第11話 私を許さないで
「二人とも、さっきぶりだね」
まみちゃんは力なく微笑んだ。
「洗いざらい話してください」
「え……な、何を?」
二二ちゃんはすたすたと歩いて、何を考えているのか分からない表情で人差し指をピッと突きつけた。
「まみちゃんが今何を思い悩み、苦しんでいるのか。洗いざらい二二達に打ち明けてください」
「ちょ、ちょっと二二ちゃん」
聞き方ってものがあるでしょ!?
私は、二二ちゃんに近づいて肩を掴んだ。
だけど、二二ちゃんは私の言葉を気にせずに続けた。
「言わないなら二二が当ててあげましょう」
相変わらず二二ちゃんの表情は読めないままだ。
その感情の読めない瞳は、まるで底なしの闇みたいで。
見つめているとだんだん不安になってくる。
「鶏さんたちを殺したのは、まみちゃん、あなたです」
ハッと短く息をのむ音が聞こえた。
それと同時に、まみちゃんの目が大きく見開かれる。
って、どういうこと?
まみちゃんがそんなことをする子には見えないよ!!
「少なくとも、あなたはそう思っているのでしょう。あなたは、責任感が強い子ですから」
そこで初めて二二ちゃんは笑った。いつもみたいにニコッとではなく、口の端をかすかに上げてニタッと不気味に微笑んだ。
「……『思ってる』、じゃない。『そう』だよ」
「コケコとミケとチャコとルルを殺したのは、私だよ」
まみちゃんは悲しそうに目を伏せて、語りだした。
飼育係の仕事は、二時間目と三時間目の間の休み時間と昼休みに鶏小屋のお掃除と水替えとエサやりをすること。
六年生か五年生一人以上と四年生何人かでいくつかグループを作って、週ごとに当番を回してたの。
でも、その日。私のグループが当番だった時、ちょうど風邪が流行ってて、私以外の子がみんなお休みだったの。
お掃除が一番手間が掛かるから、それから始めたんだけど——やっぱり一人じゃ手が回らなくって。ごみを捨てに行ったところでチャイムが鳴っちゃった。次の時間は体育で、早くしないといけなかったから、水もエサもそのまんまだった。
昼休みもあるから大丈夫かなって思ってた。
でも、私はそのすぐあと熱を出して早退しちゃったの。
風邪が治って学校に来たら、鶏小屋の中は空っぽだった。
「だから、みんなが死んじゃったのはきっと私のせい。私がえさをあげれなかったから。掃除からじゃなくて、エサやりと水替えから始めればよかったのに!」
まみちゃんはぽろぽろと大粒の涙を流して泣き始めてしまった。
「その日から、私の夢にはずっとあの子たちが出るの。きっとみんな私の事恨んでるんだよ!」
「まみちゃんのせいじゃないよ!」
「ううん、私のせいだよ。私のせいなんだよ」
私は思わず叫んでた。だってそんなの、どうしようもないもん。他の当番の子もお休みだった訳だし。
「そうですね、それはまみちゃんのせいではありません。鶏さんたちは、まみちゃんを恨んでなんていませんよ」
「そんなことない、そんなことないよ……!」
しきりに首を横に振りながら、小さな声でそう呟いたまみちゃんの背中をそっとさすった。
それでも全然落ち着いてくれない。
「恨んでいません。彼らはおそらく、安らかに天国へ行ったでしょう」
「恨んでないなら、何で……」
まみちゃんはそれまでずっと伏せていた顔を上げる。
「何でそこにコケコがいるの?」
まみちゃんの視線の先には高さ二メートル超の巨大な鶏がいた。
「クォォオオオオケェエエクォックォオオオオオオオ!」
バサバサと大きな音と共に翼をはためかせて鶏は叫ぶ。
えぇえ!? 何でこのタイミングで来るの……ってそれは、二二ちゃんの推測が正しいなら当たり前か。
でも、やばいよまずいよ。あの鶏、こっちに攻撃しようとしてるじゃん!
口をパカッと開いて、炎を吹く準備をしている。
「危ないっ!」
私はまみちゃんを引っ張りながら、何とか鶏の攻撃を避けた。
「やっぱり私の事を恨んでるんだ。だから、幽霊になっちゃったんでしょ」
虚ろな声でまみちゃんは言った。
「ええっと、あれは鶏の幽霊じゃなくてまみちゃんの思いが生み出しちゃった生霊で——って、また来る!!」
話している間に鶏の口が開いていた。まずい、攻撃が来る!
と、その時。二二ちゃんはおもむろに、私とまみちゃんの前に立った。
危ないっ!
そう思ったけれど、間に合わない。鶏の炎は二二ちゃんに直撃——する前に見えない壁みたいなのに阻まれた。
そっか、そう言えば護符を持たされたとか言ってたっけ。
ふう、と胸をなでおろす。
「未申ちゃんの言う通り、あの鶏さんは鶏さんの幽霊ではありません。というか、何やら勘違いしているようですが……そもそも幽霊って、そんなに簡単になれるものじゃないんですよ」
「え?」
「苦しい辛い恨めしい憎らしい恋しい愛しい……そのどれか、あるいはいくつかが複雑に混ざり合う、蜂蜜を煮詰めたくらい濃くってドロドロしている感情を持っているモノだけが、未練を引きずって幽霊——果ては物の怪になるんです」
胸に手を当てながら、二二ちゃんはそう話した。
「というか人間が、生き物が、お手軽な未練で物の怪になってたまるかってんです」
だからですねと言い、二二ちゃんは一歩踏み出して、勢いよくまみちゃんの肩に手を置いた。
ぐっと顔を上げた二二ちゃんの真剣そうな瞳から、今度はひしひしと痛いほど感情が伝わってくる。
まみちゃんを助けたいっていう、強い信念が。
すぅっと大きく息を吸い込んで、二二ちゃんは叫んだ。
「目を覚ませ! 目の前にいるあれは、コケコでもミケでもチャコでもルルでもないっ!! あれも、あなたの夢に出てくる鶏たちも、全てあなたの鏡像! あなたの強い罪悪感が生み出した幻です! コケコもミケもチャコもルルもあなたを恨んでなんかない!」
「そ、そう言われたって、だってコケコが私の生み出した幻だなんて、そんな風には思えな——」
「退魔士菖蒲一族本家長女であるこの二二が保証します、彼らは無事に天国へ行きました。確かに、あなたの行動は彼らの死の一因になったかもしれない。でも、あなたがそれほどまで思いつめる必要はないんです」
鶏の、まみちゃんの生霊の輪郭がゆらっとぼやける。
「それに、『恨んでいる』だなんて。そんな事をまみちゃん自身が言ったら、天国にいる鶏さんたちがかわいそうです。だって、まみちゃんにたくさん可愛がられていた鶏さんたちが、まみちゃんを嫌いな訳がないのですから」
がたっと、まみちゃんはその場に膝から崩れ落ちた。
「そうだね……二二ちゃんの言う通り」
その言葉と共に、鶏はぼぅっと暖かな光を放ち始めた。
「キェエ………………」
最後にそう一声鳴くと、鶏は光の粒になってまみちゃんの胸のあたりに吸い込まれていった。
「あれ……、何か力が——」
パタン。
「「まみちゃん!?」」
その場に倒れたまみちゃんに二人で駆け寄る。
顔色はよさそうだし、脈もある。眠っているだけみたいだった。
「良かった」
「良かったですけど、良くないです。どうしましょう。まみちゃんをこのままここに置いていく訳にはいきません。先生を呼びましょうか……」
「それならおれが引き受けるぜ」
ひょいっと、横から誰かの腕がまみちゃんを持ち上げた。
「姫さんに嬢ちゃんも、お疲れ様。大活躍だったな」
手の伸びてきた方を向く。声の主は沙華さんだった。
「……『見てるだけ』じゃなかったんですか?」
「物の怪退治自体には手を出さなかったんだからそんなに拗ねんなよ」
沙華さんはそう言って困ったように笑う。
二二ちゃんはと言えば、私の後ろに隠れてベーッと舌を出していた。
「あーあ、やっぱおれ嫌われてるなぁ。悲しいぜ」
じゃあ、と手を振って沙華さんはぴょんと身軽そうに学校を飛び越えていった。
え……沙華さんスゴ………………。
沙華さんが行ったのを確認して、二二ちゃんは私の後ろからようやく出てきた。
よっぽど沙華さんの事が嫌いみたい。
「二二達も帰りましょう」
「うん、そうだね」
そう答えて、私は歩き始めた。
今日一日、本当にいろんなことがあったなぁ。本当に疲れた。やっぱり物の怪に関わるとろくなことがない。
でも——。
「あ、うっかりしてました!」
学校の門を越えたところで、二二ちゃんは大きな声を出した。
そして、くるっと体を私の方に向けると、こう言ったのだった。
「未申ちゃん、今日一日、大変お疲れさまでした! 二二に付き合ってくれて、ありがとうございます」
唇の端が自然と上がる。
確かに、物の怪と関わるとろくなことがないけど。
でも……。
ひゅうっと風が吹く。
目の前で、白いツインテールが揺れた。
明るくて、賢くて、一緒にいるとちょっと気分が軽くなって、そして人のためにあんなに必死になれる、私と同じ物の怪が見える女の子。
二二ちゃんと仲良くなれたのは、良かったかも。
「どういたしまして!」
私はニコッと笑ってそう答えた。
「でも二二としては、ちょっと納得がいかないのです。あ、もちろん未申ちゃんは完璧でしたよ」
ぷっくり丸くなった二二ちゃんのほっぺたを、人差し指でツンツンつついた。
「どうしたの?」
「結局、お兄ちゃんに渡された霊具を何個か使ってしまいました。しかも最後にあいつの手まで借りることになってしまいました」
「まあまあ。でもとにかく、一件落着してよかったじゃん」
「……そう、ですよね?」
「何で疑問形?」
二二ちゃんは腕を組んで首を傾げながら答えた。
「いや、そういえば……生霊って今回みたいなケースだとそこまで強くないはずなんですよね。それこそ、二二が倒した最初の鶏さんくらいが普通だと思うのですが——その後復活したのが妙に強くなってたのが気になりまして……一体何でなのでしょう?」
「たまたま、でしょ……?」
「だといいんですけど」
もうすっかり日が傾いてしまっている。
夕焼けに照らされて、町はオレンジ色に染まっていた。
黄昏時。もしくは、逢魔が時。
……特に物の怪の出やすい時間。
「ま、待ってください。いったん学校に戻りましょう」
あわてた様子で、二二ちゃんは私の腕を掴んだ。
「何? もう五時も過ぎちゃったし、早く帰ろうよ」
「ここは、すごく危険です」
二二ちゃんは私に物の怪発見マシーンを差し出した。
その針は、グルグルと回り続けていて止まる気配がない。
「ものすごく強い物の怪がこのすぐ近くにいます」
「ほう、最後の一体のやられたと思ったら、まさかこんな小娘どもにやられていたとはな」
地獄の底から聞こえてくるような低い声があたりに響いた。
「いくら我の力を貸し与えたとはいえ、下級な物の怪は下級なのだな。まさかこの短期間で全滅とするは。目的は情報集めだけだったとはいえ、下等なモノを使うのは愚策だったか」
カロン、コロンと下駄の音が響く。
日がほとんど沈みかけて、空がオレンジから紫に変わっていく。
夜の闇から、恐ろしい何かが出てくる。
それは額に二本の角を持つ、鬼だった。
とがった耳に赤い目……あの鬼、前に神社で見た鬼だ!
そのすさまじい威圧感に、私の手足は石のように固まってしまう。
「だが、得たかった情報は得られたゆえ、良しとしよう」
鬼は私達の三メートルくらい手前に来ると、ぴたっと足を止めた。
そして、怪しく不気味に笑う。
「我は悪鬼。藍苺の悪鬼だ。我は、我より強きものを探している。この町で、今一番強いのは菖蒲の次期当主……菖蒲御桃と見た。どこにいるのか、教えてはくれまいか?」
菖蒲御桃……、二二ちゃんのお兄さんの名前。
えっと、要約すると、強い奴を探してて、この町で一番強いのが御桃さんだから御桃さんの居場所を吐けって言ってるの?
多分こいつは強い。御桃さんも強いって話だけど、わざわざ物の怪に居場所を教えるなんてそんなのだめだ。とりあえず知らないで押し通そう。
「菖蒲御桃って誰、私知らな——」
「まあいい。話す気が無いならあちら側から来てもらうだけだがな」
鬼の手が、二二ちゃんへ伸びる。
そっか、そもそもコイツの狙いは二二ちゃんをおとりにすることだったんだ!! このままじゃ……。
そう思ったけど、体が動かない。
チリン。
涼やかな鈴の音が鳴る。
ボンと二二ちゃんと鬼の間に白い煙が立つ。
「ニィに触るなっ!」
煙が晴れる。そこにいたのは御桃さんだった。
「はは、お前が菖蒲御桃だな」
「そうだ」
御桃さんは鬼をにらむ。対照的に鬼は楽しくてしょうがないというように笑う。
「我と戦え、菖蒲御桃」
「頼まれなくとも、倒してやるっ!」
御桃さんの手がぼんやり光る。鬼に向かって思いっきり拳を突き出すと、まっすぐ光の弾が飛び出していった。
何あれすごっ!
「とりゃぁっ!!」
御桃さんは次々と光の弾を放っていく。でも、ひょいひょいと身軽にかわされちゃって、一向に当たらない。
「ん」
鬼の体がぐらっと大きく傾いて、一つだけ光の弾が当たった。
ボン。
光の弾は、鬼の体に当たるとシュッと消えた。でも、鬼の表情はピクリとも動かない。
「一騎打ちに不意打ちとは卑怯だな」
鬼が姿勢を崩したのは、二二ちゃんが鬼の腕を掴んで思いっきり引っ張ったからだった。
「物の怪退治に卑怯も正々堂々も、何もありません。そういうあなただって、二二をおとりにしたじゃないですか」
鬼は、二二ちゃんの胸ぐらを掴んだ。
「ニィ!!」
御桃さんがすぐに突っ込んでいく。
鬼は、開いているほうの腕で御桃さんを弾き飛ばした。
「ふん、こんなものか……」
「お兄ちゃん!?」
「殺すほど力は込めておらぬ。我は強い奴と戦いたいだけだ。弱者をいたぶる趣味はない。が、どんな勝負でも邪魔されるのは大の嫌いなのだ」
鬼は二二ちゃんの胸ぐらを掴みながら持ち上げる。
「……ああ、よく見ると貴様は『
「多分、髪だけですよ」
「いや、顔はかなり似ている。他は、似ても似つかぬがな」
鬼は二二ちゃん地面に叩きつけようとを掴んでいる腕を振り下ろそうとした。
「に、二二ちゃんを放して!!」
ぴたっと、鬼の腕が止まる。
「お前、名は何という?」
「……み、未申。未来の未に申告の申で、未申……です」
「ふむ、そうであったか。未申……祠を直そうとしてくれたこと、感謝する。あの時は逃げられて、礼を言えなかったからな」
鬼は、ゆっくり二二ちゃんを下ろす。
「未申に免じてここは収めてやろう」
鬼はハアとため息を吐いた。
「しかし、菖蒲も落ちたな。今の手合わせでおおよそ分かった。最強がこの程度……しかも、霊力のないものにまで物の怪退治をさせているとは」
ん? と、何かが引っ掛かる。この言い方じゃあまるで——。
「霊力も、霊感も無いが我に立ち向かった。貴様のその度胸だけは称賛に値しなくもない」
鬼は二二ちゃんを指さして、そう言った。
どういうこと? 二二ちゃんには霊力が、霊感がない……?
「だが、次に我の邪魔をしたら容赦はしないからな」
困惑する私、動けない御桃さん、そして、表情の読みとれない顔をした二二ちゃんを置いて、鬼は去っていった。
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