第14話 きっと半人前。だから、二人なら一人前。

 ガサッとショウブをかき分けて外に出る。

「ようやく出てきたか」

「………………」

 私はフードを目深にかぶり、黙って鬼に背を向けた。

「ずいぶんだんまりだな」

「………………」

 鬼の言葉は無視して走る。

「はあ……ようやく戦う覚悟ができたのかと思ったら、また『逃げ』とはな」

 とか何とか言いながらも、鬼は私を追いかけてくる。

 たまに火の玉も飛んでくる。よけながら逃げるのは大変だ。

 というか、火の玉をそんなボールみたいにポイポイ投げんな!

 びゅうっと風が吹く。私はフードを掴んで下に引っ張った。

 雲が風で流されたのか、満月が顔を出す。明るくなって、周りがよく見えるようになる。

「……靴が違う?」

 そう、私は今二二ちゃんの靴を履いている。

「はは、はははっ! そうか。さっきから顔を見せぬと思ったら、貴様未申ではないな! 白い小娘の方だったか! 服を取り換えても、靴を取り換え忘れるとは!」

 鬼は火の玉を投げるのをやめてケタケタ笑う。

「何か策略があると見た! お前が走る先には、未申がいるのだろう? いいぞ、その罠乗ってやろう!」

 鬼に顔を見せないように気を付けながら、私はひっそり笑う。

 これで安全に時間稼ぎができる。

 二二ちゃんの考えた作戦通りだ!



「作戦はこうです。未申ちゃんはフードをかぶって、一言もしゃべらずに、鬼に顔を見せずに、必殺パンチを使わずに、そして二二と靴を取り換えて物の怪から逃げ続けてください」

「……待って。意味も意図も全く分からない」

「平たく言うとですね、未申ちゃんには『未申ちゃんになりすました二二』を演じてもらいます」

 分かりにくいことを言う。私になりすました二二ちゃんを演じるって、どういうこと?

 結局それって、私っぽくふるまうの? 二二ちゃんっぽくふるまうの?

「順番に説明しますね。まず現状では、あの鬼に勝つ手段はありません」

「じゃあ何やったって絶望的じゃん」

「『現状では』ですよ」

 二二ちゃんは、ピンと人差し指を立てる。

「菖蒲家には、家宝の霊刀があるという話をしましたよね」

「うん」

「あれ、実はこの神社の本殿にあるんです」

「へえ……、えっ?」

「霊刀は菖蒲雪鷺の使っていた刀なんです。ここは菖蒲雪鷺をまつっている神社なので」

「それがあれば勝てるの?」

「攻撃が当たれば勝てます、多分」

「多分ってどのくらい?」

「九十九パーセントくらいですね」

「思ったより高いな」

 逆に残りの一パーセントが気になる。

「二二がそれを取りに行っている間、未申ちゃんには時間稼ぎをしてもらいたいのです」

「時間稼ぎ……分かった! でも何で『私のふりをした二二ちゃんのふりをする』なんてややこしいことするの?」

「時間稼ぎを確実にするためです」

 私は首を傾げた。

「そうですね、例えば未申ちゃんが顔を見せたままおとりになったとしたら、鬼はどうすると思います?」

「攻撃を仕掛けながら追いかけてくる?」

「はい、そうです。じゃあ、例えば二二が未申ちゃんに変装して、逃げ回ったとしたらどうでしょう」

「えっと、それもさっきと同じじゃない?」

「では、二二が未申ちゃんに変装していることがばれたとき、物の怪はどうすると思いますか?」

「どうするって、追いかけるのをやめて、私を探しに行く?」

「未申ちゃんならそうするでしょうけど、あの物の怪なら多分、そのまま二二を追いかけると思います」

「何で?」

「二二が未申ちゃんのふりをして、おとりになって逃げるとしたら。この時二二は何がしたいと思います?」

「私を逃がす?」

「もしくは?」

「どこかに誘い込む?」

「その二つですよね」

 正解らしい。

「じゃあその二パターンで考えてみましょう。二二が未申ちゃんを逃がすためにおとりになっているのなら、物の怪は未申ちゃんを探すために、恐らくまた二二をおとりにしようとするでしょう。次に、二二が物の怪をどこかに誘い込もうとしているとしたら、それが罠だとしても、その先には未申ちゃんがいるはずですから二二を追いかけてくれるでしょう。物の怪がどっちを想像しても、二二をそのまま追いかけてくれるはずです。しかも、このパターンで二二を殺してしまうのはまずいので、するとしても弱めの攻撃だけになるはずです」

 何だかややこしい話だったけど、要するに安全に時間稼ぎをするための策ってことだよね。

「……言っちゃあ何ですけど、二二が未申ちゃんをおとりにして逃げるとかは考えないのですか?」

「考えないよ。言ったじゃん、「信じる」って」



 二二ちゃんとの待ち合わせポイントにたどり着いたころ、風がびゅうっと吹いてフードが脱げる。

 やばい。髪を見られたら一発でばれる。

「は、はは……! あの白い小娘の方かと思ったが、まさか本物の未申だったとは!」

 額に手を当てて鬼はそう言った。

 完全にバレた! まだ二二ちゃん来てないのに!

「白い小娘は逃げたのか……まあ、いても足手まといになるだけだろうしな!」

 鬼は手のひらから炎を作り出す。

 しまった、攻撃再開だ。

「まあよい。未申よ、今度こそ我と戦え!」

 十数個の炎が一斉に、私に向かって襲い掛かる。

「二二ちゃんは逃げてないし、足手まといでもないよ」

 炎のおかげで、あたりが明るい。

 鬼の後ろ、林の奥から走ってくる人影が見えた。

「そうですっ!」

 ——来たっ!


「二二は、未申ちゃんを置いて逃げたりしませんっ!」


「大変お待たせいたしました。受け取ってください!」

 二二ちゃんから投げられた霊刀を、どうにかキャッチする。

 炎は霊刀に触れると、シュッと消えた。

 って、この刀重っ!

「っ! それは雪鷺の刀!?」

「未申ちゃん刀を抜いてください!」

 言われるまま、刀を抜く。

「じゃあ刀の方をその場に捨ててください!」

「え!? それじゃ残るのは鞘の方なんだけど!」

「鞘で戦ってください。その刀は並々ならぬ霊力を持つ霊刀。鞘だけでも十分すごい霊具なんです」

「分かった!」

 確かに金属である刀本体を振り回して戦うのはさすがに無理がある。鞘も重いっちゃ重いけど、何とかなりそうだ。

「とりゃあ!」

精いっぱいの力を込めて鞘を振り回す。

 って、全然当たんない!

 それどころか、鞘を持っていることで動きが鈍ってしまう。

「隙だらけだな!」

 鬼は動きの止まった私に、数十個の炎を一斉に放った。

物の怪わるいこ見ーっけ!」

   カン!

 甲高い金属音が響き、私の目の前まで迫っていた大量の炎が跡形もなく消え去った。

「くっ、角を切られた! これでは炎が使えんっ!!」

 見ると、鬼の前に着物を着た中学生くらいの男の子が、私がさっき捨てた霊刀を持って立っていた。

 男の子がくるっと振り向く。

「さっきはかっこ悪いところを見せちゃったからね」

「お兄ちゃん!?」

「御桃さん!?」

 私と二二ちゃんの声が重なる。

 御桃さんは、かっこよく霊刀を構えた

「ふん、得物さえあればなかなかやるのだな」

 角を切られたというのに、鬼は余裕そうに口の端を上げる。

「改めまして、僕は菖蒲御桃。悪戯いたずらの時間は終わりだ、悪鬼」

「ふん、少しは楽しめそうだな」

 御桃さんが加わって、鬼の攻撃が分散されたからか、少し戦いやすくなる。でも、避けやすくなっても、私の攻撃は全然当たらない。

「当たった!」

 ようやく一撃当たる。でも、大したダメージは入っていなさそうだった。

「ん、どうした。先の拳より軽いぞ!」

 鬼から繰り出されたキックをかろうじてよける。

「霊刀は強いんじゃなかったの!? 何で!?」

「えーっと、んーっと……あっ、分かりました! タメの時間が足りなかったんです。未申ちゃんは攻撃する前に、霊力を高める集中時間を取っていましたよね。あれがないから、あまり霊力が込められなかったのだと思います」

 言われてみれば、必殺パンチの前は集中してた気がする。

 けど、その集中する時間がない。

「時間の余裕がないよ。二二ちゃん、どうすればいいっ!!」

「任せてください!」

 二二ちゃんはじっと、私達を見つめた。

激しい攻防戦が続く中、二二ちゃんはピクリとも動かず。

「ま、まだ!?」

「よし! 今です。未申ちゃん何時でも攻撃できるように集中してください」

「分かった!」

「で、お兄ちゃんは右から攻撃!」

「えっ、僕!?」

 戸惑いながらも、御桃さんは言われた通りに攻撃した。

 当然鬼は左に避ける。でも——。

 いきなり鬼がバランスを崩して、尻もちをついた。

「何だこれは——!?」

 手をついて起き上がろうとしたけど、起き上がれなかったらしい。

「落とし穴と罠です! さっき作りました!」

 よく見ると、鬼の手首には縄が巻き付いていた。

「さあ、未申ちゃん!」

「うん!!」

 持っている鞘が、淡く白色に光る。力が満ちあふれている感じがする。

 刀ならカッコいいんだろうけど、鞘だとちょっと変な絵面だ。

 ま、でもいっか。ここぞって時にあんまりかっこよくなれないのも、ある意味私の人生らしいよね。そんなもんだよ。

だから次は、もうちょっと腕力を上げて刀で戦えるようにしよう。

「とりゃあああああああ!」

 私は鬼に向かって鞘を勢いよく振り下ろした。



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