勇者ギムの冒険

異世界探訪(時空神アヌンナキの招き)

「僕の名はギムナジオ。ギムと呼んでください。このフォーゲルヘイム――空に棲むものたちの郷――の民です」

 鬼城さんにファーストエイドの魔法でスネのヤケドを治療されながら、男は言った。

 自分たちと同世代かもう少し若いかも。ギリ未成年かな?

「かつてうつくしく平和だったフォーゲルヘイム。ですが息子のシュバルツ王子がダンジョン大コウモリをよびこみ、姉のヘンネ王女がさらわれ、王がお隠れになってしまいました。それからは地上にモンスターがあらわれて、このように荒れ果てた土地に……。それを手びきしているのが、今やデーモンキング――黒き地下の王――となったシュバルツ王子なのです」

 ギムさんめちゃ説明してくる。

 そしてめちゃ善人そうだし話うっちゃりにくい。

「王様かくれたって、逃げたの?」

「あの、亡くなられたってことで……」

「『お隠れになる』は亡くなるの謙譲語、身分の高い人に使う言葉だよ」

「ああ、そうなんだ」

 勉強になってしまった。

「みなが苦しんでいた中、僕に聖霊のお告げがあったのです。三賢者を助け、ひと所に集めよ、まずは最初の賢者を救うために、森を探せと。三賢者がそろえば、デーモンキングの城への道は開ける。デーモンキングを倒し、王の一人娘、ヘンネ王女をお救いせよ、と。さすれば地上よりモンスターのすがたは消え、フォーゲルヘイムはかつての美しさをとりもどすだろうと、聖霊はおっしゃいました」

 なるほど。

 初対面でえらい入りくんだ話されてるよねぼくら。

「それで、森を探してたらこの店について、足に火がついたと」

「ええ……」

 そしてだまる。

 こっちも話すことないのでだまる。

 だんだん気づまりになってくる。

「よければ、力を貸してくれませんか? 僕がここに導かれたのは、なにか理由があるはずなのです!」

 意を決してギムさんが言う。

「いやーそう言われても、ぼくらただのコンビニ店員だし」

 そこで鬼城さんがおずおずと手をあげる。

「あのう、このお店が元の世界にもどるのって、なにかクエストをクリアしたりとか、必要なんですか?」

「ふつうに時間で終わるよ。早いと2時間くらいかなー。ちょうど前回そうだった」

「クロムっちはんぶん寝ったけどねー」

 アップルさんがいじわる言ってくる。

「おそくても早朝の配送までには大体終わりますよ。5時ぐらい。あ、一回7時とかあったんでしたっけ?」

「そそ、あったねー。一番最初だねー」

「どんなふうに、戦ったんです?」

「そのときはもうなんにもわからないから、戦わなかったねー。モップとホウキふりまわしてひたっすら守ってた。そういや前回もそんなかんじだっけ」

「前回って、ゴブリンが侵入してきてっていう」

「そそ。クロムっちがさっさとやられった」

「それって、もしかして、敵をたくさん倒せば、早く終わるんじゃ?」

 あー。

 みんなが目を合わせる。

「そゆのも一応考えはしたんだけど、いろんなパターンあるんだけど、なんもしないで終わっちゃう回もあるんですよ」

「ですです」

「ねー。ほっといたらぜったい朝には終わっし」

 そんな日和見ッピのコンセンサスなんて鬼城さんにはしゃらくさいようで。

「それって、ミッション失敗なんじゃ?」

「えなんで? みんなブジじゃん?」

「いえ、それはこちら――お店側の都合にほかなりません」

 鬼城さんは大きく息を吸ってー、

「我々をここに呼んだ神のごとき存在が強いたミッションを達成できなかったということなのでは? 神がミッション未達と判断されれば、失格となってもどれるのでは?」

一気に言う。

 目ーこわ。

 もどれたなら成功では?

「えーそなんだあー、オニキスっち物しりー」

 アップルさんが座ったままペタペタ拍手。

「でなんてー名前なん?」

「現時点ではわかりませんが、存在エックス……いいえ古代シュメール文明の時空神アヌンナキと仮称しておきます。この現象は、そのアヌンナキが己の目的のために引き起こしたのではないか、と考察するのです」

 今の今までフニャフニャしていた鬼城さんが、一転ハキハキする。

 日が経ってフニャフニャした大根が、切り口水につけたらパリッとしなおすあのかんじ。

 もしくは急に苦手な話をふられたヘナチョコしょこたんと、さあガンダムの話題だ鼻息フンハフンハのしょこたん。

「ガンダムはまだファーストを見てないので語れませんが、シュメールとベルベル人に関しては一家言あります」

「手かげんしてくださいねー」

「そっちのカゲンではなーい。そして私は理解したのです。この異世界さんぽ、またはブラ異世界は、時空神アヌンナキのしわざであると。みなさん、クエストクリアの際に、何か異変はありませんでしたか? 目の前にバーンとポップアップが貼りだされて、ファンファーレが鳴り響くような」

「えーないよねー」

「ないっすねー」

「しいて言えば、クリスペプラーの声が再開されることぐらいかなー」

「あのイケボめ……もしやアッカドの使者……!」

 ただの音楽にくわしいイケボ外人なのだが、鬼城さんは仇敵を見つけたかのような眼光をはなつ。

「アッカドてなんなん?」

「――シュメールを滅ぼした、にっくきアッカド人です。シュメール神話の担い手でもありますが、きゃつらめ、そのうす汚れた手で尊きいにしえの神々をいじくりまわしたのです」

 見解にはだいぶ主観入ってるげ。

 それよりも気になるのが、さっきから鬼城さんの背後でオタク店長が満足げにうなずいている。

 彼女のオタク話に聞きいっている?

 いいやちがうね。店長は長話をしてもらって、うやむやのまま時間がすぎるのをながめているのだ。

 姑息こそく太っちょめ。ちなみに姑息ってその場しのぎって意味。

「まあとりあえずギムさんの話を聞こう。もしかして、ここでのクエストクリアのヒントがあるかもしれない」

「いやいやいやいや! なにを言いだしているんだ石動くん!」

「鬼城さんの話から、ボクもつよいなにかをかんじますね、時空神の魔の手を」

「や〜今回まじむり〜」

 仲間たちも臨時の時空神信者となって邪悪な店長の日和見を破壊する。

 なんてったってハタチ前後のぼくら、店で営業するよりもお外であそびたいじゃない。

「えちょっアップルさん」

 一人輪をみだす子がいた。

「や〜もだめだめ〜クサイのと汁いのまじむり〜」

 へたりこんで泣きながらスミへとにじって逃げる。

 背中側からきーろいパンツみえた。

「今もうむりだし汁あびたクロムっちも周防っちもよらんでほしいし、シャワーあびて服着替えるまでこっちこんでほしいし」

「周防くんは後衛だけど俺は前衛だからむりでしょ」

「なんなら汁あびた服すててほしいし」

「そこまでかー」

 本気の拒絶にまじ困惑。

「しかたないっすよ、体に汁しみてそうだから今後ずっと無理とか言われるよりマシしょ」

「あー考えないようにしてたのにもう二人一生むりになったかも〜」

「周防くん俺をまきぞえはこまるよ」

 周防くんはてへぺろってしてごまかした。

「しかしアップルさん欠場ってなると夜の異世界さんぽ、パトロールもきついくなるなあ」

 くさい話をつづけると、くさ男の印象がわが身に固着しそうなので話をかえる。

「そんな……それではクエストクリアになりません」

「石動くん今さんぽって言ったよね。あそび気分でやられたら困るんだけど」

「新人の鬼城さんに、アップルさんのかっこいいとこ見せてあげたかったなあ。すごい蹴りなんだよ。敵一掃。しびれるよ」

「まーじやばいすアップルキック。ケリのイリュージョン」

「そんなに……?」

 鬼城さんが期待の目をむけるも、

「まじむり。ナメクジもカタツムリもむり」

「エスカルゴ料理も?」

「存在すらむり」

「サイゼ飲み誘えないんだ……」

 某サイゼリヤを神のレストランとあがめる周防くんショック。

 ちなサイゼリヤではエスカルゴのアヒージョが399円で食べられる。

 このまえ周防くんといったら、不況のせいかエスカルゴめっちゃ小さかった。


「ちさっ! ちさすぎくね? 石動さんどうっすかこれ?」


 これがその時の発言。

 サイゼのエスカルゴはたこ焼き機みたいな半円の凹みが星型にならんだ小皿で出されるんだけど、アヒージョオイルの中のエスカルゴ、他の具にまざってさがさないと見つからなかった。

「すごいね。これぜんぶあつめてもミックスベジタブルのニンジン一個ぶんぐらいじゃない?」

「やーばいっすね不況」

「こわいね不況」

 そう言いあいながら、僕らは味のないワインで夜をすごしたのだった。

「や、周防くんがエスカルゴたのまなかったらよくない?」

「石動さんサイゼでエスカルゴはデフォですよ」

「ゆずれないかー」

「メニューにあるだけでないし」

「こっちもゆずれないかー」

 うちの店舗きっての美男美女ふたりがサイゼリヤで語らう夜はこないらしい。

 よかった。

 アップルさんと遊ぶとききたら別の店さーそお。

「話もどそか。困ってるギムさんに、力を貸してもいいと思ってる人ー」

「今勤務時間中だよ石動くん!」

 店長以外の全従業員が手をあげる。

「外に出て、戦ってもいいと思ってる人ー」

「僕の指示に従わないなら、勤務中であっても労災おりないよ!」

 アップルさん以外の従業員が手をあげる。

「じゃあYouTube撮影で車出すから、それに乗ってくってのはどう?」

 ドバッシーことYouTuberビンタが提案する。

「ちょっと、社用車を私物化しないで!」

「……じゃついてく」

 アップルさんがしぶしぶでも手をあげてくれる。

 仲間おもいのいいやつなのだ。

「店長の僕を無視しないでよ!」

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