第6話

 第13コロニー総合科学研究所に到着し、入口で取り次いでもらう。待つこと数分で目的の人物が出てきた。

「ジュン!こんな昼間にどうしたの?」

「この時間まで働いてるエリカのセリフじゃねーな」

 雲が太陽を覆ってから月が太陽の代わりとなった。つまり夜が活動時間であり昼は皆が体を休める時間だ。

「ちょっと大事な話がある。部屋で話せないか?」

「えっ、大事って......?」

 エリカはうつむいて何やらブツブツ言いだした。どうも昔から人の言を曲解する癖がある。これで研究職をこなせているどころか、秀才というのだから不思議だ。

「こっちのアリアに関わる話なんだ。かなり急ぎで」

 そういわれてエリカはようやく隣にいるアリアへ目を向けた。明らかに異邦人の容姿を持つアリアを見て表情を引き締める。

「とりあえず入って。お茶ならだすから」

 エリカは二人を招き入れ、自身の研究室へと案内した。


「それで、密入国の手配でも私に依頼したいわけ?」

 自身の研究室でエリカはインスタントコーヒーを入れながら、ソファに座る二人に問いかける。

「半分正解だ。この子はアリア、有体に言えば地球外生命体だ。まず自己紹介を」

「アリア・ラインツベルト・グロウ、ルナダリア王国で女騎士の位を拝命しているわ。」

「ご、ご丁寧にどうも。伊藤エリカです。ここでPC研究の主任研究員をやっています」

 地球外生命体という言葉に唖然としながらも、挨拶を交わす。

 エリカはお盆に3人分のカップを載せながらこちらに来た。

「粗茶ですが。砂糖はこっち。ミルクはありません」

「ご丁寧にありがとうございます。エリカさんは家名を名乗られるのですね」

「父の方針でね。家が立派でもいいことはあまりないよ。研究職なんてしてるから結婚が遅いんだーとか、婿入りできる男を探せ―なんて言われるし」

「あら、ご兄弟はいらっしゃらないのですか」

「私が生まれるときに母が亡くなってね。父も再婚しなかったから」

「ぶしつけな質問をしてしまって申し訳ありません」

 頭を下げるアリアに、構わないよと応じるエリカ。自身には最初からフランクな言動をしていたアリアだが、ずいぶん言葉や所作がきれいだ。


「それで、ルナダリア王国とやらがどこかは知らないけれど、一体どういうこと?地球外生命体って?」

「その辺はあとで説明する。まずはアリアに聞きたいことがある」

 なんでしょうと言いながら、話を遮られてキョトンとするアリア。

「雲についてだ。アリアはあの雲が何をしていると言っていた?」

「太陽光を魔素に変換していますと申し上げました。」

 こちらにまで丁寧な言葉で返してくるアリアの言葉を受け、これで話はわかったかとエリカの方を向く。


「魔素っていうのは、魔術を使うための燃料みたいなものらしい」

「つまり、アリアさんは魔法だのなんだのがあるファンタジーな世界からいらっしゃったと?」

「そういうことだ」

「ファンタジーという言葉が創作という意味であれば、私の世界は存在しておりますので正しくはありません。ですが魔術という、魔素を扱う技術体系が存在することは確かです。」

 アリアはそう言いながらブラックコーヒーに口をつけ、その味に苦悶の表情をみせる。

 対してエリカはがっくりと頭を垂れて髪をわしゃわしゃと揉みしだきだした。言葉にならない声を上げながら、自身に溜まった何かを放出しているようだ。


「あー、もう!はい!わかりました。それで、魔術的にはあれはどういったものなわけ?」

 アリアのコーヒーに砂糖を入れてやりながら、あっさりと魔術を受け入れる科学者へ素直に驚く。

「待て、信じるのか?こんな突拍子もない話を?」

「突拍子もないのはアリアさんの外見も、流暢すぎる日本語も、あんたのその焦げた服もでしょう」

  ぐうの音もでない。おっしゃるとおりである。

「ところで、信じないと言ったらどうやって信じさせるつもりだったの?」

「アリアには翻訳できる魔術がかかっている。だから手あたり次第いろんな言語で話しかければわかるよ」

 なるほど、と感心しながら試し始めた。エリカはいくつもの言語でアリアに話しかける。英語に始まり中国語、イタリア語、ポルトガル語にスペイン語まではジュンにも何となくわかったが、それ以降はいったいどこの言語かさっぱり分からなかった。


「サンスクリット語までわかるんじゃ本当みたいね」

「お前みたいに話せる秀女かもよ?」

「そこまでしてジュンが私をだますメリットがない。それより急ぎって自分で言っていたじゃない。雲について詳しく教えてちょうだい」

 ごもっともと思いながらアリアに目配せをすると、アリアも承知とばかりに説明を始める。

「雲がどのような過程で生成されたのかは分かりません。ですが、対処法はあると思います。」

 対処法がある。その一言だけでもエリカにとって大変な言葉である。緊張しているのか、膝に置いた手が固く握られている。

「魔素に変換するだけでは何も起こりません。周囲の魔素濃度が向上するだけです。しかし、何らかの処理をかませることで、太陽光から魔素へ、そして目的の現象を引き起こすことまで繋がります」

「その目的の現象というのは一体......」

「ジュンさんは見たではありませんか。黒い粒子によって構成された魔物を。深く続く洞窟を」

「魔物!?ちょっと待ってください。ジュン、あんたその服が燃えてるのってまさか」

「アリアのおかげでケガはないよ」

(残って)ないが正しいが。

「まるでゲームの世界みたいね......」

「あの洞窟をどう呼んでいいかは分からないけれど、ゲーム的に言えばダンジョンだろうな。最初は雲が空へ上がるところに遭遇したんだ。雲が昇り切ったところに大きな穴が残ってな。スカベンジャーの行方不明者もいたから中を調べに入ったんだよ」

 スカベンジャーは資源回収を担う労働者が自虐につかう蔑称である。自身は何か生み出すわけではなく、残った資源を街や山から回収し、浪費するのみだという皮肉のこもった名称だ。

 どうもエリカはこの呼び名が嫌いらしい。目に見えて不快そうな顔を浮かべている。

「それで、ジュンは好奇心たっぷりで穴にはいったわけだ?自身の危険も顧みずに?英雄的行動だね」

 まったく褒めているとは思えない語調でつめられる。どうやら気に食わなかったのは穴に入ったことの方らしい。


「雲の手掛かりだ。入らないわけがないだろう。結果としてアリアを助けることにもなった」

 エリカは本当かと問う顔でアリアを見る。

「その通りです。ジュンさんは命の恩人です。」

「こっちも助けられたからお互い様だけどね」

 ジュンはアリアを見やる。エメラルドグリーンの瞳と目が合う。よくよく見ると少しだけ、黄色が混じっている。不思議な瞳だ。

「おっほん。お二人がどのように知り合ったのかは分かりましたので、雲の話に戻ってもよろしいでしょうか」

 わざとらしい咳払いとともに、部屋の主が話を戻す。


「つまり、アリアさんはあの雲が何かによって制御されていると言いたいわけですね?」

「その通りです。魔物を生成するためにも、何らかの制御がされているはずです。そして、その制御を乗っ取りさせすれば雲を空から消すことができます」

「コントロールの乗っ取りか。そもそもの根本でコントロールしているものがあるなら、それを破壊するのではだめなのか?」

 とっさの思いつきをアリアに投げかける。だが、アリアもその辺は考えているようだった。

「制御が効かなくなった雲がどのような挙動をするのか分かりません。常に雲が滞在し続けて、魔素をため込んだ末に大爆発なんてこともあり得ます。」

「では、アリアさんはその雲の制御を乗っ取る手段に心当たりが?」

「国に帰れば王立魔術研究所の研究者達に相談できます。」

 そういいながらアリアは例のボーリング玉ほどの大きさをした薄黒い結晶と、拳よりも小さな結晶の両方を取り出した。

「これは魔結晶といいます。私が回復魔術に使用してしまったので、これ自体はもう回復にしか使えません。こっちは言葉の加護の魔術ですね。魔結晶は一度魔術に使用すると、同じ魔術でしか魔素を引き出せなくなります。また言葉の加護は消費する魔素が少ないですが、回復魔術は非常に多いです」


「つまり、アリアさんの国で雲を操作する魔術を作ってもらい、大量に結晶を用意したうえで雲を操作してしまおうということですか?」

 魔結晶の説明だけでそこまでたどり着くのは、さすが才女である。

「その通りです。ですがいくつか課題があります。まず穴の発生場所を特定すること。次に魔結晶を大量に用意すること。そして私の国までたどり着くこと」

 要点がまとめられると一同が熟考しはじめ、一室には空調の音のみが響く。


 長く続いた沈黙を破ったのはエリカだった。

「ジュン、もしかしなくてもこれは国家規模で行うべき仕事だよ。なんで私のところに持ってきたの?」

「俺としてはアリアを国に返すのが優先だからだ。信用できる筋から話を進めないと、アリアを連れてかれて俺の手から簡単に離れてしまう。」

「嘘だね、ジュン。君はそんな優しい男じゃない。君は自分の好奇心を満たすために、この仕事に噛ませてほしいんだろう?」

「解釈は任せる。俺みたいな一介のスカベンジャーではついていけないことに違いはない」

「Ph.Dをもった木こりがよく言うよ......」

 あきれた顔のエリカはそう言ってコーヒーを飲む。一息ついた後は覚悟の決まった顔をしていた。


「わかりました。ジュンを私の助手として雇います。雲に関する調査、その手伝いを君に頼む。それでいいね」

「話が早くて助かるよ。持つべきは旧友だね」

「えっと......?」

 二人の会話に置いて行かれたアリアは顔に疑問符を浮かべている。


「ごめんなさいねアリアさん。ジュンは私の同僚だったの。1年だけね。コロニーへの移住が決まって、研究という仕事のポストが大きく減った時にジュンは仕事を失くた。そして、今回のことがうまくいけばPC研究の第一人者として復帰できるってわけ」

「おっしゃる通りでございます。アリアは国に帰れてハッピー。俺は希望の仕事に就けてハッピー。世界は太陽を取り戻してハッピーってこと」

 なるほどと納得顔のアリアに対して、エリカの方は逆に疑問がでたようだった。


 突如、部屋の中でぐーっと音が鳴り響く。音の主はアリアのおなかだった。

「すみません。しばらく何も食べれてなくて......」

 顔を赤くしながらアリアが俯く。

「私のお昼(夜食)予定だったおにぎりならあるけど、食べる?」

「良いのですか?」

 いいよ、と答えてエリカは自分で握ったのだろう、湿気を吸った海苔にまかれたこぶし大のおにぎりを鞄から取り出した。

「ありがとうございます」

 礼を言うや、がぶりとアリアは小さな口でおにぎりを齧る。米と海苔の風味に塩気がある程度では、味も分かりづらいだろう。もぐもぐと咀嚼しながら味の感想を考えているようだった。

「噛むと甘味が出てきますね。塩気も疲れている私には助かります」

 笑顔を作りながらもう一口、今度は大きくかぶりついた。一度、二度噛んだところで、アリアの表情がくしゃっと歪む。

「ふ、ふっはいへふ」

「はっはっは。毒じゃないから、食べてから話しなさい」

 ジュンは齧られたおにぎりを見て合点がいく。

「このご時世でも梅干しが食べられるのはうらやましいな」

「コロニーに来るとき母の実家で作ってたのを、大量に持ってきてたの。」

 極寒となった地球に、梅はもう咲かない。エリカとジュンは、異国人の手に持たれたおにぎりを見て、郷愁に駆られる。


「それで、どうやって交渉の席に着くわけ?」

「それは簡単。もうすぐ来るよ」

 なにが、とエリカとアリアは頭に疑問符を浮かべる。

 すると扉がノックされた。

「コロニー治安局のものだ。こちらにジュンという男が登録のない人物を連れて入ったと情報がきた。扉を開けなさい」

「ジュン、あなたアリアさんを匿うつもりでここに連れてきたんじゃないの?」

「それは無理だ。閉鎖的コミュニティーで隠しきれるものじゃない」

 エリカはすっかりあきれ、取り調べに備えて残りのコーヒーを喉に流し込んだ。









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