第3話 退魔士菖蒲二二(あやめ にに)、参上!!


   シュッ!


 誰かの声と共に、私の顔のすぐ横を何かが飛んで行った。

『ぐああ!』

 その何かはこっくりさんに刺さった。こっくりさんは声を上げるとそのまま倒れた。

 私はこっくりさんから急いで離れる。た、倒せたのかな?

 あれは、星の飾り? どっかで見たような……?


「最強退魔士(予定)の二二が来たからには、人に悪さはさせません!」


 声のした方を見る。絹みたいな白いツインテールが光にきらめく。

 すなわち、菖蒲ににちゃんだった。

「えっ、えっ!?」

 ににちゃんは星の飾りをヘアゴムから取り外し、手に持つ。

「に、ににちゃん……?」

「はい! 二二は菖蒲二二あやめににですっ! 漢数字の二を二回書いて『にに』。カタカナではないのでそこはよろしくです!」

 二二ちゃんは、こっくりさんと私の間に入る。

「た、倒せたのかな?」

「通常、物の怪は倒せば消えますので」

 ほら、と二二ちゃんはこっくりさんを指差す。こっくりさんは呻きながら立ち上がっているところだった。

「うわあっ!? まだ倒せてない!?」

「ですね。さて、と。二二はこっくりさんの攻略法を見つけました! でも、それには未申ちゃんの協力が必要です! 協力してくれますか?」

 二二ちゃんはニコッと笑う。

「未申ちゃんは、二二の合図でパンチしてください」

「でも、こっくりさんにパンチは効かないよ!?」

 二二ちゃんはにっこりと笑みを浮かべる。

「いいえ、未申ちゃんのパンチは当たります。絶対に」

 私の目をじっと見つめて、二二ちゃんは真剣な声色でそう言った。

 本当に当たるのかもしれない。

 私は手を握って準備した。

「それじゃあ、行きます!」

 二二ちゃんはこっくりさんを大きく飛び越える。二二ちゃんと私はこっくりさんを挟んで向かい合う形となった。

「さあて、こっくりさん。そっちの子じゃなくて、二二を狙うのはいかがですか?」

『おまエじゃなクテそっちのヤツの方がイイ! オまえはマズそうダ!』

「いや、私美味しくないよ! 激マズだよ、多分!」

 そんな叫びを否定するように、こっくりさんは私の方をちらりと見る。

「フラれてしまいました。悲しいです」

 二二ちゃんはさっきヘアゴムから取り外した星の飾りを手裏剣のように構えた。

 そっか、さっき刺さった星の飾りってアレだったんだ!

「でも、これは嫌ですよね?」

『ッ!!』

「次も外しませんので」

 その言葉を聞くなり、こっくりさんはバッと動く。

 次々と繰り出される攻撃を、二二ちゃんは華麗に避けていく。

 す、すごい……!

「そろそろですかね……、準備してくださいっ!」

「うん、分かった」

 二二ちゃんは私の目の前に立ち止まった。

 その隙をこっくりさんが逃すはずもない。

 こっくりさんの腕が振り下ろされる。その鋭い爪が、二二ちゃんに迫る。

「あ、危ない!」

   シュッ!

 間一髪と言うところで、二二ちゃんはどうにか攻撃を避けた。

 予想外に攻撃が外れたせいか、こっくりさんの動きが少し鈍くなる。けど、すぐに二二ちゃんに二撃目を食らわそうとする。

「今ですっ! 未申ちゃん頼みましたっ!!」

「せいやぁあああっ!」

   バンッ!

『グアア!』

「あ、当たった……!?」

 確かな感触。必殺パンチが当たった。

「やりました! すごいです未申ちゃんっ!!」

 こっくりさんは悲鳴を上げると、消えていった。

「さっきは当たらなかったのに……」

「それは二二が説明しましょう!」

 二二ちゃんはぐっと私に近づいた。

「確かに、一回目のパンチはこっくりさんに効きませんでした。しかし、教室ではこっくりさんに触れて、杏夜くんへの攻撃を防ぐ事ができました。つまり、こっくりさんには『触れられるときと触れられないときがある』という訳です」

「触れられるときと触れられないとき……?」

「条件はとぉーっても簡単です!」

 こっくりさんに触れられたときと触れられなかったときの違いを思い出してみる。

 うーん、分からん。

「実体を無くすのは相手からの攻撃を防ぐため、つまり防御です。でも、相手に攻撃しようとするとき、実体がなくては攻撃できません。つまり、こっくりさんは攻撃モードでは実体あり、防御モードでは実体なしとなるのでしょう」

「なるほど……」

「こっくりさんの攻撃は爪と牙です。攻撃パターンが分かったので、わざと動きを緩めて罠にはめました。タイミングピッタリでしたよ、未申ちゃん!」

 パチパチパチと二二ちゃんは拍手をした。

 て、照れるなあ。

「えへへ、それほどでも」

 頭をかきながら、ふと気が付く。



「っていや、ちょっと待って!! 二二ちゃんって何者!?」



 こっくりさんという危機が去ったからだろうか、いきなり冷静になる。

 何かその場のノリに流されて共闘した気がするけど……改めて思うと二二ちゃんって何者!?

「先ほど申し上げたように、最強退魔士(予定)の二二ですっ!! 菖蒲家は退魔士の家系なのですっ!」

 退魔士——魔を退ける士?

 安倍晴明とか、蘆屋道満とか、不思議な力を使って妖怪とか幽霊とか鬼とかを退治する人って事なのかな? そんなの現実にいるの?

「陰陽師ってこと?」

「うーん、ちょっと違いますねぇ」

 二二ちゃんは腕を組んで、んんーと唸った。

「二二のご先祖様はお侍さんだったんですけど、ちょっと重要な書類を無くしちゃいましてお仕事をクビになったらしいです。路頭に迷ってこの町に来たら妖怪退治を頼まれて、無理だろって思ったけどやってみたら意外とできたから、その後妖怪とか幽霊とか鬼とか、まあそう言う類いの奴らを退治するお仕事を始めたらしいです。その後菖蒲家に生まれてきた子供もみんな霊力を持ってたので、そのお仕事を家業として続けています」

 どうしよう。安倍晴明の子孫の末裔とか、妖怪とのハーフとか言われるよりも変に現実味がある。

「とは言え、それが始まったのは江戸時代ですし、始めたのも陰陽師やお坊さん——いわゆる本職の方ではなくお侍さんでしたので、複雑な術を使って退治するとかではなく有り余る霊力で殴って退治するのがほとんどですね。ロックな物の怪退治です」

「脳筋……」

 と呟いたら、それブーメランですよと返された。

「コホン。まあ、そんな訳で陰陽師ではないですけど、不思議な力で妖怪や幽霊、鬼——人ならざるモノ、物の怪モノノケを退治するって点はあっています」

「うん、なるほど。分かった。助けてくれてありがとう。これからも危ないときは助けてくれると嬉しいな。じゃあ、またあし——」

   ガシッ。

 手を振って教室に戻ろうとすると、いきなり服の裾を掴まれた。

「未申ちゃんはすばらしいです。特別な家系というわけでもないのに、何もしなくても物の怪が寄ってくるほど類い稀な霊力!」

「あいつらが寄ってくるのってそのせいなの!?」

「ええ、そうです! 霊力を持つ人間は物の怪にとってこの上ないごちそうに見えるそうです」

「まじか……」

「その才能を見込んでお願いがあります」

「何……? というかそろそろ離してくれない?」

 そう言っても二二ちゃんは離してくれなかった。それどころか、じりじりと迫ってくる。

「二二と一緒に物の怪退治をしてください!」

「嫌だ!」

 いや、だって嫌だよ。あんな奴ら——しかも二二ちゃんの話が本当だと考えると、私を食べようとしているような危険な奴らと関わりあうのなんて嫌に決まっている!

「何故ですか!?」

「怖いし危険じゃん!」

「大丈夫です」

 二二ちゃんは胸を張って答えた。

「未申ちゃんの霊力なら、特に何も考えず殴り続けるだけでも大抵の物の怪は手も足も出ませんから! さっきみたいなちょっと頭を使わないといけないような相手の攻略法は二二が考えますしね! 二二も協力しますし、怖くもないし危険もないです!」

 『カミサマ』クラスの物の怪が来ない限りは大丈夫ですと自信満々に二二ちゃんは、ニコーッと笑いながら語り続ける。

 確かに危険は少ないかもしれない、けど……。

「でも、やっぱり……私は——」

「お願いします! 二二はどうしても!! お兄ちゃんに並ぶような最強退魔士になりたいのです! ならなきゃいけないのです!!」

「いやっ、でも——」

「そうおっしゃらずに!」

「そうは言っても——」

 どちらも引かない攻防戦は五時のチャイムが鳴るまで続いた。

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