第2話 VS こっくりさん
杏夜くんはランドセルから紙と十円玉を出すと机の上に置いた。紙には五十音と鳥居の絵が書いてある。紙の端は折れているし、インクが水でにじんでいるところもある。本当に使い古されている感じだ。何回もやったっていうのは本当らしい。
十円玉に指を乗せる。
「「こっくりさん、こっくりさん。おいでください。もしおいでになられましたら、『はい』へお進みください」」
十円玉は——スゥッと「はい」へ動いた。
「やった! 動いたっ!」
左手で小さくガッツポーズをして喜ぶ杏夜くんとは反対に、私の背筋には寒気が走った。嫌な予感がする。
ふと足もとを見ると黒い霧がず、ずずと杏夜くんの机に集まってきている。
それは、机のすぐ下まで来ると垂直に上ってきて、十円玉の近くに集まった。
バァン!
何かがはじけるような音と共に霧が晴れる。霧の代わりにその場にいたのは、天井まで届くぐらいの大きなキツネ……みたいな怪物だった。
ウワッと思わず声を出しそうになるのをこらえる。呼んでもないのに襲ってくるヤツらとは違って、経験上、こっくりさんみたいな呼び出す系は目を合わせたり、声を出したり、とにかく見えていることがバレなければ基本的に手を出してこない……はず。
『見エてる……?』
ノイズの混じったような、低い声で怪物はそう言った。
見えてません、見えてません。
心の中で必死に訴えながら、怪物と目が合わないように十円玉をじーっと見つめる。
「清水さん、何か質問してみてくれる?」
「う、うん」
何にしよう……? 聞きたいことかあ。うーん、この状況じゃ集中できなくてなにも思いつかないよ。
あ、そうだ。
「まみちゃんは大丈夫ですか?」
怪物——こっくりさんが十円玉を動かす。
『い』
『ま』
『わ』
『き』
『お』
『つ』
『け』
『る』
『へ』
『し』
「いまわきおつけるへし」
声に出して読んでみる。多分、『わ』は『は』、『お』は『を』なのだろう。
こっくりさん。こんな一年生みたいな間違いするんだ、意外……。
この紙には濁点と半濁点が書かれてないから、その辺を考えると——。
「『今は気を付けるべし』……かな?」
今はちょっと悪いかもだけど、気を付ければこれから良くなるって事かな? 良かった。
「すごい、本当に答えてくれるんだ」
杏夜くんは目を丸くしていた。
「杏夜くん、こっくりさんに聞きたいことあったんだよね。聞いてみなよ」
「うん」
杏夜くんは十円玉に顔を近づけた。
「佐倉先生の抜き打ちテストはいつ始まりますか?」
「抜き打ちテストあるの!?」
「うん、去年も本当に法則が見えないぐらい不定期で毎日今日か今日かってヒヤヒヤしてた」
こっくりさんは十円玉を『5』、『2』、『0』に動かす。
5月20日ってことかな?
「やったまだまだ先だ! じゃあ次は——うわっ!」
「あ、ごめん杏夜」
その辺でふざけていた男子が杏夜くんにぶつかった。
「大丈——あ」
杏夜くんの顔から血の気がサーッと引いていく。今、十円玉の上に乗っかっているのは私の指だけだ。ぶつかられた衝撃で離しちゃったみたい。
「ど、どうしよう……。僕、呪われる……?」
「……だ」
大丈夫だよとは言えなかった。こっくりさんはウゥウウと禍々しいうなり声を上げて、杏夜くんを睨んでいる。
そしてその腕をルールを破った杏夜くんの首へと伸ばしていた。
危ないっ!
私は思わずこっくりさんの腕を掴んで、止めた。
『おまエ……』
こっくりさんはジジジとゆっくりこちらを向く。目が合ってしまった。
やらかした。
『おまエ、見えテるなアアアアアッ!!』
「ごめん杏夜くんちょっとトイレ!」
そう叫ぶと私は教室を勢いよく飛び出した。あああ、どうしようっ! 必殺パンチで倒す? でも誰かに見られたら、宙に向かってパンチしてる変な転校生になっちゃうよ! とにかく人のいないところに行かなくちゃ。
走って走って、ようやく人の少ないところを見つけた。
振り返ってこっくりさんとの距離を確認する。よし、大丈夫そうだ。
「ふぅー……セイッ!」
必殺パンチは、確かにこっくりさんに直撃する——はずだった。
私の右手が触れる直前、こっくりさんは最初に見た、あの黒い霧になった。
「うわぁっ!」
パンチがあたらなかったせいで、前に倒れ込む。
「なっ! 何それズルいっ!」
黒い霧は後ろに集まって、またキツネの形になる。
やばい、これ。パンチがあたらないならどうしようもないんじゃ……!
こっくりさんは唸りながら私に迫ってきた。まずい、逃げられない!
口を大きく開けて、牙を突き立てようとしたその瞬間——。
「
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