第11話

 「総員、着剣!」

 隊長の掛け声とともに自衛隊の隊員らは手に持つ銃の先端に銃剣を装着する。コウセイ君との事前打ち合わせで聞く限り、銃声に引き寄せられる魔物が多かったらしい。小型の魔物については銃剣を使った白兵戦が結果的にリスクを抑えるとみなされた。

「敵方、ゴブリン2つ。横隊を崩すな!必ず複数で当たれ!」

 魔物の呼称はアリアが決めたはずだ。固有名詞がどのように翻訳されたかは分からないが、魔術の理論に従えば意味の疎通がしやすい訳になる。

「相手の兵装は確認できず!照明たきます!」

 最前列に位置する一人の隊員が銃の代わりに大型の懐中電灯を照らす。暗い洞窟でゴブリンの姿が明瞭になる。2匹のゴブリンはジュンが襲われたときのようなナイフは持っていなかった。そして強力な照明によって目が眩んだのか、両手で光を遮るようにしている。

 すかさず、銃剣を構えた隊員が前に躍り出た。それぞれ3人ばかりの隊員が両手に構えた銃剣を前方に突き出す。1匹は心臓の位置に刺さったのか、体から黒い粒子を吹き出しながら倒れた。

 しかし、もう一方は刺されながらも動けたようだった。傷から黒い粒子を出しながら、前にでて隊員につかみかかろうとする。

「押し倒せ!」

 3人がかかりで子供ほどの体躯をしたゴブリンを力任せに地面へ叩き伏せる。その衝撃でゴブリンは声とともに肺の空気が押し出された。

「サトル!やれ!」

 声とともに一人が刺さった銃剣をいったん抜き、力いっぱい心臓めがけて突き下ろす。

「Gabbbb」

 起き上がろうと必死の抵抗をしていたゴブリンは、その一撃をもらってからすぐに力が入らなくなった。そして胸から黒い粒子を放ち、次第に全身が消失した。

 隊員らは残された2つの魔結晶を回収し、損害の確認を行っていた。損害なし、と報告された隊長は満足げに移動の再開を告げた。


「サトル君、お手柄だね」

 移動隊列を整えている最中に声をかけると、サトル君はたいそう嬉しそうにはにかんでいた。


 *


 数度の接敵があったものの、大きな損害はなく使節団一行は2時間ほど進んだ。途中に分かれ道がある際はマーキングした上でアリアの指示に従い、より魔素の濃い方向へ進む。雲が蓄えた魔素を集約される場所には雲に関わる何か、もしくは遭難していたアリアが通った異世界への門があるだろうと判断されたためだ。

 少し開けた空間に出たところでアリアが口を開いた。

「ジン隊長、非常に魔素が濃くなっています。そろそろ私の通った門が近いかもしれません」

 ジン隊長はうなづき、一行に体を向き直した。

「次に少し開けた空間があれば、そこで休憩を取ります。アリア殿の言から魔素が濃くなってる部分はそれだけ魔物が強力になりうる危険があります。休憩中もすぐに移動可能な状態でお願いします」

 

 ジュンは指示に従い休憩するにあたり、壁に寄りかかろうとも思ったが、背中の荷物で十分と思い、空間のど真ん中に腰を下ろした。前後の通路には自衛隊の隊員らがそれぞれ集まっている。学者らやシンイチ外務大臣などは壁際にどっと座り込んで各々水分を取り始める。息が白む気温とはいえ、歩き続けて汗もかいたのだろう、肌着を交換する男性もいた。

「なんでジュンは壁によらないの?」

 ぽつんと浮いてしまったジュンにアリアが話しかける。

「地面も壁も、冷えた面に体が触れたら体温が奪われるからな。腰を下ろすために地面は仕方ないとして、背中は自分の体温で温まったバックパックに預ける方が体温が失われない。ようは体力温存だよ。」

「へー?自衛隊の皆さんはそこまで気にしていないみたいだけれど」

「彼らは自衛隊の中でも選りすぐりの体力お化け達だ。一般人と一緒にしたらダメな人なの」

「じゃああっちで休んでいる人たちにアドバイスしてあげればいいじゃない。登山経験者が言うなら聞くんじゃない?」

「正直言って微々たる差なんだよ。中途半端に偉そうにして、注意をしてみろ。閉鎖的な環境で嫌われる方がまずいだろ」

 なるほど、とアリアは納得したようだった。そして荷物をジュンのすぐ横に置き、腰を下ろす。


「なんでそんなに近くに座る」

「くっついていた方が温かいじゃない?」

「言っただろう、嫌われるようなことがあれば面倒だ」

「周りを気にしてるの面白い。ジュンって結構シャイ?」

 言葉のチョイスが腹立たしい。誤訳の余地もなく、アリアがこちらをからかう意思がなければ、シャイなんて言葉は出てこないだろう。ジュンは右肩に感じるアリアの体温を努めて無視した。

「聞く限りアリアの世界における文化や、魔物は地球の創作物に近い。創作された魔物は様々な設定を持ち、その数だけ人を襲う手段には多様性がある」

 これまでジュンは魔術の理論を聞いて疑問に思っていたことがあった。この穴における魔物は雲と魔素によって構成される。つまり魔物は魔術の理論から離れきれない存在のはずだ。そして魔物の姿が地球における創作物に近しいのは、そうある方が安定しやすいからではないか。ゴブリンは様々な書物に登場するし、ヤギ頭はバフォメットという悪魔もしくは神の姿に近しい。

 そして、違う仮説を立てることもできた。

「アリアは、ゴブリンはルナダリアにおいても一般的な魔物だと言っていたよな」

「そう。この穴では心臓を指せば雲がでてくるけど、私の世界ではちゃんと血を吹くし、魔素を取り込んで肉を食らう、生態系に組み込まれた生物の1つ。」

「地球の創作物と、そちらの生物が類似している。これを完全な偶然とは思えない」

 ここまで話すと、アリアはジュンの疑問に合点がいった。

「つまり、過去に私の世界と地球とのつながりが存在していた?」

「こちらの創作に影響されたのか、魔物に創作が影響されたのかは分からない。ルナダリアに着いたら、その歴史や逆にルナダリアの創作物にも目を通したい。地球に関わる何かがあるはずだ」

 「わかったわ。ん?揺れてる――!」

 

 アリアが返答するや否や、地面が振動を始める。次第に大きくなる揺れは地面だけでなく壁面や天井からも伝わり、ボロボロと空間を支える土が崩れてくる。ジュンは飛び上がり移動に備えたが、その表情は予想してましたとばかりに余裕がありそうだった。ジュンは事前の打ち合わせで土中を掘り進める魔物もいるだろうと予測していた。そしてジュンが予測したパターンはつまり、コウセイを通じて自衛隊らにも伝わっている。

「総員中央へ!四方を囲み備える。直上、直下からの攻撃も警戒せよ!不注意に音を立てるなよ」

 ジン隊長の号令で全員がジュンの周りに集まる。

 「アリア、乱戦になる可能性がある気をつけろ」

 ジュンは注意を促しながら、自身もバックパックに括り付けていた鉈を取り出す。揺れに備え、腰を低くする非戦闘員たちの四方を囲うように自衛隊員らが並び銃を構える。


 前方からドドドと低い音が響く。音の大きさと比例し、一同に緊張が走る。いよいよ音がすぐ近くまで迫ってきた時、音と揺れが止んだ。

「なんだ、何も来ないのか。驚かすなよ」

 誰かがそう言った。ジュンはその顔を見ることはできなかった。振り返っても声を出した人間はその場おらず、代わりに地中から現れた何者かの影が伸び、そのまま天井に消えていった。それは想定される魔物リストで、危険度の特に高い魔物とされた。

「ケイヴワームです!」

 魔物自身の出す音が鳴る時間のみが、言葉によるコミュニケーションをとれる時間である。そう判断したアリアがジン隊長に敵の正体を告げる。地中から襲う魔物は想定されていた。そしてそれらは音によって敵の位置を把握するとも考えられていた。襲われた男はジン隊長の音を立てるなという指示の意図を正しく理解できていなかった。

「第一班は10m離れてデコイを置け。」

 指示に従いすぐに数名が囲いから外れる。荷物からある装置を取り出し、地面に設置する。それは専用の加工を施された振動発生装置だった。その装置は音を立てるよりも地中に振動を伝えることを目的とした構造をしていた。スイッチを入れるとバイブレーションの音が断続的に響く。ゆっくりと、振動が伝わらないように隊員らは退避する。1歩、2歩と進んだところで、ケイヴワームが立てていた音が止む。今、奴は獲物がどこにいるのか狙いを定めているはずだ。響くデコイから離れたいが、足音を立てるわけにもいかず、隊員らは動けずにいた。次の瞬間――。

 再び地中からケイヴワームが飛び出す。地面が隆起したと同時に隊員らは大きく飛び退くが、一人が遅れた。遅れた隊員の脚にワームの顎が食い込み、再び天井に向かう勢いによって合わせて隊員の身体が飛び上がる。

「発破!」

 直後、ケイヴワームの頭が振動装置に着けられていた爆弾によって四散した。

「いだぃ!足がーっ!」

 足を食われた隊員はケイヴワームに連れ去られることはなかったが、爆発に巻き込まれ右足の腿から下が失われていた。早く治療しなければ失血多量で命も危ないだろう。第一班の他の隊員が彼をアリアの元へ引きずる。

「各員、戦闘態勢を崩すな!まだいるぞ!」

 地響きは続く、同時にカタカタと別の音が洞穴に響いた。

 

 


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