第13話 それでも私は


 そもそも、物の怪になんかに関わるとろくなことが無いのだ。


 私が前通っていた学校の近くには、『お化けビル』って呼ばれている廃ビルがあった。

 窓ガラスは割れてるし、ツタはめっちゃ絡んでるし、看板の文字は塗装が剥げてて読めないし、中は荒れてるし……本当に何か出そうなビルだった。まあ、「でそう」というか実際に「いた」んだけど。

 四年生になった夏のある夜、友達と全部で十人でお祭りに行くふりをしてお化けビルで肝試ししようっていう話が出た。もちろん最初は、私も反対した。でも、友達みんなが行くって言ったから、嫌われたくなくて……最終的には行くことにした。

 中に入るとすごい数の物の怪がいた。怖いは怖かったけど、他の子も一緒にいたからか、それとも別の理由があったのかは知らないけど、そいつらはこっちをじっと見ているだけだった。だから、何事もなく肝試しが終わってくれるんじゃないかって期待してたんだ。

 でも、そんな期待は泡みたいに消え去った。

 帰る直前、ビルの出口の数メートル手前で肝試しに来ていた子の一人が、写真を拾った。大学生ぐらいの人たちが写った集合写真——いや、変なものが写りこんだ心霊写真だった。写真を拾った子は「気味が悪い」って言ってその写真を破り捨てた。すると、さっきまでただ周りで私達を見ているだけだった物の怪たちが、一斉に襲い掛かってきた。

 周りの子は物の怪に何かされて、次々と倒れていく。九人目まで倒れて、最後は私。本当に怖くて怖くてしょうがなくて、気が動転して……、気が付くとその物の怪を殴っていた。「いや物理攻撃効くの!?」って思いながら襲ってくる物の怪と戦い続け……しばらくして、なかなか帰ってこない私達を心配した大人たちが探しに来た。

 廃ビルで大人たちが見た光景は、倒れている九人の子供と元気に息を切らしている私だった。

 それが学年中に広まるのには、そう時間がかからなかった。


 その肝試し後から、みんなから何となく距離を置かれるようになってしまった。

 でも、それだけならまだ良かった。仲のいい子はまだ仲良くしてくれてたし。それにほら、人の噂も七十五日とか言うじゃん? 多分あの感じならみんな二か月後には忘れてたよねってぐらいだったから。

 本当の事件は、その後起きた。


 倒れた九人の子のうち、八人は一週間もしないうちに学校に復帰したんだけど……。写真を破り捨てた子だけは、肝試しから一か月後にようやく学校へ来た。

 ——明らかにやばそうな物の怪を背中につけて。

 しばらくの間は見て見ぬふりをしてた。でも、ある日。教室でその物の怪は急に暴れだして——。みんなが危ないと思った私は、クラスメイトの目の前で物の怪を倒した。


 霊感のあるクラスメイトには、私が物の怪と戦っている姿が見えたみたいで怖かったらしい。

 逆に、霊感のないクラスメイトには、私が何もないところで戦っているようにしか見えず、それはそれで普通に怖かったし意味不明だったらしい。

 結局、私のあだ名は『化け物』に落ち着いた。


 物の怪に関わると、ろくなことがない。ろくなことがない、けど。

「………………行かなきゃ」

 思い出した。

 物の怪よりも怖いのは、一人になること。

 友達がいなくなること。

 私は、ドアノブにかけた手を離して走った。

 二二ちゃんは迷いなくまっすぐ走って行った。きっと、あの鬼のところに向かったんだ。

 なら、目指すのはあの鬼がいそうな所。

「——雪鷺神社っ!」


 うろ覚えの道を、何回か迷いながら進んでいく。

 しばらく走ると、見覚えのある赤い鳥居が見えた。

「何これ……!」

 境内に入ると、半壊状態の本殿が目に入った。もともと古そうだったけど、今は明らかに壊されている。

   ダン、ダン!

 本殿のさらに奥の方から、大きな音が聞こえてくる。

 まるで、何かと戦っているみたいな……。

 音の聞こえる方、林の中へ走っていく。

「次、邪魔をすれば容赦しないといったはずだが」

「あなたは戦いたいのでしょう。なら邪魔にはならないはずです」

 すぐ近くで、鬼と、二二ちゃんの声が聞こえた。

「『強い奴』と戦いたいのだ。白い小娘、お前と戦っても何にもならぬ。それに、今は休みたいのだから十分我の邪魔をしていると言えよう」

 右からだ! 右から聞こえる!

 私は生い茂る草をかき分けて右に向かう。

「——いた!」

 少し開けたところで二人は戦っていた。

 二二ちゃんは、次々と繰り出される鬼の攻撃を器用に避けながら、攻撃する機会をうかがっているようだった。

「ちょこまかちょかまかと!」

 鬼の周りにいくつもの炎が浮かび上がる。

 炎は二二ちゃんめがけて飛んで行った。

「うっ——!」

 かろうじて避けきれたものの、二二ちゃんは転んでしまった。

「これで、終わりだ!」

 そこを狙って、鬼は二二ちゃんに攻撃しようと、ひときわ大きな炎を作り出した。

「危ないっ!」

 私はダッと茂みから飛び出し、鬼に向かってタックルをした。

「お前はさっきの——」

 鬼が姿勢を崩す。その一瞬のすきを狙って、みぞおちに全力パンチをたたきこんだ。

「ぐっ……」

 お腹を押さえて、鬼は動きを止める。

 私は二二ちゃんの方を向いて叫んだ。

「ばかっ、何ひとりで無茶してんのっ!!」

 二二ちゃんは、目を大きく丸く見開いてぽっかり口を開けた。

「み、未申ちゃん……? どうしてここに。二二の事嫌いだって、もう顔も見たくないって。二二が未申ちゃんのこと、騙したから」

 私は二二ちゃんの目の前まで歩いて行った。

「あーあーはいはい。確かに騙されたし裏切られた気がしてすっごくムカついたし今もムカついてる!! でも確かに、二二ちゃんは『嘘』はついてなかった。本当のこと言わなかっただけ。でも、誰だって、私だって! 本当のことを言うのは勇気がいるもんだよ。それは私もよく知ってるはずだったのに」

 だから、と私は震える声でその続きを言った。


「ひどいこと、大嫌いなんて言ってごめんって謝りに来たのっ!!」


 ぼたっと、頬を温かい何かが伝っていった。今の私、ひどい顔だろうな。

「に、二二もです」

 二二ちゃんは顔を伏せる。

「二二は退魔士になりたいって、ならないとって、必死で必死で……。そのためなら何でもしてやるって、何でも利用してやるって。でも、きっと。間違いだったんです。未申ちゃんに本当の事を話さなかったのは。未申ちゃんの気持ちを考えず、利用しようとしていたのは」

 二二ちゃんは、腕で顔をごしごしこすると立ち上がった。

「ごめんなさい、未申ちゃん」

 そう言いながら、二二ちゃんは顔を上げて私の目をまっすぐ見つめた。赤くなってて『お揃い』だ。

 私は手を差し出す。

「いいよ」

 二二ちゃんはそっと、自分の手を私の手に重ねた。

 そして、私達は同時にクスッと笑ったのだった。


「ほう……、少し霊感があるだけの小娘と思ったらなかなかやるではないか」

 ゆらゆらと体を左右に揺らしながら、やっとという感じで鬼は立ち上がる。

 わ、忘れてた! まだ消えてない……倒せてないんだった!

 そして、顔を上げると獰猛にニヤッと笑ってこう言った。

「未申といったか、手合わせ願おう!」

 あー! やっぱり物の怪に関わるとろくなことがない!

「いったん逃げましょう! 作戦会議です!」

「うん!」


「はあ、はあ……ここなら追ってこれないでしょう」

 神社の敷地内を逃げ回って、たまたま見つけたショウブの茂みに私達は身を潜めた。

 鬼はショウブが嫌いだから、ここにいれば安全らしい。

 ただ、見張られてるから出るに出れないけど。

「どうしよう。素直に戦っても勝てる気がしないし、かといって逃げ切れる気もしない」

「そうですね。未申ちゃんはすごく強いですけれど、あの物の怪もとんでもなく強いです。真っ向からの力勝負ではまず勝機がありません」

 二二ちゃんは少し考えてから、私にこう言った。

「作戦があります。未申ちゃん、二二の事信じてくれますか?」

「うん、信じる」

 即答。二二ちゃんは面食らったようだった。

 こっくりさんの時も、鶏の時も、二二ちゃんの作戦があったから勝てたんだ。

 信じない訳が無いよ。

「ありがとうございます」


「作戦は——」

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