第7話
取り調べは行政施設であるコロニー庁舎で行われた。コロニー中央の位置する大型ジェネレーターのほど近くにあり、温かな空気で満たされている。五、六人も入ればいっぱいになりそうな小さな取調室で、ジュンは冷たい視線に刺されていた。
「治安局ではなく、庁舎で取り調べを?」
「政治的判断が必要な場合はここで行われる。柳ジュン。この取り調べは記録に残る?いいな?」
「ミランダ警告をしてくれもいいんですよ?貴様には黙秘権がある~とかなんとか。」
「残念ながら、黙秘は認められない。すべて話してもらう」
「では先にアリアを取り調べするといいです。捕まるときに何も隠さず話すよう言いましたから、なんだって答えてくれるでしょう」
「道中に済ませました。自称アリアはこの庁舎において戸籍の確認が取れなかった。入国の履歴もなし。そして本人の主張するルナダリア王国という国は存在しない」
淡々と記録を読み上げるも手元の資料には目を向けず、女性取調官の防護眼鏡から覗く瞳はジュンを追い続けている。取調官はなにやら仰々しく、専用の防護服を着ていた。真っ白な防護服は継ぎ目も丁寧にふさがれ、フィルターを通した空気のみが交通している。
「ではアリアの話を聞いて、目的地を治安局から庁舎へ変更されたと?」
その通りだと肯定しながら、一枚の洋紙が机に置かれた。
「これはあなたの出入りの記録とPC《雲》の観測記録。あなたは一体どこで、自称アリアと遭遇した?」
「穴だ。雲は朝にはどこかから発生し、夜にはどこかに消える。俺は地中から雲が昇る瞬間に遭遇し、雲が昇り切って残った穴に入った。そして中でアリアと出会った」
「雲研究において、その発生メカニズムは常に注目されてきた。あなたの言う洞窟も当然観測されている。しかし、地中深くまで続く洞穴はいくつかの人工物こそ発見されたが、その中で生物が観測された例は存在しない。だからあなたが第一発見者となります」
ジュンはその話を聞いていくつかの疑問を抱いていた。これまでに穴の観測がされてきたというのは道理である。発見された人工物とはどういうものなのか、そしてなぜ自分の場合は魔物という例外と遭遇したのか。
「その人工物ってどんな?」
「不思議な石造です。過去のどの時代、どの地域にも存在していなかったデザインです。ゲームの作り物のようだと言われていた」
そんなことよりも、と取調官は語気を強める。
「自称アリアが魔物と称する生物に関して供述した。魔物を見たか?」
「もちろん見たとも。最初は物陰から観察しようとしたんだが、においか音かでばれてしまった。最初は小型の二足歩行をする生き物だった。真っ黒な瞳をしていて、白目はなかった。サルの仲間みたいだというのが第一印象。二匹のうち一方は刃物を手に持っていた。いったいどこから入手したのかは知らないが、手入れはされていなかった」
じっとこちらをにらみつけながら取調官は話を聞き、なにやら調書に書き込んでいる。アリアの証言との食い違いを後から精査されるんだろうが、そもそも嘘をつく必要はない。少なくとも今は。
「手に持っていた斧で襲い掛かってきた二匹を殺した。死体は残らず、黒い粒子になって消えたよ。雲になって霧散したと言ってもいい。」
「一匹は連れて帰ろうとした。しかし自称アリアがとどめを刺した。これに間違いはないか」
どちらにしろ死んで消えてしまったのだから細かいことはよいだろう、とジュンが端折った部分までアリアは供述していたらしい。
「その通り。黒い結晶の話は聞きました?」
「自称アリアから結晶は預かった。後にしかるべき機関で調査する」
「小さいほうは残してあげてくれよ。あれがないとアリアは喋れない」
「それも局員と協力して翻訳能力の検証も行った。結果、否定しきれないと判断された」
治安局が魔術の効力を条件付きであろうと認めた。そのことがジュンには少し以外であった。検証するには時間も条件も足りないはずだからだ。
「アリアがどんな言語をはじめから覚えていたかわからない以上、検証に意味はあるんですかね」
「確かに限定的ではあるが、こちらで用意できるものは検証し終えた。津軽弁まで流暢に話す諜報員というのは考えにくい」
はっはっはとジュンは笑う。第十三コロニーには東北からの移住者もいたわけだ。随分独特な検証法だった。
「じゃあ次はヤギ頭の魔物ですね。ヤギの下半身で二足歩行をして、首から上はヤギのもの。間に挟まれた上半身はヒトみたいに体毛が薄く、両手には五本の指。おまけに魔法を使う」
「魔法?自称アリアは魔術と呼んでいたが、なぜ呼称を変える?」
「似たようなものでしょう?アリアは魔素を用いて何らかの現象を引き起こす技術体系を魔術と呼んでいた。ヤギ頭が学校の生徒だったとは思えないんでね。原始的に、本能的に扱われるのであれば区別すべきだ。だから魔法」
「こだわりは理解した。自称アリアとの間には翻訳による齟齬が発生しうる。たびたび言葉の意味を聞きなおすことがあるが、了承してくれ」
「もちろんだとも」
こちらが何も隠さず証言するとわかったのか、取調官は少しだけ語気が緩くなる。そう感じてジュンも少し気を緩める。
「それで本題だ。なぜコロニーの警備から我々に連絡をしなかった?」
訂正、緩くしてから締めなおすのは証言を聞きだすためのテクニックだろうか。緩急のついた厳粛な空気に身を晒し、何も隠すつもりがないジュンも緊張でつい体がこわばる。これではむしろ委縮して話さないのではないか?
「この体験を誰かに共有すべきと判断しまして。PC研究の専門家であるエリカ先生を訪ねるのは不思議ではないでしょう?」
「警備の静止を聞かず、逃走したと記録にありますが?」
「国籍のない違法入国者を連れている自覚はありましたので」
「意図的に自称アリアの隠蔽を図りましたね?」
「完全に逃げ切るつもりはありませんよ。私一人しか詳細を知らない状況と、伊藤エリカ先生も知っているのとでは意味が変わります」
エリカの父は伊藤の性を残すことを主張している。つまりそれなりの家だ。このコロニーにおいても意見が通りやすく、娘が不当な扱いをされたならば相応の対応をするだろう。
「伊藤エリカ氏を巻き込むことが主目的であった?」
取調官のもとより冷たい視線は、さらに意味を込められて冷ややかなものとなった。
「その通りです。少なくとも柳ジュンにはアリアを助ける力を持ちません。彼女を国に返すことを目的とし、それを見届けるには必要でした」
ジュンはあえて自身の姓を付けて答える。政治体制が大きく変わったコロニーにおいても、個人の影響力に差は存在するものだ。
「自称アリアはPC対策の可能性を秘めています。あなたの勝手なイデオロギーを優先するわけにはいかない」
取調官はアリアから得た証言の裏をとるよりも、ジュン自身の思惑に着目した。
「アリアを国に連れていくことがPC対策につながる。あくまでも自身が望む方向へ軌道修正をしたいだけであって、太陽を取り戻す点で大目標は一致している」
両者が視線を交わす。ジュンは今後立ち上げられるであろう、異世界へのアプローチに自身が関わらせろと主張する。取調官はジュンの目の奥に異なる目的が隠されているのではないかと探る。
数十秒、いや数分は見つめあっていただろうか。取調官は視線を切り言葉を発する。
「今後のPC対策プロジェクトにあなたがどうかかわるかは不明だ。私はそれを決めるための情報を上にあげる」
「そうだろうね」
ジュンも納得顔でうなずきながら、取り調べが終わる雰囲気を感じとる。ようやく解放されるぞと気を抜いたところに、取調官に告げられる。
「まず、あなたは2週間の隔離が命じられてる」
「......理由を聞いても?」
「防疫だ。自称アリアは我々が知りえない病の感染源となりえる」
自身の来ている真っ白な防護服を指さしながら、我々も外出自粛せねばならないと愚痴をこぼされた。
「ごもっともです......」
黒く焼けた衣類を来たジュンはとにかくシャワーを浴びて休みたいと心の中でつぶやくのだった。
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