第8話

「ジュンのせいで大変な目にあった」

 エリカの研究室を訪ねると第一声から非難された。

「防疫はすっかり頭から抜けていた。たしかに地球外生命体アリアと遭遇した我々は隔離されてしかるべきだ」

 ジュンはおどけた口調で謝罪を述べる。

「アリアさんは今どうしているんだろう」

「アリアも俺らと同様に隔離されながら、色々身体の検査を受けたらしい。数日前に合わせてもらったが針を刺されるのはもう嫌だって嘆いていたよ」

「採血されるだけで、危害を加えられることがないといいけど。少し心配ね」

「口調はほとんど冗談だったよ。部屋も与えられて、ずーっとテレビに夢中らしい」

 現状、危険はなさそうで面会も許可されている。そう聞いてエリカは胸をなでおろした。

「異国の技術と情報が集まっているものねぇ、私が異世界人でもテレビは注目するわ」

「テレビといえば、アリアのことはまだ報道されていないだろう?アリアと面会したときも、お偉いさんは居なかったんで雲対策について国の方針をまだ聞けていないんだ。アリアからだいぶ聞き出していたみたいだけれど」

 

「隔離中にだいぶ話も進んだみたい。」

 エリカはお盆に緑茶を入れてテーブルに置き、その横にある資料を指さす。

「PC対策手段確立における第一段としてのルナダリア王国訪問、ね」

「他国へ使者を出すのなら予算も立てられるし、それなりの身分の人間を連れて行けば護衛だって付けられる。ということで、関東から外交官と内閣閣僚が来るらしいの」

 コロニーに分割された日本にとって、いくら国会が法を定めようとコロニー運営に関わる決まりはコロニー単位でほとんど決められる。なので国家の機能は国内の資源分配や外交などエネルギー資源の貿易にかかわる方針を決めることに終始されている。そもそも物資を輸送するためにエネルギーを使ってしまえば食料を生産するためのエネルギーが枯渇するため、国内外問わず物流は壊滅的だ。わざわざ関東からお偉いさんが来るということは、この時世においてかなり気合の入った動きとみてよい。



「お大臣様とは想定外だ。いくら銃器があっても道中が安全なわけじゃなかろうに」

「きちんと何があったか話したんだよね?」

「隔離中も再三の取り調べを受けて、全身のほくろの数まで聞かれたよ」

 繰り替えし行われた取り調べは聞き込みで終わらなかった。アリアの治癒能力を確認されたのだ。衣類の燃え方や髪の毛まで熱で縮れたジュンは明らかに高温にさらされた形跡がある。しかし、全身にケガ一つ残っていない。調べるために全身剝かれたのは言うまでもない。

「実際に自分に傷をつけてアリアに治療させたやつまで居たらしい」

「アリアさんの主張をある程度は信頼してもらえたってことだね」

 会話をしながら手元の資料を読み進めると、気になる点があった。

「このPC分野の研究者2名って書いてあるのは?」

「私とジュンが同行できるようにお願いした」

 真剣な表情でエリカは答える。ジュンはそれを受け、一度お茶を飲んで喉を整えてから応じる。

「エリカが直接行く必要はないだろう。今までもPC研究に関する情報はここで読ませてもらっていたから理解できている」

「手柄を独り占めしたいわけ?伊藤の名前を使うために巻き込んでおいて?」

「巻き込んだのは事実だが、エリカを直接的な危険に晒すつもりはない。そもそも移動に何日かかるのかすら分からないんだぞ」

「次代のアームストロング船長になりたがるのがそんなに不思議?」

「ニール・アームストロングは元軍人で、宇宙任務の経験があったうえで月に行ったんだ。ただの学者とは話が違うだろう。エリカは地球で待っていてくれ。雲を操作する結晶を持ち帰れたとき、その使用に関して君が先頭にたてばいい」

「ジュンは魔物を倒したから、宇宙での任務に経験があるといいたいの?」

「正直に言おう。俺は好奇心だけであの穴に入っていった。アキラ君探索なんてほとんど頭になかったさ。そして魔物に遭遇した。小さいやつはなんとか倒せた。だがアリアが居なかったとして、そこでやめたとは思えない。もっと奥に間違いなく行っていた。そして死んでいたはずなんだ。だからアリアは命の恩人だ。アリアは今、知らない土地で誰を信用できるか分からないだろう。放っておくわけにはいかない」

 なんとか説得しようとして、口が止まらなくなる。

 

「ずいぶん信用されているつもりなんだね」

「お互いに命を救った仲だ。信用したっていいだろう」

「私はジュンのことをコロニー生活になる前から知っているし、ある程度の信頼もある。だけどアリアさんは信用できない。」

 エリカは女性らしい細い指でジュンの左手を握りしめる。

「私はアリアさんにジュンを任せることができないと言っているの。」

 予想だにしなかったセリフに言葉を失う。やや紅潮したエリカの顔を見て、自身も体温が上がるのを感じる。

 「エリカ、お前――」

 確認のための言葉は紡がれなかった。ジュンは唇に伝わる柔らかさと、鼻腔をくすぐる女性の匂いにより思考が途切れる。時間の感覚も、エリカを説得する理性も、体を支配する五感と心に湧き上がる感情に上書きされていく。

 ジュンは空いている右手をエリカの身体へ伸ばそうとする。しかし、触ることは叶わなかった。

 コンコン。

「すみません、エリカ博士。理事から電話が――」

 二人は顔を見つめあい、小恥ずかしそうにしながら離れる。

 

 エリカが服装を整え、扉を開けると職員が携帯を渡してくる。

「はい、もしもし。えぇ使節団には参加します」

 電話対応している横からジュンが電話を奪い取る。

「エリカ博士の助手をしておりますジュンと申します。」

 誰かね?と電話相手に問いただされるが無視して言葉を続ける。

「女性の博士を遠征にお連れするのは苦労が多いでしょう。伊藤先生にもご心配をおかけします。ですので、私が代理として参加させていただきます」

 ジュンは言いたいことを終えるとさっさと電話を切り、職員に渡してしまった。

「どういうつもり?」

「一人で行きたい理由ができた」

 エリカがジュンの尻に膝蹴りをくらわすも、何食わぬ顔で職員に帰るよう伝える。職員としても最初は困惑していたが、二人の様子を見るに犬も食わない何とやらと察し、いそいそと退散するのだった。


 *


 第十三コロニー庁舎会議室にて――。


「なるほど、異世界における生活様式は魔術によって支えられているのですね」

「おっしゃる通りです知事。地球の生活を拝見し科学技術の高さに驚かされました。これらの技術を持ち帰り、魔術との統合が叶えばより文明の発展が見込めるでしょう」

「我々は雲を操作する技術を拝受し、そちらには科学に関わる基礎理論をはじめ建築や治水、輸送技術を提供する。アリアさんはそれで話がまとまるとお考えなのですね」

「はい。ルナダリアとしては得るところの大きい取引ですので勝算は高いかと。」

「日本からは技術提供に伴い、一定数の移民を受け入れていただく。また海外からも同様に移民を募集し、日本はその窓口となる。実に素晴らしいと思います」

 技術を持った人間の移民。それは労働者に限らず、それらを管理する人間も含まれるのだろう。つまり力を持った人間に地球が回復するよりも先に、異なる地における開発業務をさせるのだ。やせ細った地球よりも豊かな土地を求めることは、人類の歴史を見ても繰り返し行われてきたことに相違ない。ジュンやエリカがアームストロング船長を引き合いに出す一方で、この人物は自身を新たなコロンブスと見立てていた。


「アリアさんは女騎士という位を拝命したとおっしゃっておりましたが、それは国家運営においてどのような役割を持つ地位でしょうか?」

 会議室にいる面々のうち、まだアリアの情報を得て日の浅い人間が問う。

「戦うために国家に取り立てられた人間、特に騎馬で戦うことを許された者は騎士とされます。女騎士は騎士同様に取り立てられたものですが、魔術による治療が可能なものです。騎士同様に土地を与えられます」

「あなたの国では治癒魔術は女性にしかできない技術なのですか?」

「いいえ、男性でも可能です。しかし、一方の女性は戦うことが不得手です。得意なことに専念する方が合理的ですから、技術を学ぶ段階で振り分けられます。」

「なるほど」

 アリアの故郷であるルナダリア王国は絶対君主制であり、法の上に王がいる。王はその実行力として戦力を有する。政治であろうと、戦であろうと王と官僚機構によって差配される国家だ。世襲制により神の子にして、魔術の開祖の子孫が統治する国。この会議室にいる大半の人間が認識するルナダリア王国とは、旧体制の国家もしくはまだ発達途中の文明である。20世紀に世界大戦を経た国から、17、8世紀ごろの国家を見たのならば当然の認識であった。


「父は国軍を率いる将です。私を保護いただいた皆様であれば言葉添えを頂けるかと。」

 この時アリアは翻訳にだいぶ慣れていた。日本語は語彙が豊富であり、自身の意図を伝える言葉の中でも選択肢がある。その中で伝えたい情報と伝えたくない情報、もしくは誤解させるような情報のみを与えるように言葉を選ぶことができていた。ルナダリアには常備軍がいくつか存在していた。そしてそのすべてが王直轄である。各貴族にもたせる戦力は抑え、官僚として召し抱えることで国家の体制を整えていた。しかし、アリアの父が所属している軍は他の軍とは毛色の異なるものだった。形式上、王国軍であるが実質的にとある王族の私兵と束ねるアリアの父は、政治的発言力は他の軍に及ばないだろう。そのことを伏せながらも、アリアは日本とルナダリアの国交を樹立せんと主張する。


「ルナダリアは各地との通商・貿易によって興った国です。日本の皆様とも友となることが可能でしょう」

 

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