空気の揺れと背に感じながら通路に到着すると、アリアがバイクから降りて待ってた。


「何をやってほしいわけ?」

「小ぶりの結晶で道をふさげぐ、土壁を盛り上げて天井から30cm程度残して。厚さは可能な限り厚く、傾斜をつけて!」

 アリアは指示を聞いてすぐにジュンの持つ魔結晶を取り上げて魔術を行使する。左右の壁と地面がむくむくとふくれあがり、天井付近に人間一人が通れる程度の穴を残して道はふさがった。

「こいつで水攻めだ。広間1つ分ぐらいいけるだろ?」

「ぴったりぐらいね」

 ケイヴワームの魔結晶はヤギ頭ほどではないが、片手に収まらない程度には大きかった。その中にある魔素をすべて消費して、アリアは水を作り出した。勢いよく噴き出す水はアリを巻き込む濁流となった。広間をある程度の高さまで満たす。アリアが魔素を使い切り、水の流れが止むと部屋を満たした水はケイヴワームの開けた穴からアリごと流れていった。


「ジュン先生。アイデアは悪くないが、独断専行は勘弁願いたい。」

「子供のころ、アリの巣に水を流す遊びはしたでしょう?」

「あなたの行動で他人の命が危険にさらされたのです。二度としないでいただきたい」

「わかりました。申し訳ありません。ですが、あなた方の持っている装備だけで対応できない事態が今後起こりえます。アリアの魔術はそれらを打開するためのカギです。そのことだけ覚えておいていただきたい。」

 頭を下げるものの、自衛隊にばかり任せていられないといった態度のジュンに対しジン隊長は厳しい目線を送る。

「あなたは隊員ではありません。ですから規則による罰則は与えられません。ですが、次に暴走をしようとすれば撃ってでも止めます。忘れないください。」

 

 ジン隊長はシンイチ外務大臣の方へ体を向き直し、今後の方針を告げる。

 「だいぶ音をたててしまいました。ここからは強引に行きましょう。バイクに乗ったまま、走れるだけ走ります。」

 燃料は限られているが、一行の体力も限られている。隊長のそんな判断に対し、一刻も早くこの穴から出たいと思う大臣は大きく首肯するのだった。


 *


 バイクで10分ほど走ると、目的とした出口へとたどり着いた。アリアが門と称するそれは、PC粒子による黒い壁である。わずかに滞留し、ゆらゆらと揺れる門はライトの光をかざしても、その先の空間を見通すことができない。

「本当に、ここを通るのですか?」

 隊長がアリアに確認をする。バイクに乗った学者やシンイチ外務大臣は先ほどのアリを見たときと似たような反応を示していた。

「私は森で遭難し、一時的な非難として洞窟に入りました。大きな洞窟でしたので、魔物や野生動物がいないか奥を調べたところ、この門を発見しました。魔術的な存在であると強く感じ、調べるために触れるとこの世界に飛ばされたのです。この門の先に空間があるのではなく、門に触れることによってテレポートするものだと思ってください。私の想定する限り、危険はありません」

「隊長、先に触れてみてもよろしいですか?」

 アリアの説明を聞いて、サトル君が名乗り出た。若い彼は本当に怖いもの知らずだ。

「わかった。だが、志願者ではなく私が行く。アリアさん、テレポート先でも再び門に触れたら戻ってこれるのですよね?」

「そのはずです。魔術的に見れば、この門は地球とあちらの世界をつなげるために、ここにあります。なぜか、までは分かりませんが」

 現状、考えるための情報はアリアの知識の他にない。そして引き下がる道もない。ジン隊長は覚悟を決めて、門に触れる。

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