第7話 VS 巨大な鶏さん!
「——杏夜くんのお話の中で気になる点がありまして」
結局あの後、杏夜くんの都市伝説話は五時まで続いた。もう完全下校時刻だ。
私は下駄箱で靴を履きながら、目を丸くした。
「まさか、アレ全部聞いてたの?」
尋ねると、二二ちゃんは当然ですけどというような顔をした。
マジか、すごい。
「鶏さんのお話なんですが」
「ごめん、覚えてない。どんな話だっけ?」
「高さ二メートルの鶏さんが出没するというお話でした」
「何それ怖すぎじゃん!」
そういえば、そんな話をしていたような、していなかったような?
「今のところ人を脅かすだけみたいです。害も大したことが無くて優先度が低いから、お父様やお母様お兄ちゃんも放っておいているのでしょう。弱い動物の浮遊霊だと思うので、サクッと倒しに行きましょう!」
「え、今から?」
「はい、目撃証言が集まっているのも北東小から近い大岩公園らしいです。ちょっと寄り道して帰るだけですよ」
「まあ、いいけど……」
私はしぶしぶ、二二ちゃんの提案を受け入れた。
大岩公園は、本当に北東小のすぐ近くにあった。徒歩八分ぐらい。
「着いたけど、鶏なんて居なくない?」
私は辺りを見回す。あるのはすべり台、ブランコ、ジャングルジム、そしてまたすべり台、小さなすべり台、また小さなすべり台——ってこの公園どんだけすべり台があるのっ!?
「今日はいないみたいだし、帰ろうよ」
そう言って、右隣にいる二二ちゃんの方を向くと、何だか二二ちゃんが暗かった。
「そんなはずはないのですが……」
表情が、ではない。物理的に。
二二ちゃんの真後ろにいる二メートル超えの鶏の影が落ちて、暗かったのだ。
『コ…………』
「で——」
『コケッ、コッ、ココッ、コケェェェェエエエエエエエッッッ!!』
「でたぁああああ」
私の叫び声と同じタイミングで、二二ちゃんはノールックで星形の髪飾りを後ろに投げた。
『ぎぇええええい!』
呆気ないほどに、鶏はその場で悲鳴を上げてすぐに消えてしまった。
「やりましたかね?」
「二二ちゃんが今フラグを立てた以外は、完璧にやっつけたように思えるけど」
「それでは、これで一安心ですね!」
「そうだね……というか、私いらなくなかった?」
「申し訳ないです。つい反射的に倒してしまいました」
「いや、別に。倒したかったわけじゃないし」
公園を去る私達は、この事件が終わっていないことに気が付かなかった。
——翌朝。
ふわぁと私は大きなあくびをした。春らしい暖かな日差しと気温は眠気を誘う。
窓の外を見ると、晴れた空の下でちょうどうぐいすがホーホケキョと鳴いた。
うーん、平和だなぁ。私も、二二ちゃんが一緒にいたおかげか今日は物の怪に追いかけられなかったし。
ガラガラガラッ!
そんな私の平穏は急に崩された。
「で、でたぁあああ!」
クラスに、活発そうな男の子がドアを勢いよく開けて転がり込むかのように入ってきた。確か、佐野君だっけ。
「佐野、どうしたんだよ」
クラスの男子の何人かが佐野君に話しかけた。
「顔真っ青だぞ、お化けでも見たのか?」
「そうだよ!」
「はあ?」
その場にいた何人かが首を傾げる。
佐野君は手をまっすぐ上に挙げると、こう言った。
「こ、こんなに背の高い鳥の化け物が追いかけてきたんだ!」
「ウソつけ、他に見たやつはいるのか?」
「佐野のとこだと、杏夜が同じ登校班だよな。なんか見たか、杏夜」
杏夜くんはいつの間にか教室の入り口まで移動していた。
「今日、佐野君は集合時間に来なかったから置いて行ったよ。だから、僕も同じ班の班員も、誰も鳥のお化けは見ていない。というか、見たかった! 見たい! ズルいよ佐野君! どこにいたのそのお化け!? 今行けばまだ間に合うかも!」
食い気味な杏夜くんの反応に、クラスみんながやや引いていた。うーむ、イケメンなのにそこはかとなく残念だ。
そんな杏夜くんの気迫に負けてか、佐野君は困惑しながらも口を開く。
「学校の裏門の近くだよ、僕が見たのは」
「ありがとう! 行ってくる!」
「杏夜やめとけ。もう朝のホームルーム二分前だぞ」
誰かがそう声をかけたけれど、杏夜くんは目にもとまらぬ速さで走り去ってしまった。
「だめだ鈴木。ああなった杏夜は誰にも止められない」
「そうだな……」
あれが通常運転なんだ……え? 転校初日に見たちょっとだけ可愛い杏夜くんは、実は別人だったりする?
と、半ば放心状態になっていると、誰かに方をツンツンとつつかれた。
「未申ちゃん、いきますよ」
つついたのは二二ちゃんだった。二二ちゃんは小声で私に話しかけると、腕を引っ張ってどこかに連れて行こうとした。
「どこに? もうすぐ朝のホームルーム始まっちゃうよ」
「もちろん、杏夜くんを追いかけにですよ! 佐野君の言っている『背の高い鳥の化け物』が気になります」
「気になるって?」
「昨日倒したはずの鶏さんに特徴が似ているじゃないですか! もし同じだったら倒せてないって事になりますから!」
「いやぁ、それはないでしょ。別の物の怪か、もしくは佐野君の見間違いじゃないの?」
「そうかもしれませんが、念のため行きましょう!」
二二ちゃんに引っ張られるまま私は裏門へと向かった。
「わぁああ! すごーい! 初めて見たっ! 僕、霊感が無いのかどんないわくつきの場所に行っても何も出なくって!」
裏門につくと、そのまさか! 昨日と同じ大きな鶏がいた。
杏夜くんはというと、鶏の物の怪の目の前で目を輝かせていた。
「これ実体とかあるのかなあ!?」
そして、気づくと触ろうとしていた。
こ、怖いもの知らずにもほどがあるってば!
「あぁぁあああぁああ、杏夜くん!?」
あわてて杏夜くんの腕をつかむ。
「どうしてとめるの!?」
「どう見たって危ないでしょ! こんなのに近づいちゃ!」
「いーやーだー! だってこんなチャンス二度と来ないよっ! 僕、ほんっとうに霊感ないんだから! 後生だから、近くで観察させて!」
駄々をこねる杏夜くんを鶏のそばから引き離す。あんまり力が無いみたいで、結構簡単だった。
……私が怪力なわけじゃないよ? 杏夜くんが非力だったの!
「なんか変ですね」
うーんとうなりながら、二二ちゃんは腕を組んだ。
「どうしたの?」
「鶏さん、前のより強いです」
「戦ってないのにそんなこと分かるの?」
気配とかだろうか。すごいな、さすが本職。
「物の怪って、見える人と見えない人がいますよね。霊感のある人は見えるし、ない人には見えない。だけど、霊感のない人でも強い物の怪は見ることができます。前の鶏さんは目撃証言が少なそうでしたので、そこまで強くなかったのだと思われます。杏夜くんは、その、えーっと、相当霊感が無い方でして」
「——そんなっ!?」
杏夜くんはがっくりと膝から崩れ落ちた。
「ええ、下手するとマイナスといいますか」
「霊感にマイナスとかあるの!?」
「うーん、霊力が無さ過ぎてむしろ物の怪が寄ってこないのではないかと」
「うぅ、なんでだー!」
二二ちゃんの容赦ない言葉に杏夜くんは地面をだんだん叩いた。
「とにかく……その杏夜くんにも見えているということは相当強い物の怪になっているかと思われます。さあ、未申ちゃん出番です! とりあえず一発ぶち込んできてください!」
ええー……。やだなー、そんな強い奴と戦うの。
とその時、今にも鶏の方へ駆け出しそうな杏夜くんが目に入った。
あ、これ私が倒さないと杏夜くんが危険だ。
「しょ、しょうがない! 手早くやっつける!!」
「さすが天才未申ちゃんです!」
「もう一声」
「神童未申ちゃんですっ!」
二二ちゃんの声援を受けて私はダッと鶏の方へ駆け出した。
鶏も黙って突っ立ているだけじゃない。コケェエと大音量で鳴いたかと思えばぱかっと口を開いた。
何、するんだろ。
目を細めて口の奥を見ていると、チカッと、眩しい赤色の光が漏れ出ていた。
「うわ、マズいっ!」
鶏の口から出てきたのはやっぱり赤々と燃える炎だった。
何で鶏の口から炎が出るの!? おかしいでしょ!!
間一髪、右に跳んで避けられた。
「よ、よかったぁ……」
「未申ちゃん、また来ます!!」
「えぇえっ!?」
安心したのもつかの間、鶏を見るとまた口を開けていた。
赤い火花が散った後、ワンテンポ遅れて炎が放たれた。
『コケッコォォオオオオオ!』
「えいやぁ!」
今度は左に避ける。鶏の首の向きを見れば攻撃の方向が分かるから、避けるのはそんなに難しくない。けど普通に怖い!!
それに避けてばっかりじゃ、永遠に攻撃できない!!
「……タメの時間があります」
「タメ? 同い年?」
「違います。『溜め』、ゲームとかでもよくあるやつです。あの鶏さんの攻撃は、『口を開ける』→『火花が散る』→『炎を放つ』の順番になっています。口を開けてから炎を放つまで二、三秒の時間があるんです!」
「二、三秒でどうしろって言うの?」
「その隙に近づいてください! 一回で近づききれなかったら『だるまさんが転んだ』みたいに何回か続けましょう!!」
「ええっ!?」
そんな無茶な——いや、そうでもないかも?
あの鶏と私との距離は大体十メートルぐらい。私の五十メートル走の記録はざっくり八秒だから、十メートルは一・六秒。全速力で行けば行けなくもないかも?
「分かった。やってみる!」
そういった直後に鶏の口が開いた。
——今だっ!
私はこれまでの人生で一番ってくらいに全速力で駆け出した。
鶏との差はぐんぐん縮まっていく。
よし、これならっ————。
『コケェエエエエエエッ、コォオオオッ!!』
あと一歩、というところで鶏が飛んだ。
飛んだ?
あ、そうか。
鳥だから飛ぶんだ。
いや、飛ぶなよっ!!
「危ない!! 未申ちゃんっ!」
二二ちゃんの焦った声が聞こえる。
上を見ると、炎が目前まで迫っていた。
やばい、避けきれないっ!
とっさに腕で顔を覆い目をつむる。
「……あれ?」
だけど、想定していた痛みは来なかった。
『コケェェエェ…………!』
上にいる鶏に、見覚えのある星形の髪飾りが刺さっていた。
「はあ、はぁ……だい、じょうぶですか、未申ちゃん……?」
後ろを見ると、二二ちゃんが息を切らしていた。
すごい。十メートル以上先から投げて当てるなんて。
「うん、ありがとう二二ちゃ——」
『コケェエエエエエエエエエエエエエエエ』
お礼を言いかけた瞬間、すぐ上で耳をつんざくような鳴き声が響いた。
「えっ! 倒せてないの!?」
「渾身の一撃だったのですが、浅かったみたいです」
どうしよう、降りてこない限り攻撃できないし……。
「未申ちゃん、二二の言うとおりにしてみてください」
「何か作戦があるの!?」
「作戦ってほどではないんですけど……」
二二ちゃんは私の眼をまっすぐ見てこう言った。
「全力であの鶏さんに向かってパンチしてください」
「いや、でも、届かないよ!」
「大丈夫です。未申ちゃんのパンチは届かなくても、そのパンチに乗せられた霊力は届きます」
「本当にうまくいくの?」
「多分、おそらく、大丈夫だと思われます」
「はっきりしてよ!」
といっても、他に方法はない。
腰を落として、両手を強く握る。一回深呼吸すると、私は叫びながら天高く拳を突き上げた。
「ああ、もう何だかよく分かんないけど、どうにでもなれぇえっ!!」
突き上げた拳から、すごい勢いで何かが出ていくのを感じる。もしかして、これが霊力ってやつ?
『コケェ…………』
その『霊力』が鶏に当たり、鶏は消えた。確かな手ごたえがあった。倒せた、はず。
私はその場にへなへなと座り込んだ。
し、死ぬかと思った。
「お疲れ様でした」
いつの間にか二二ちゃんは私の近くに来ていた。
パチパチパチと拍手をすると、二二ちゃんは笑顔でこう告げる。
「霊力コントロール基礎、マスターですね!」
そんな二二ちゃんを見て、私はハアとため息を吐いた。
まだ『基礎』かあ。
中級も上級も発展編も今すぐにクリアして、もうやめたい。こんな危ない事。
ちなみに、朝のホームルームには普通に遅刻したので怒られた。
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