ラスボスの次に強い野良モンスター

 外にでると、水のにおいが満ちていた。

「この水路、どこにでもつながってますね」

「水路、タイル張りなんだね」

「これむこう岸までいけますかね」

「無理です。まん中が深いし、デビルフィッシュとかコングリーダみたいな水棲モンスターがいるので」

 お気楽に口にしたぼくらの発言を、ギムさんがぶったぎる。

「デビルフィッシュ名前でもうつよそう。どんなモンスター?」

「大きくて恐ろしく強い、水路に棲むモンスターです。デーモンキングの次に強いんです」

「それが野生はやっかいだなあ」

 夜の水路は黒っ黒してて深さはわからないけど、はしっこならプールぐらいで足はつくそう。

 ただ流れは強くて、じっと立っているのもむずかしそう。

「水は苦手なんだよねえ」

「肺呼吸生物ですもんね」

 川はばがひろくて岸が石づくりで、運河のようだ。

「運河です」

 ギムさんが言う。

 運河だった。

「『ウンガ』って?」

 女子連が車をおりて対岸をながめるぼくらの横にならぶ。

「物運ぶ川。運ぶ川で運河」

「えーマジンガー?」

「マジンガー」

 人生で初めて口にしたわマジンガー。

 存在したんだマジンガー。

 どういう意味だろマジンガー。

「正確には、運搬用の人口の川。山こえて船とおすスエズとかパナマとか、聞いたことあるでしょ」

「えー、ないけど。でもてんちょのほーがホントっぽい」

 メタボ店長なんかにアップルさんの信頼をうばわれてしまった。

「どうしやす? 店長闇討ちしますか?」

「重いからやめよう。死体かくすのもめんどくさいし」

「なんだよ! なんてひどい相談してるんだよ! やめてよ普通に犯罪だよ!」

 だべってる僕らの目の前、視界の左右から2本の長いヘビが、にゅっと水面をわって頭をだす。

「なに? なんだろう」

「ヘビですねー」

「ヘビすかアレ? 目ついてないし、なんか他のもののような気も」

「本当だ。目ーないねー」

 目のない2頭のヘビが、それぞれ背をむけるように頭を左右にもたげてる。

 でっか。

 どっちも見えてるだけで5メートルぐらいある。

 ヘビはそのままずるずるーっと水の中から体を出して、こちらにムチのように襲いかかってきた。

「うわ!」

「やっば……!」

 パーティを分断するように、ヘビがクロスに交差して体を叩きつけてくる。

「やばっ」「きゃああっ」「へ、ヘビがムチみたいに!」

 砂けむりがまきあげられ、パーティがX字に四分割される。

「ちがう、あれはヘビじゃなくて、デビルフィッシュの足です!」

 Xの一番後ろにいたギムさんが言う。

 デビルフィッシュはタコだった。

 つまり、最初のヘビ二頭はタコの足だった。

 2本の足の間から、タコ頭がずるーっと出てくる。

 頭のてっぺんまで10メートルはある、めっちゃ巨大なタコ。

「やべーっ、これでたこ焼き何人前作れるんだろう」

「周防くんの欲に対する姿勢、すごくまっすぐだよねー」

 頭の左右についた、鈴の穴みたいな横長の形した両目がこっちを見る。

「えなんかやだ」

 ぼそっとつぶやくアップルさん。

 たたきつけた2本の足で、自分の体を岸にたぐりよせ、それから残る6本の足をざばあっとふりあげる。

「やっ……ば!」

「みんないったん下がって!」

 発した警告よりも早く、6本の足が全員におそいかかる。

「おっ!」

「ヒャッホイ!」

 自分と周防くんが間一髪よけて、

「ちょっ! くんなし!」

 アップルさんも小ジャンプでひらりとかわす。

「ぎゃああっ、む、胸が……!」

「うわあ! あ、足が、タコの足がまきついてくる!」

 だが、階級重めの二人がつかまる。すなわち鬼城さんと太店長である。

 鬼城さんはともかく店長、よけなよ。

「みなさん気をつけて! 追撃きます!」

 ギムさんはとっさに剣をぬいて、自分にむけられた足を一本切りおとしていた。やべかっけえ。

「うわああああ助けて石動くん僕が食べられるうううう!」

 デビルフィッシュの足でXに区切られた一番ちかい側に、一人でとりのこされてた店長が悲鳴をあげる。

「いっそ食われちまえ!」

 バイトリーダーの義務としてひどい言葉を投げかけつつ、店長の太っ腹にまきついたタコ足を盾でおさえて剣で切る。

 デビルフィッシュのタコ足、とくに皮がとても固く、切りはなすのに5回も切らなきゃならなかった。

「おりゃ!」

 やっと切断したのに店長ときたら

「痛い! 剣が足にあたったよ! 気をつけて!」

ブザマに尻もちをつきながら文句ときたもんだ。

「ほっときゃよかった。水に落ちても次は助けない」

「死んじゃうよ! 僕泳げないんだから! この鎧つけてたら沈むんだから! 僕が死んだら君たちのバイト代出ないんだから!」

「どれだけ人望のない人生を歩んだら、こんな場面でバイト代の話をしだすのか、ぼくらにはわからない」

「思ってること完全に声にでてるよ! 友達ぐらいいるよ! 君たちを信じきれないだけだよ!」

「追撃きますってば!」

 ギムさんが警句をくりかえす。

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