第1話 転校初日は問題ナシ! ……そうだよね?
「今日からこの五年二組の仲間になる清水未申さんです。入ってきてください」
ガラガラと教室の引き戸を開けて黒板の前に立つ。
担任の佐倉一郎先生は優しい先生だ。ちょっと遅刻したけど引っ越したばかりですから仕方ないですねと怒られなかった。
「おはようございます。清水未申です。未来の未に申告の申と書いて『みみ』って読みます」
クラスメイトを見回す。人数は大体三十人よりちょっと少ないぐらい。
「清水さんに何か質問がある人はいますか?」
はいはーいと元気のいい声と共に手が上がる。
「どこから来たの?」
「えっと、東京です」
「好きな食べ物はっ?」
「バニラアイスです!」
「趣味は?」
えーっと、神社巡りじゃちょっとアレだから……。
「お、音楽聞くとか……?」
そう言うと、クラス全体がざわめき始めた。
わ、私何か変なこと言ったかな?
「ねえねえ、なに聞くのっ!」
「J-POP?」
「洋楽?」
「アニソンとかっ?」
「一周回って演歌かも」
みんなが口にした質問に私はほっと胸をなで下ろした。
良かった、大丈夫そう。
「皆さん、時間がないからこの辺で切り上げますよ。続きは休み時間にしてくださーい。じゃあ、清水さん。そこの席に座ってください」
先生が指したのは、廊下側の端から二番目。その最前列。
ま、マジかあ……。めっちゃ先生から見える席じゃん。何なら教卓の目の前より見えるという噂すらある席じゃん。
席替えまでは我慢しようと思いながら、言われた通り席に着く。
「私は田野まみ。よろしくね、未申ちゃん」
左隣から声をかけられた。左隣の子は、長い髪を二本の三つ編みにした穏やかそうな女の子。
「あ、うん。よろしく」
そう返すと、まみちゃんはニコッと笑みを浮かべた。
な、仲良くなれそうっ!
そういえば右隣はどんな子だろうと思い、ちらっと見てみる。
右隣に座っている子も女の子だった。白い髪をヘンテコなツインテールにして星の髪飾りをつけている。夜空みたいに綺麗な黒い瞳はどこか遠くを見つめていた。名札は角度的に見えず、名前は分からない。
なんか不思議な子だなあ……。
「未申ちゃん、まえ、まえ」
ぼうっとしていると、まみちゃんがツンツンとつついてきた。慌てて前を向くとそこにはプリントを持った佐倉先生が立っていた。
「学年通信です。清水さん、話は集中して聞きましょうね」
「は、はい……ごめんなさい」
やんわり注意されてしまった。
う、うぅ……。
休み時間、私を待ち受けていたのは質問の嵐だった。
机の周りには人だかり。みんな興味津々って感じに目を輝かせて私を見ていた。
「ねえ未申ちゃん! 前住んでたとこってどんなとこ?」
「何かとにかく人が多かった、かな?」
「どうして転校してきたの?」
「親の転勤で引っ越すことになっちゃって」
「今見てるドラマとかある?」
「今はないけど、ちょっと前にやってた『解けない謎はない』ってミステリが好きだったかな」
「あ、分かるー、アレ面白かったよね」
次々と出される質問に当たり障りなく答えてく。
興味を持ってくれるのはうれしいんだけど、さすがにちょっと疲れてきたなあ。
そんなことを考えていると、私の目の前にいた女の子——絵里奈ちゃんが口を開いた。
「ねえ未申ちゃん!」
「何?」
「前の学校って、どんなとこだったっ? 友達とかどんな感じだったっ? やっぱり都会の子ってみんなおしゃれだったり頭良かったりするのっ?」
「前の、……」
——『前居た学校』。
その言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
『……化け物』
あの子たちの声がよみがえる。
「あ、えーっと……」
言葉に詰まる。
ずっと黙ってると、不審に思われそうだし……。
ここはどうにか、少しでも話題をそらそう。
「別に、特に普通の学校だったよ。私立だったから制服はあったけど」
「「「制服あったの!?」」」
みんなの声がそろう。
「うん。黒と紫のセーラー服みたいなやつ」
「え? 何それめっちゃおしゃれじゃん! さすが都会! いいなー、藍苺町の中学って全部『没個性!』なフツーのブレザーなんだよねー」
よし、と私は心の中で胸をなで下ろした。
みんなの興味が『学校の事』から『おしゃれな制服』に移った。
「あ、ところでさ、前の学校って何て名前の学校なの? 自己紹介でも東京の学校から来たとしか言ってなかったから、気になってて」
絵里奈ちゃんの質問第二弾に、私はさらにあたふたした。
うわあっ! せっかく話題それてたのに!
どうしよう、学校名は言いたくない。
前の学校で起こった私が浮くことになった原因の「事件」を思い出してしまう。
「あの事件」は、確か新聞にも載ってたし、ネットニュースにも載ってたはず。
……学校名を検索バーに入れれば一ページもせずに出てきちゃう。あの事件について知ってしまったら、私はまた——。
でも、言わないのも変だし、どうしよう!
この場を切り抜ける方法を教えてください、神様仏様雷様!
「ね、ねえみんな。そろそろ次の授業の準備した方がいいんじゃないかな……?」
必死で考えていると、誰かがそう言ってくれた。
か、神——!
私は顔を上げた。助け舟を出してくれたのは、どうやらまみちゃんらしい。
「えー、まだ休み時間終わるまで五分もあるよ」
「ほら、次体育でしょ? 更衣室もちょっと遠いし、みんなで未申ちゃんを案内しないと」
「あ、ホントだ! しかも次、体育館じゃなくてグラウンド!」
「おーいそろそろ女子でてけよー!」
みんな壁にかけてある体育着を取って、女子は外に出る。
男子は教室、女子は更衣室で着替えるみたい。
「あ、未申ちゃんこっちだよ!」
「うん!」
更衣室に向かう途中、私はこそっとまみちゃんにありがとうと呟いた。
「それでは、今日は五十メートル走とハンドボール投げをします」
三時間目の授業は体育。一学期はじめの方だから体力テストだ。
五十メートル走とハンドボール投げは体力テストの中でも得意な競技だ。
いつも逃げてるしパンチしてるからねっ(泣)!
出席番号一番と二番。さっきの白いツインテールの子と、二番の子は背が高い男の子だ。最初に走る二人がスタートラインに並ぶと、クラスが少しざわめいた。
「今年は何秒かな?」
誰かがそう呟いた。確かにあの男の子、背も高いし見るからに速そう。
「ようい……」
パン!
合図と共にバッと二人が走り出す。
は、速い!
予想に反して、ツインテールの子が背の高い男子をグングン越していく。
「やっぱ
「ににちゃんすごい!」
どうやら、出席番号一番——白いツインテールの子は「菖蒲にに」と言うらしい。「にに」って、どんな漢字書くんだろう?
「菖蒲7.6、伊勢8.0!」
先生がそう言うのが、かろうじて聞こえる。な、七秒台とか——速すぎる!
一組目が走り終わったから、次の次が私の番だ。
立ち上がって屈伸をしていると後ろでどさっという音が聞こえた。
後ろを振り返ると、まみちゃんが倒れていた。
「だ、大丈夫っ⁉」
駆け寄ってみると顔が真っ赤で暑そうだ。
「う、うぅ……」
四月とはいえ、今日は暑いし日差しも強い。もしかしたら熱中症かも……!
私は鉄棒の方へ走った。確かあっちは日陰だからみんなで水筒を置いたはず。
ズラーッと並んだ水筒の中からまみちゃんのを持つと、私は大急ぎで帰った。
「はい、これ水筒! 大丈夫、飲める?」
「ありがと……」
キャップを開けて水筒を握らせる。水を飲むと、少し落ち着いたようだった。
「田野さん、大丈夫ですかっ!」
保健室の先生かな? 先生が二人来て、ひとまずまみちゃんを日陰に連れていく。
私達も一度水を飲むように言われた。
しばらくして、まみちゃんは保健室に連れて行かれたようだった。
大丈夫かなあ……まみちゃん。
心配する私の横で、白いツインテールの子……ににちゃんは首を傾げていた。
「あれ…………じゃなく…………いの仕業……? にしては——」
校舎の方を見ながら真剣な顔で、ブツブツ何かを言っている。
どうしたんだろう?
「次、清水と志波!」
「は、はい!」
気になったけど丁度順番が来てしまった。
ににちゃん、やっぱり不思議な子だな。
はあー……。疲れたーっ!
帰りのホームルームが終わった直後、私は机の上にだらーんと倒れ込んだ。
転校初日は覚えることが多くて疲れる。ランドセルはどこに置くとか、クラスの係は何があるとか、他にも色々。それに、授業の進度も微妙に違って心配だ。
ちらっと、左隣を見る。あの後早退したみたいだけど、まみちゃん大丈夫かなあ……。
「ねえ、清水さん」
「ん?」
机の上に投げ出した腕をつついて、誰かが私に呼びかけた。
のそっと起き上がる。目の前にいたのは、クラスの男子の一人。前の学校でも見たことないくらいかっこいい。イケメンだ。
名前は、ええっと——何だっけ? 確か出席番号が前の方だから……うーん分かんない。名札を見る。そうだ、遠藤杏夜くんだ。
「放課後って時間ある?」
え? え? ええっ?
イケメンに放課後の予定を聞かれた。
イケメンに放課後の予定を聞かれた! (重要なことなので二回言った。)
「うん、え、えっと、どうしたの?」
そう答えると、杏夜くんはぱああと嬉しそうに笑った。
ま、眩しい!
「よかった! 実は付き合ってほしくて!」
付き合う⁉ って、いや、落ち着け落ち着け。
多分この「付き合う」は「恋人になる」じゃない。「一緒に来てほしい」の付き合うだろう。
何故か東京=おしゃれというイメージがあるみたいだから(私はそうじゃないのに)、誰かのプレゼントを買いに行くとかかな、多分。
できるだけ動揺を抑えながら訊き返す。
「何に?」
「『こっくりさん』」
「……こっくりさん?」
予想外の言葉に私は口をあんぐり開けて固まった。
まじか……。マジか。
こっくりさんと言うのは、占いの一種だ。まあ、地域によって色々差はあるかもしれないけど、大体の方法は同じ。ざっくり説明すると——。
〈準備するもの〉
紙 十円玉
〈方法〉
① 紙に五十音と「はい」と「いいえ」と鳥居の絵を書く。
② 二人以上で集まって、紙の上に乗せた十円玉の上に指を乗せる。
③ こっくりさんを呼び、呼べたら聞きたいことを聞く。そうすると、こっくりさんは十円玉を動かして答えてくれる。
④ 質問が終わったらこっくりさんを帰す。
まあ、ざっとこんなもん。ただ、こっくりさんには一つ注意点がある。これがなかなかに厄介なのだ。
それは、『こっくりさんが来ている間は十円玉から指を離してはいけない』というルール。そのルールを破った者は呪われるとか、何とか。
こういう都市伝説って眉唾な物も多いけど、私は、こっくりさんに関しては本当に結構やばいヤツなんじゃないかと思ってる。私達が生まれるより前のことだけど全国各地の学校で禁止されたらしいし。
というか、こっくりさんは降霊術の一種だから私がいたら絶対に成功する。ただ、帰ってくれるビジョンが思い浮かばない。誰かがしびれを切らして十円玉から指を放したら大変なことになる。
どうしよう……絶対ろくなことにならない。断りたい。
「どうしても聞きたいことがあってね。何回かやってみてるんだけど、クラスの誰を誘っても霊感ないのか全然成功しなくって——だから協力して欲しいんだ!」
手を合わせて杏夜くんは頭を下げた。
「う、うん。いいよっ! やろっ!」
結局オッケーしてしまった。転校初日に突っぱねて、嫌な子のイメージ付けたくない。私は普通に穏便な学校生活を送りたいのだ。
でも、今までずっと失敗し続けてるならきっと今度も失敗するよね。うん、うん。大丈夫。
私は席から立ち上がって杏夜くんについていった。
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