第12話 菖蒲二二、清水未申
そんなはずないのに。何故か、鬼の言ったことが引っ掛かる。
「ねえ……」
鬼が完全に見えなくなってから、私は二二ちゃんに話しかけた。
「あれってどういう事?」
「……何がですか?」
「二二ちゃんには霊力も、霊感もないってあの鬼が言ってたこと」
口元に手を当てて、二二ちゃんはあははっと声をあげて笑った。
「あれですか。あはは、あれは物の怪の勘違いですよ。未申ちゃんってば信じちゃったんですか?」
「そう、だよね……」
二二ちゃんはこっくりさんとも、鶏とも戦ってた。霊力も霊感もないなんて、そんなことありえない。
「ニィ」
倒れていた御桃さんが立ち上がる。
「お兄ちゃん!? 大丈夫なんですか!!」
「もう大丈夫だよ」
御桃さんは優しく微笑む。そしてパパッと、ズボンについた砂を払った。
「ところで、ニィ。未申ちゃんには、そろそろ話してもいいんじゃないかな」
打って変わって、御桃さんは真剣そうに言った。
「何を言って——」
二二ちゃんの目が大きく見開かれる。
構わず、御桃さんは続ける。
「本当だよ。二二には霊力も、霊感もない」
御桃さんは、はっきりそう告げた。
「で、でも、二二ちゃんはこっくりさんとか鶏とかとも戦ってた……見えてなきゃあんなことできないはず。おかしいじゃん!」
二二ちゃんはそっと私から目線を外し、ふてくされたように呟いた。
「——そろそろ潮時ですか。そうですよ。お兄ちゃんの言う通り、二二には霊力も霊感もありません。こっくりさんや鶏さんは、未申ちゃんの反応や目線を見てどこにいるのか予測して戦っていました。この髪飾りも、霊力が無くても使える霊具です。それから、さっきの物の怪は相当強い物の怪だったので、霊感のない二二にも見えました」
「そんな——」
それじゃあ、二二ちゃんは本当に……。
霊力も、霊感もないんだ。
私と、同じじゃなかったんだ。
物の怪を倒すために、私の事、騙していいように使ってたんだ。
——自分に霊力がないから。
「二二ちゃんのウソつきっ!! だいっきらい!」
気づくと、そう叫んでいた。
しんと、世界から音が消える。
聞きなれた私の声の残りかすだけが、かすかにその場にとどまり続けている。
「そう、ですか……」
しばらくして、二二ちゃんが口を開いた。
「でも、ウソつきではないですよ。だって、最初から二二は『見える』とも『力がある』とも言ってないですから」
「言ってないけど、そう思うじゃん! 退魔士の家系とか言われたら!」
「ま、まあまあ落ち着けよお二方。ほら、日も暮れてるし今日の所は帰ったほうがいいんじゃねえか?」
御桃さんの影から、スッと沙華さんが現れた。
私は、頭の上でキラキラ輝いている満月を見て、ふと我に返った。
もう、すっかり夜だった。
「そうですね……いったん帰ります。あんまり遅くなるとさすがに怒られるし」
「そうしよう。沙華、未申ちゃんを送ってくれ。ニィも、一緒に帰ろう」
「…………」
声をかけてもうんともすんとも言わない二二ちゃんに、御桃さんは手を差し出した。
二二ちゃんは、その手をしばらく見つめて——。
「嫌です」
パシン。
もうすっかり暗くなってしまった夜の住宅街に、乾いた音が響いた。
それは、二二ちゃんが御桃さんの手をはたいた音だった。
「二二はもう嫌なんです……っ! 一人でお外に出れないのも、気軽に誰かと遊べないのも、二二のせいでお父様やお母様、ひいてはお兄ちゃんが悪く言われるのも、全部全部嫌なんですっ!!」
二二ちゃんはリュックを投げ捨て、タタッとすごい速さで走り去ってしまった。
「ニィ!」
すぐに、御桃さんは追いかけた。
けど、二分もしないうちに戻ってきた。
「ニィは本当に足が速くて、あと賢いよ。全力で逃げられたから、途中で見失った」
御桃さんはいきなりその場に座り込んだ。まさかの体育座り。
「何なのあの物の怪。強すぎる。というか歴代最強の菖蒲雪鷺が退治じゃなくて封印を選ぶくらい強い奴に僕が敵うわけないじゃん。退魔士やめたい。普通に怖いし危険だし」
——えっ!?
「おい御桃サマ、嬢ちゃんが引いてるぞ」
「引いてるというか、驚いているというか……」
(過保護なところ以外は)完璧なイメージがあったから、いきなりのネガティブ発言に驚いたというか。
物の怪なんて「怖いし危険だし」って、気が合いそうだなあと思ってました。
「姫さんがいなくて寂しいんだよなあ?」
沙華さんはいじわるに笑いながら、御桃さんの頭をポンポン叩く。
「寂しいとかじゃなくてモチベが出ないんだよ! ……僕は元々、退魔士の仕事なんてあんまり好きじゃないんだ。というか、なんならまだ中学生なんだよ。法律的には働いちゃいけないんだよ? ……でも、あんな素直に『お兄ちゃんは最強の退魔士なんです。すごいです』って言ってるニィの前で夢を壊したくないでしょ? だから僕は未だにちゃんと退魔士をやってるんだ」
「……姫さんがいないところではいつもこうなんだ」
まったくいつも困ってる、と沙華さんはため息を吐いた。
「はあ、休憩もここまでにしよう。早くニィを見つけないと」
よいしょと声を出して、御桃さんは立ち上がる。
「沙華、僕は家に戻って父さん母さんにこのことを伝えてくる。君は未申ちゃんを送ってくれ」
「りょーかい」
御桃さんは二二ちゃんが置いていったカバンから、小さな紙を取り出した。
「家へ!」
紙からしゅうぅとでた煙が、御桃さんを包んでいく。
煙が晴れると、御桃さんは消えていた。
あの紙がワープできる霊具だったらしい。便利でいいな。私も欲しい。
「気になる事があって。一つ聞いてもいいですか」
歩きながら、私は沙華さんに話しかけた。
「ああ、もちろん」
「……二二ちゃんが言っていたことって、どういうことなんですか?」
「姫さんが言っていたこと?」
「一人で外に出られないのも、遊べないのも、自分のせいで家族を悪く言われるのも嫌だって」
「あー……それか。こういうことは勝手に話していいのか分からねえが、まあいいか」
嬢ちゃんなら大丈夫だろうし、と沙華さんは呟く。
「菖蒲家は知っての通り退魔士の家系だ。すさまじい大きさの霊力を持って生まれた御桃サマの妹。しかも歴代当主の中で最も強かっただとか言われてる二代目『菖蒲雪鷺』と同じ特異な髪色。姫さんは、『雪鷺の生まれ変わりなんじゃないか』、『御桃を超える霊力の持ち主なんじゃないか』とか、生まれて間もない頃はそんな風に期待されていたらしい」
菖蒲雪鷺——さっきからちょくちょく出てる人。そういえば、あの鬼も二二ちゃんとその人が似てるとか言っていたような気がする。
「でも、姫さんには霊力どころか、霊感すらなかった。期待されていた分、落胆もすごかった。それで、分家のやつらが色々言ってきてるらしい」
「じゃあ、外に出られなかったって言うのは人目を気にして……?」
そう尋ねると沙華さんはいや、と首を横に振った。
「菖蒲家は退魔士の家系。この辺にいる物の怪は全て菖蒲の敵。菖蒲家の人間は物の怪に狙われやすい。霊力や霊感を持っているなら物の怪に対処できるが、姫さんはそうじゃねえ。小さい頃は安全のために、ほとんど家に閉じ込めていたらしい。今も外出は制限されている」
沙華さんの話を聞いて、何だか頭がぐちゃぐちゃした。
……私は霊力や霊感があるから悩んでた。でも、二二ちゃんはその真逆だったんだ。
確かに二二ちゃんは私を騙して利用したのかもしれない。退魔士に、なるために。
でもこの話が本当なら、二二ちゃんが退魔士になりたいのは憧れとか、家業だからとかふわっとした理由じゃなくって。
この現状をどうにかするため。
さらっと、私の目線や反応を見て物の怪がどこにいるか判断してたって言ってたけど、それも簡単なことじゃない。古典の原文を読むのも、すごく難しい。運動神経もずば抜けて高い。きっと全部全部、霊力がなくても他の何かで補えるように、努力したんだ。
二二ちゃんはずっと、頑張ってきたんだろう。
二二ちゃんにとって私は丁度いい戦力で、協力者。
きっと、絶対に失いたくないから言いたくても言えなかったんだ。霊力も霊感もないなんて。
確かに最初からそれを言われてたら、私は物の怪退治についていかなかったと思う。何かあっても二二ちゃんが守ってくれるっていう、打算が無くなっちゃうから。
気持ちの整理がつかないまま、家についてしまった。
「お、着いたな。それじゃ、おれは御桃サマを手伝うから」
沙華さんはそう言うと、ふっと消えてしまった。
どうしよう——。
私はその場に立ちすくんだまま、何となく夜空を見つめた。
雲がかかっていて、星は見えない。何だか不安な気持ちになった。
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