第9話 VS 巨大な鶏さん!(TAKE 2)

「あぁー……お休みってサイコー……自分の部屋があるものサイコー……」

 私は買ったばかりのクッションにもふーっと顔をうずめた。

 そう! 引っ越した先の新居には! 自分の部屋があるのだ!

 今日は土曜日。マイルームを満喫するのだあー!

   ピーンポーン。

 そんなウキウキルンルン気分を、突然の軽快なチャイム音がぶった切った。

『おはようございますっ! 未申ちゃんの友達の菖蒲二二というものですが、未申ちゃんはいらっしゃいますかっ?』

 ドアを締め切った私の部屋にまで聞こえてくるほどの大きな声だった。

「未申~、お友達が来たわよ」

 リビングからお母さんの声が聞こえてきた。

「はあーい、今行くー」

 私はささっと急いで部屋着を着替える。お休みだからいっかと思って、今日は「べあむしくん(空気が無くても極寒でも熱々でも生きられる最強生物クマムシのゆるキャラ)」のTシャツを着ていたのだった。これじゃ流石に、人前に出られない。

 ガチャッと自分の部屋のドアを開けると、目の前にぴょこんと白いツインテールが揺れた。

「おはようございます、未申ちゃん!」

「おはよ。……今日は土曜日だよ」

「はい、サタデーですね。ですので、残り一匹の鶏さんを探しに行きましょう!」

「会話がかみ合わない……」

 二二ちゃんを見ると、これでもかというほど大きなバックを背負っていた。

「その荷物どうしたの?」

「ああ、これは……お兄ちゃんに持たされました」

「そんなにたくさん、何を持たされたの?」

「お弁当と水筒、救急箱、あと霊具です」

「霊具?」

 私は首を傾げて訊き返した。

「霊力をなんやかんやして便利な機能を使えるようにした道具です。例えばこの鈴——」

 二二ちゃんは首から下げていた鈴を持ち上げた。

「これは二つ一セットの霊具で、一方の鈴を持っている人が危険な状態になると、もう一方の鈴を持っている人に知らせるというものです」

 自動防犯ブザーみたいな機能だなぁ。

「他には何を持たされたの?」

「えーっと、攻撃されたら自動で守ってくれる護符を五十枚と」

 多いな。

「たいていのけがを治せる河童の傷薬と」

 すごいな。

「一回だけ使えるワープと」

 さすがにすごすぎない?

「あと、そうですね。霊具じゃないですけど、絶妙に離れた位置から式神が見張っています。バレてないとでも思っているのでしょうか? 二二の目はごまかせませんよ」

 はじめてのおつかいかな?

 二二ちゃんは頭に手を当てて、はあとため息を吐く。


 ……何ていうか、その。さすがに過保護すぎない?


「まあ、あれまで持たされなくてよかったです」

「あれって?」

 二二ちゃんはスンと、いきなりいつものテンションをなくした。

「………………………………………………家宝の霊刀、です」

「うわぁ。過保護っていうか、それ以前に銃刀法違反で逮捕されそう」

「ですよねぇ。二二もそう思ったので、それはそれは丁重にお断りいたしました」

 これでも妥協してもらったほうなんですと、二二ちゃんはため息を吐く。

 何か、二二ちゃんも大変だなあ。

「という訳で、鶏さんを探しに行きましょう!」

「いや『どういう訳』で? いやまあ、行くけど……早く修行終えたいし。でも、アテはあるの?」

「鶏さんは、おそらく学校の近くをうろついていると思われるので学校周辺を歩き回って探します」

 なるほど、確かに。

 最初に行った公園も学校の近くだったし、二回目なんて学校の裏門だった。

 何より、学校で飼われていた鶏だ。恨んでいるとしたら、学校に通っている生徒か、もしくは先生。って考えるとやっぱり学校の近くにいるのが自然な気がする。

「秘密兵器もありますよ!」

 二二ちゃんはポケットから何かを取り出した。

 ふたが透明な丸い箱の中に、半分だけ赤に塗られたひし形の針が揺れている。

 方角は書いてないけど、これってただの方位磁石じゃ……?

「これは、物の怪のいる場所とその強さがざっくり分かる霊具です!」

「へー、それなら隠れてても見つけられそうだね」

 そんなこんなで、私達は鶏を探しに外に出たのだった。


 そして鶏を探し続けて早三時間。

 いや、三時間って。時間経ちすぎじゃない?

「見つからない、ですね……」

「もう帰ろうよ」

「い、いえ! この辺にはいるはずです! もう少しだけ粘りましょう! あ、あと十分ぐらい」

 二二ちゃんはそんな風に言ったけど、学校の周辺はもう三周くらい歩き回った。すれ違っている可能性も低いと思う。

 あと、行ってないところは……。

「そうですっ! 学校! 最後に学校に行ってみましょう!」

 そっか、学校!! 学校の周りは歩き回って探したけど、肝心の学校にはまだ行ってなかった。

「確かに学校はまだだったね。じゃあ、学校に行っていなかったら帰ろう」

「はい!」


「ああーっ!」

 学校の玄関についた瞬間、二二ちゃんが大きな声を出した。

 び、びっくりした。何なの!?

「未申ちゃん、これっ!」

 二二ちゃんは方位磁石もとい、物の怪発見マシーンを私に突き出した。

「何かすっごくグルグル回ってる」

「はい、これは強い物の怪が近くにいるという証拠です」

 物の怪発見マシーンの針はしばらくグルグル回った後、右を指してピタッと止まった。

「あっちに行ってみましょう!」

 二二ちゃんはだっと駆けだした。流石、五十メートル七秒台。速い。

 私も全力で追いかけるけど、二二ちゃんとの距離はなかなか縮まらない。

 走って、走って、走って、校舎裏の一角で二二ちゃんはピタッと足を止めた。

「ここらへんみたいですね」

「本当にここなの? 何にもいないじゃん」

 グルーッと一周周りを見ても、特に変な場所はない。

 マシーンが壊れてるとしか思えない。

「あれ? 二二ちゃん……それに未申ちゃん……?」

 後ろから、どこかで聞いたことのあるような声がした。

 振り向くと、そこにいたのはまみちゃんだった。

 顔は白いというより青く、目の下にもクマがあってすごく体調が悪そうだ。

「まみちゃん、大丈夫なの?」

「うん。今日は歩けるから、お休みだけど学校に来ちゃった」

 そうはいっても、やっぱり具合が悪そうだった。

「こんな何もない校舎裏に何の御用があるのですか?」

「……お墓参りだよ」

「何のですか?」

 まみちゃんは地面を、ううん地面の上に置かれている、鶏の置物を指さした。

「コケコとミケとチャコとルルの。去年まで学校で飼ってた鶏のお墓参り」

 まみちゃんの右手を見ると、花束を握っていた。

「二二ちゃん達は?」

「二二達は追いかけっこしてただけです」

 二二ちゃんはニコッと笑ってさらっと嘘を吐いた。

 手慣れてるなあ……。

「にしても休日にわざわざお墓参りに来るなんて、すごく鶏さんたちが好きだったんだね」

 そう言うと、お墓の前にお花を置こうとしていたまみちゃんの手が一瞬ピタッと止まった。

「まあ、うん、そうだね……」

 あ、しまった。悲しいことを思い出させちゃったかな?

「……だって私のせいだから」

 まみちゃんがボソッと小声で何か呟いた。でも、小声すぎて聞き取れなかった。

「えっと、何か言った?」

「何でもないよ。私、飼育係だったから。お世話してた子のお墓参りするのは当然だよ」

 まみちゃんはお墓に手を合わせて、しばらく目をつぶった。

「じゃあ、私は帰るね」

 弱々しく立ち上がると、まみちゃんは手を振って帰って行った。

「うん、気を付けて」

 私は手を振り返す。大丈夫かなあ、まみちゃん。

「未申ちゃん」

 まみちゃんの姿が見えなくなった所で、二二ちゃんは私の服の袖をつまんだ。

 振り向くと、物の怪発見マシーンを突きつけられた。

 カチャカチャとマシーンを揺らすとともに針も揺れる。さっきみたいに一方向を指してるわけでもないし、グルグル回っているわけでもない。

「霊具の反応が消えました。今日は帰りましょう」

「うんそうだね。かえ——」

   グウウ。

「敵っ!?」

 突然鳴り響いた低音に、私はとっさに身構えた。やっぱり近くに何かいるんじゃ……!

「……帰る前にお昼ご飯を食べましょう。さっきのは、に、二二のお腹がお鳴り申し上げた音でございますです」

 コホンと、二二ちゃんは真っ赤な顔で咳払いした。



 学校で食べるのも何だから、近くの大岩公園のベンチでお弁当を食べることにした。

「あ、そう言えば私お弁当持ってきてない。ちょっと何かコンビニで買ってくるね」

「待ってください。その必要はありません」

 二二ちゃんは背負っていた大きなリュックの中から、大きな風呂敷を取り出した。

「……例によって例のごとく、お兄ちゃんが過保護すぎて大きすぎるお弁当を作ってきたので」

 風呂敷から出てきたのは、いっそ運動会でしか見かけないような大きさのお弁当箱だった。

 というか、これはもはや手の込んだ嫌がらせでは? っていう域だ。

「お願いします。むしろ食べてください」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 私は二二ちゃんの隣に座る。

「「いただきまーす!」」

   パカッ。

「うわぁ! 美味しそう!」

 二段弁当の一段目はおにぎり、二段目はからあげや煮物、ミニトマトなど様々なおかずが詰まっていた。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 二二ちゃんから箸を受け取ると、私はさっそくからあげをつまんだ。

「何これ超美味しい! 御桃さんすごいね」

「そうでしょう、そうでしょう」

 御桃さんをほめたはずなのに、何故か二二ちゃんは誇らしげに胸を張る。

「お兄ちゃんは歴代の菖蒲家の中でもずば抜けて強くって、かっこよくて賢くて料理も出来て。過保護なとこ以外はまさに完璧なのです」

 嬉々としてそう語る二二ちゃんを見てちょっとうらやましいなと思った。

 私は一人っ子だから、兄弟がいる生活ってどんななのかなーって。

「あれ?」

 ミニトマトをほおばりながら、二二ちゃんは物の怪発見マシーンを手に取って、じっと見つめた。

「どうしたの?」

「……またグルグルし始めました」

「でも何にもいないよ? やっぱ、壊れてんじゃない?」

「おかしいですね……最近の点検では故障してる所はないと出たはずなんですが」

 二二ちゃんは首を傾げてうーんとうなった。


   ゴゴゴ。

 その時変な音と共にいきなり足元が揺れた。

「地震!?」

   ゴゴゴゴゴゴゴ。

 そう思ったけど、違う。遠くの木は揺れてない。揺れてるのはこの近くだけ。

   ゴゴ、ガガガ、ゴゴゴゴゴ!

 ひときわ大きな音と共に、地面に大きな穴ぼこができる。

 ずずずとその穴ぼこはどんどん大きくなっていく。

 ある程度の大きさになった所で、ぴたっと揺れは収まった。


「………………クォォォォオオオオオケコッコォォオオオオオオオ!」


 けたたましい鳴き声と共に穴の中から二メートルぐらいの巨大な鶏が姿を現した。

 いやせめて。せめて、だよ。


「鳥類ならせめて空から来やがれ!! あとごはん時に来るんじゃねえっっっ!!」

 私は思いっきり目の前の鶏に向かって全力でパンチを叩きこんだ。


「キェェェェェ………………」

 鶏は弱々しい声を上げると、消えた。

 ふう。これでよし。

 何かびっくりしすぎてよく分からないことを叫んだ気もするけど、結果オーライオーライ!

 これが、先手必勝ってやつなのだ!

 後ろを向くと、二二ちゃんはベンチに座ったまま固まっていた。

「………………正直言って鶏さんより未申ちゃんの方が怖いです」

「——今何て?」

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