第5話

 再び襲われることはなく二人は洞窟を出た。道中でお互いの情報を交換し合い、ジュンはこの穴がどういうものなのか少しだけ理解を深めていった。

「あれがくそったれの雲だ。人類は太陽を失い、地上の炎と月明かりだけを頼りに生きている。」

 ジュンは空を見上げながら言った。ちょうど今は昼ぐらいだろうか。雲は切れ間なく空を覆っている。

「あれ、PC?って呼ぶんじゃないの?」

「そりゃ研究者がつけた名前だけどさ。世間一般では雲だけで通じるよ」

「ふーん。そうなんだ」

 ジュンと同様に雲を見上げるアリアだが、その表情はなにやら得心が行ったように見える。

「あれ、太陽の光を魔素に変えてるのね」

 何気ないように雲を眺めながら発されたアリアの一言はジュンを驚愕させる。驚きのあまり、ジュンは目の前の女性を呆然と眺めることしかできなかった。

 長く苦しんできた雲。研究者がどれだけ知恵を絞っても、対策が及ばなかった雲。

 その解明の手掛かりを、アリアは持っているのだ。


 *


 簡潔に言えば雲の発生源に生じた穴の奥に居た女性アリアは地球外生命体であった。地球人と同様な歴史を持ち似たような進化をたどった存在。異世界ともいえるしパラレルワールドと呼んでも正しいのかもしれない。

 アリアは遠征先で魔物と呼ばれる生物に遭遇し、逃げる過程で遭難したという。ジュンが受けた傷を治したのは魔術と呼ばれる魔素を扱う技術らしかった。

 彼女の故郷では大気中の魔素を利用するのだが、地球には大気中に魔素がひどく薄く、魔物を倒して入手した魔結晶から魔素を抽出して利用した。だから、最初は言葉を話すこともできなかったようだ。

 そもそも、魔素だの魔結晶だのという単語がアリアの魔術による翻訳で発生してくる原理から謎だらけではあるが、いちいち検証していると意味が分からなくなりそうだった。

 ちなみにジュンは最初、翻訳の仕組みを解明したくて、関係ない質問も多くしていた。


「じゃあジュンも家名を持っていたのね」

「家名というか、苗字だけどね。別にお家の跡継ぎとか無いし、現代じゃあみんな苗字を持ってたんだよ。1年半ぐらい前にちょっとした事件があって、それ以来みんな苗字を名乗らなくなっちゃっただけ。戸籍上は残ってるね」

「事件って、どんな?」


 荷物をまとめなおし、ミニスキーを履きながら答える。

「コロニー生活になった経緯は話したよね?それで、一部の知事なんかが実質的な王様みたいになっちゃって。財力のある名家が力を持って横暴をしたってんで、反対運動が起こったんだよ。結果として、みんな家の名前を捨ててコロニー単位の家族として生きようという話になってね。財産はみんなのもの。それぞれが皆のために働き助け合いましょう、って考えだよ」

 3年前ならありえなかった話だ。北海道ではエネルギー危機に対し、共産主義的社会が選ばれたのだ。

「コロニーによって差はあるんだけどね。関西とかは自由経済を続けている所が多い。けど北海道は経済なんて言ってる余裕がなくてね。核燃料は限られた輸入だけだし、持続可能なコロニーを運営するためには合理的だって話で、当時の知事が積極的に導入したんだ」

 そもそも、コロニーへの移住を半強制された段階で反対が強かった。しかしコロニーに移住してしまってからは、資本主義の主張はコロニーの体制と相反するものが目立ちすぎてしまった。一人でも多く、1年でも長く生き残るための選択を迫られた結果、管理と分配を徹底することになった。


 まとめた荷物をアリアに渡しアリアごと背負う。

「みんな平等に富が分配されるのなら理想の政治制度に聞こえるけど?」

「理想どおりに実現できればね。いろいろあって、実際には全員が貧するって話だ」

「そりゃあたまらないわね」


 するすると斜面を下る。人間一人ぐらいの重さならしっかり固定できる限り滑るのは難しくない。

「ところで、コロニーって私が勝手に入っても大丈夫なの?憲兵さんにつかまったりしない?」

「入るだけなら可能だろうけれど、そのうち捕まるね。」

「だめじゃん!!」

 ペシッと背中をたたかれ、バランスを崩す。片足立ちになりながらも、何とか持ち直す。

「動くな危ないから!」

「私、牢屋なんて入りたくないんだけれど?」

「ちょっと拘束されるだけだよ。今は戸籍外の人間だって簡単に送還できないんだ。どの国でも国民じゃないって拒否しちまう。適当なヨーロッパの国出身ってことにしておけば、なし崩し的に住居と仕事を割り当てられるだけだ」

「国としてどうなの......?それ......」

「どの国も衰退する中で延命しようと必死なんだよ」


 なんだかんだと話していると、40分ほどでコロニーまで到着した。

「アリアはそもそも、帰れるなら帰るつもりなんだろう?この国のことは最低限知っていればいいよ。ただし、誰にでもあの魔物とかについて話さないように」

「はーい。ジュンって結構説教くさい?」

「うるさい。とりあえず中に入るぞ」

 荷物を背負いなおして、アリアに自身のかぶっていた帽子を渡す。自分は燃えた衣類の上から荷物にあった薄手の毛布を羽織る。入口の1つ目の扉が開くと、カードによる認証を求められる。

 カードをかざすと2つめの扉が開き、温かい空気が顔をなでる。


「堂々とついてこい。ただしその帽子は脱ぐな」

 コロニーの出入り口は警備員がいるはずだが、細かいチェックはしていないはずだ。カメラに記録は残るだろうが、トラブルがなければ見返されることもないだろう。

 そう思って歩いていくと、見知った顔がそこにあった。


「ジュンさん。アキラは...見つかりませんか...?」

「アカリさんじゃないですか。こんなところで待っていると体を壊しますよ。」

「私はいいんです。アキラが戻るまで...。」

 アカリはこちらの衣類を見て、焼け焦げた跡があることに気が付いたようだった。

「ジュンさん、その服は?それに隣の女性、見慣れない方ですね。何かあったんですか!?」

 旦那想いの良識人であるアカリはこちらの心配もしてくれるようだったが、今だけは勘弁願いたい状況だ。アカリさんの声に警備員が自身の仕事を思い出したようだ。2人ばかりこちらに歩いてくる。


「事情はあとで説明します。もしかしたらアキラさんの失踪と関係があるかもしれません。ですが、今は言えません」

 それだけ言い残し、アリアの手を取って走りだす。一人の失踪事件よりも、世界の命運がかかった事案なのだ。申し訳ないとは思うが、アキラ君の捜索は別の人間に頼ってもらうしかない。アカリと警備員2人が三者三様の静止を叫ぶが今は止まらず走りつづける。捕まっても刑罰なんかはないだろうが、その前にやるべきことがある。


「素直につかまっても問題ないって話じゃ?」

 走りながらアリアが質問してくる。

「コロニーに住むだけならそれでいい。だけどアリアを家に帰すには一手必要だ」

「わかった。でも、どこに向かって走ってるの?ジュンの家?」

「いいや。大学の頃、一緒に山登りしていた友人の所だ。居住区はここから遠すぎる」

「匿ってくれるの?」

「アリアの事情をしっかり説明すればな」


 コロニーは広く、移動手段は徒歩や自転車、自動車などが用意されている。しかし、自動車はすべて管理されており、乗れるのは公営のレンタカーだけ。利用料も高く、利用距離の上限も設けられている。したがって多くの市民は自転車による移動が主だ。シェアバイクも普及している。

「こいつに乗っていくぞ」

 ジュンが小ぶりな自転車を指さして乗るが、アリアは乗ろうとしない。

「乗れるわけないじゃない!」

 まったくもって失念していた。コロニーにいて自転車に乗れない人間なんてめったに居ないのだ。

「仕方ないな。ここの出っ張りに足をかけて乗るんだ。うまくバランスをとって。肩に手をのせていいから」

 かくして折り畳みサイズの自転車に二人乗りとなる。荷物台もないのでアリアは後輪のボルトにうまくまたがってもらった。


「いくぞ」

 二人分の質量を水平移動させるべく両ももに力を籠める。小さなタイヤにギアもなしでは少々つらいが、なんとかスピードがついてくる。

「便利ね、コレ。」

「気に入ってくれて何よりだ。明日にも乗る練習をしてくれ。ペダルが重くてかなわん」

「それは楽しみ!」

 アリアはこちらの皮肉もどこ吹く風で、本当に楽しんでいそうだ。遭難し、命の危機からなんとか逃れ、異国に不法侵入した人間の表情とはとても思えない。

 彼女はいったいどんな心境なのだろうか。


 疑問に包まれながらペダルをこいでいるうちに目的地に到着した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る