第6話 私の人生に普通のイケメンが登場するわけない

「それで二二ちゃん。修行って言ってもいつから、何をすればいいの?」

「そうですねぇ……。まず、とりあえず…………」

 二二ちゃんはポケットから一枚の紙を取り出した。

「退魔士見習い体験コースです!」

「はあ。で、具体的には何をするの?」

「移動しながら話します。ついてきてください」

 とりあえず、言われるまま二二ちゃんについて階段を下っていく。

「どこに向かうの?」

「校舎裏です」

「何で!? なに……え、えっ? 告白? けんか? どっち?」

「校舎裏のイメージがちょっと偏ってませんか? どっちでもないですよ」

 玄関のドアを開けて、校舎を出る。

「杏夜くんを校舎裏に呼び出しました。先日の物の怪は、もとはと言えば杏夜くんがこっくりさんを始めたから起こったことです。ですので今から杏夜くんに、『物の怪に首を突っ込むな』って言いに行きます」

「それって退魔士とは何の関係もなくない?」

「いいえ、これも立派な退魔士のお仕事です」

 二二ちゃんは真剣そうな顔で私の眼をじっと見つめる。

「退魔士が処理する物の怪がらみの事件っていうのは、大半が人間の自業自得で起こるものです。意味ありげなお社を壊したりだとか、心霊スポットに行ったりだとか、怪しい儀式をしたりだとか。そういうのです。人間の方をどうにかすれば、少しでも事件を防げるかもしれませんから」

「……そうだね」

 そうこう言っているうちに校舎裏についた。

 ふわふわで亜麻色のきれいな髪にすらっとした立ち姿、杏夜くんの後ろ姿が見える。

 そっと近づくと、杏夜くんは誰か来たことに気が付いたようだった。

「ごめん、今は恋愛とかに興味ないんだ!」

 と、いきなり杏夜くんがそんなことを口にした。

 完全に、告白されると勘違いしてる!? いったいどんな文面書いたの、二二ちゃんっ!

「あのっ」

「でも、その気持ちはうれしいよ」

「杏夜くんっ!」

「だからお友達になってくれたら——ん?」

 杏夜くんはようやく振り向く。

「え……? 二人いる……? どういうこと——あ、告白じゃなくて別の用件……。あ、あああぁ……、い、今のは聞かなかったことに……なる、かな?」

 杏夜くんは胸の前で手をバタバタさせながら後ずさり、段差にガタッと引っ掛かって危うく転びかけた。

「っとと、危ない危ない。ふー、セーフセーフ。あ、これも含めて全部見ななかったことにしてくれたりする?」

「っはは、ちょっと難しいかも」

 杏夜くんは恥ずかしそうに顔を背けた。

「だよなぁ。せめてみんなには言わないで」

「うん」

「ありがと」

 杏夜くんはにこっと微笑んで軽くお辞儀した。

 イケメンだけどちょくちょく可愛いよね。

 まるで、少女漫画に出てくる正統派王子様みたい。

 ……杏夜くんが退魔士修行の同行者ならモチベーションがちょっとは上がるのになあ。

 私は隣の、ヘンテコ白ツインテール残念美少女をちらっと見る。

「未申ちゃん、何か失礼なことを考えていませんでしたか?」

「ソンナコトナイヨ」

「あ、そうだ! そういえば、何の用?」

 思い出したように杏夜くんはパチンと手を叩いた。

「そうでした。二二達は杏夜くんにお話があるのです」

 二二ちゃんは一歩だけ杏夜くんに近づく。

「杏夜くん、こっくりさんは危険です。杏夜くんには被害がありませんでしたが、あの後未申ちゃんはちょっと怖い目に遭ったみたいです。金輪際やらないでください」

「……うん、こっくりさんはもうしないよ。ごめんね清水さん」

 神妙な顔で杏夜くは頷き、私に頭を下げた。

「あと、杏夜くん。昨日見たことを、みんなに内緒にしていただけますか?」

「昨日、見たこと……? 何のことかな?」

 杏夜くんと私は同時に首を傾げた。

 何の事だろう?

「二二が未申ちゃんを追いかけて教室を出た後、こっそりつけてきてましたよね?」

「えっ、そうなの!?」

 あのバトルを見られてたってこと、全然気づかなかった。

 杏夜くんの方を見る。

 少し間をおいて、杏夜くんは口を開いた。

「本当は、見なかったことにしようと思ってたんだけど」


「あの後ついていったら、『何か』と戦っている二人がいて、その『何か』は僕には見えなかったけど、菖蒲さんの髪飾りが宙に刺さったままだったりしたから確実にいるんだなって。二人とも僕には見えない何かと戦ってるんだなと思って」


「そっか、やっぱりそうだったんだね……!」

 杏夜くんはこらえきれないように、口の端をにやりと上げた。

「やっぱり菖蒲さんと清水さんは秘密組織『ダークドラゴンズ』の一員だったんだね」

「「へ?」」

 珍しく、私と二二ちゃんの声が重なった。

「あ、杏夜くん『ダークドラゴンズ』って……?」

 何その絶妙にださい名前の組織。

 全くもって心当たりがない。

「知らないふりなんてしなくてもいいよ。だいじょーぶ、僕は全部分かってるから。『ダークドラゴンズ』は日本に現れる妖怪とか怪物とか幽霊とかを人知れず退治して日本の平和を陰から守る組織……。厳しい規則ゆえに一般の人にその存在を知られてはいけない、うんうん。分かってるよ」

「あの、すみません。菖蒲家はかなりローカルな退魔士ですので、そういった全国規模の組織はよく分からないのですが——」

 二二ちゃんは困ったようにそう言う。

 『ダークドラゴンズ』。そういえば、そんな都市伝説があったような気がする。

 杏夜くんはその都市伝説にある組織に私たちが入っていると勘違いしてるんだろう。

 なら、ちょっと話せば誤解は解けるはず!

「確かにこの町で怪奇現象なんてめったに起こんないのに、最近はちょっと変な噂も聞くし……きっと藍苺町の『気』が乱れているんだよね。だから菖蒲さんだけじゃ対処しきれなくなって、清水さんが呼ばれたんだろ? 転校してきたのもそれが理由」

「いや、普通に親の転勤だよ?」

「そっか……分かったよ」

 よかった、ようやく落ち着いて話が。


「表向きはそういう事にしてあるんだよねっ!」


 何が『分かったよ』だ! 何も分かってねぇ!!

 というか、別に害ないしこの誤解解かなくてもよくない!?


 さあて、さっきの発言を取り消そう。正統派王子様? あはは、何それ。

 テンションマックスになって都市伝説を語りだした杏夜くんをぼーっと見ながら私は思う。


 まあ、うん。いやぁ……、まあ。

 人生ってこんなもんだよね。いつもこんなんだよ、私の人生はっ!!

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