最終決戦シミュレータ

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最終決戦シミュレータ

 煙る視界、揺れる炎、次々に崩れ落ちる文明の名残。

 その中心で咆哮を上げる、二足歩行の爬虫類然とした巨大怪獣。

「ブルー、キャノンの装填はいつ終わる!?」

「二……いや、一分耐えてくれ! 死ぬ気で間に合わせる!」

 世界の終わりを具現化したような世界の中で、小さな命が言葉を交わしている。それらは、赤、青、黄、緑、紫と、それぞれ色の異なるマントとマスクを装着した5人の人間だった。

「……オレが行く。ここで倒さなきゃどうせ人類は全滅だ」

「ダメよレッド! あたしのバリアはどうにかまだ保つわ。わざわざ死ぬ必要なんて——!」

「パープルの言う通りでござる。まだ拙者の無影歩法もある。もう一発は回避できよう」

「パープル、グリーン……。でももう後がない。ここは絶対に守り抜かないと——」

「……この期に及んで、仲間が信じ切れないとでも言うのか? マイ・ブロ・レッド」

「っ!」

 自らが命懸けで時間を稼ぐというレッドの提案を、彼の仲間が次々に突っぱねる。それでも引き下がらないレッドだったが、ここまで事態を静観していた黄衣の男の呟きを受けて、レッドはハッとしたように目を見開いた。

「我ら、世界と運命を共にせしファイブ・スター!」

 巻き上がる灰の向こうで目を焼くような閃光が瞬き、少し遅れて予兆の熱波が5人の頬を叩いた。

 ――来る。

「キュアリー・バリア——!!!」

 光速のレーザーが大怪獣の口から放たれる寸前、5人を覆い隠すように、薄紫色のドーム状の膜が展開される。金魚鉢を逆さに被せたような格好だったが、本物の金魚鉢であれば一瞬で溶け消えるような極大のエネルギーを、パープルのバリアは実に10秒防いで見せた。

 そしてバリアが軋み始めると、今度は両手指を複雑な形に組んだグリーンが地面を爪先でコンと叩く。

「——無影踏破・SHINOBIASHI」

 バリアの耐久が限界を迎える寸前で、突如5人の姿が掻き消えた。先ほどまで5人がいた場所をレーザーが薙ぎ払うのを見て、離れた高層ビルの屋上へと転移したグリーンはほくそ笑む。標的を見失った怪獣はレーザー照射を一度停止し、首を3往復ほど回したところでようやく5人を見つけたようだった。バリアの分と合わせ、ここまで30秒。

 そして——、

「ようやく対等な目線だな、ファッキン・エネミー」

 イエローが指先から放った一条の光線が、怪獣の右目をまっすぐに射抜いた。よろめいた巨体のその左の眼窩に、間髪入れずに二発目を放つ。痛みゆえか、それとも視力を失った混乱によるものか。いずれにせよ、この反撃にはさしもの怪獣も大きくよろめき怯んだ様子を見せる。――45秒。

「……粒子融解、円蓋構築。いつでもいける!」

「上出来だブルー! ぶちかませ!」

「――ネビュラキャノンッ!!」

 怪獣が姿勢を立て直すよりも早く、ずっと攻撃の準備に集中していたブルーが予定よりも早く声を荒げた。彼は頭上に組み立てた電子の砲台を怪獣へと向け、レッドの号令と同時にエネルギーを解き放つ。青空を取り戻したとすら錯覚するほどの青光が迸り、螺旋を描く光芒が全長百メートルを超える怪獣の全身を包み込んだ。

 明らかな手応えがあった。少し経つと、光の残滓が消えかかった向こうで、怪獣が完全に倒れ仰向けになっているのが窺える。

 その戦果にブルーが思わずガッツポーズを取り、グリーンがニヒルに笑み、イエローが鷹揚に頷き、パープルが喜びの歓声を上げ――、

「……いや、まだだ!」

 ただ一人。レッドだけが地を蹴り、火花を散らす助走を経て跳躍する。晴れゆく煙幕と残光の隙間で、ギョロリと回る巨大な蛇目とレッドの燃えるような瞳とが交差した。赤いスーツの足が炎を吐き出し、彼は空中でぐんぐん推進力を増していく。

 先ほどは仲間たちに止められた怪獣への単独突撃だったが、今はまるで状況が違う。自重の不安定な巨大怪獣はどうにか立ち上がろうと不器用に暴れており、そこに先ほどまでの絶望的な覇気はもう残っていない。

 仲間が力を使い果たして作った隙だ。レッドは拳を握り――振りかぶる。

「終わりだ」

 大きく開かれた牙だらけの口腔が、今にも再生しようとしていた長い尾が、レッドの拳が直に殴りつけた怪獣の鼻っ柱が、揺れる。鎧のようだった黒光りする鱗が波状にひび割れ、剥離していく。

 急速に怪獣の体が赤熱を帯び、そして――、


「――レッド・エンド」

 

 レッドがそう呟くのと同時、怪獣の全身から炎が吹き出し、大爆発が起こった。それはさながら小さな太陽のようであり、灰色の雲を吹き飛ばして煌々と世界を照らす。怪獣は弾け、消し飛び、再生の余地もなく存在が消滅する。

 ここに、人類を脅かす敵は倒れた。


 こうして、世界は救われたのだ。


 救われたのだ。


 救われ――


『――シミュレートケース:A-1『模範的怪獣』の投影を停止します』


******


 ――世界を滅ぼす巨大怪獣と人間たちの、世界の命運をかけた決戦。

 そんな光景を大きなモニターで観察しながら、白衣を着た研究者らしい影が二つ、言葉を交わす。映し出される仮想空間での戦闘をまばたきもせずに観察していた彼らは、ようやく一息ついたように腰を下ろした。

「……これは実に面白いな。『最終決戦シミュレーター』といったか」

「ええ。資料によれば、この仮想空間の中では限りなく現実に近い物理演算を用いたオブジェクトの挙動が行われ、対象者もまたカプセル内で、夢を見るような自然さで仮想空間を動くことができる、と」

「想定範囲も、これまでに観察された『人類の敵』の体組織、行動ログから推測可能な千以上に及ぶシミュレーションを可能にするという。……次はどうする?」

「これでいこう。ケース:B-34『分裂掻爬ぶんれつそうは』」

 研究員が端末をぺたぺたと操作すると、ブォンと鈍い音がして画面が切り替わる。 

 それを合図に彼らは再び身を乗り出し、鑑賞に集中するのだった。


******


 数時間前まではコンクリートと少しの緑に彩られていた大地が、今はただ、赤黒いさざ波のような何かに覆われ尽くしている。

 波打つ赤黒いそれは、よく見ると人間大の何かの集合であり、もしもまだ報道ヘリの中継映像を間近でじっくりと見る余裕のある者がいれば、密集したそれが無数の人型トカゲであることに気が付けるかもしれない。

「こちらパープル。避難住民を乗せた航空機は全て出発したわ」

 耳に装着した無線機に指を当て、パープルが誰もいなくなった静かな空港の中でそう報告した。

「此方グリーン。……此奴ら、川も池も構わず泳いでるでござる。もしかしたら海ですら、大した時間稼ぎにはならんやもしれぬな」

 独自の歩法で空を蹴りつつ、眼下のトカゲの群れを見下ろしてグリーンがそう返した。

「……こちらブルー。こいつら、尻尾の自切とそこからの分裂再生を繰り返してやがる。俺一人での殲滅は無理そうだ……どうする、レッド?」

「博士たちに期待するしか無さそうだな……ひとまずオレたちは精一杯時間を稼ぐぞ。ヤツらをこの大陸から出したら終わりだ」

 

 そう言うと同時にレッドが拳を地面に叩きつけ、衝撃で隆起した大地がトカゲの群れを押しとどめる。だがこの怪物たちには知性があるのか、すぐに仲間の体を梯子代わりに壁を登り始めた。レッドの口から舌打ちが漏れる。

 ――『分裂掻爬』と名付けられたその集団暴走スタンピードは、通称『人類の敵』の異常な再生力から可能性が懸念されていた滅亡ケースの一つだった。

 唯一の百メートルを超える巨大固体を王とし、その他の個体は人間大の二足歩行のトカゲであることが知られる『人類の敵』。王を除いたトカゲたちに常軌を逸した戦闘力はないものの、トカゲよろしく『自切した尻尾から新たな個体が誕生する』というプラナリアのような性質がかねてからの研究で推測されており、現在も指数関数的にトカゲは個体数を増やし、あらゆる大地を蹂躙し進撃している。

 そんな止めどない侵略に、為す術無しかとレッドたちが頭を抱えていた、その時だった。通りの良い朗々とした声が全体無線に入る。イエローだ。

「マイ・ブロス、聞こえるか! 機関がようやく対抗策を打ち出した! 五分後に動かすとのことだ。交戦を続けているメンバーは至急、北方要塞へと避難せよ!」

「でかしたイエロー! よし全員、避難民を運んでるグリーンの補助に回るんだ!」

 飛び込んできた僥倖に、レッドが瞳の輝きを取り戻してそう指示する。――と、その時。同様にグリーンの元へと向かおうとしていたブルーの無線に、イエローの声が入った。先ほどの通達とは違い、これは個別無線。ブルー以外には聞こえていない。

「どうした、イエロー。時間がないんだろう」

「その通りだ。移動しながら聞いてくれればいい。――お前だけには、先に伝えておこうと思ってな」

「…………そういうことか」

 なんだかんだで長い付き合いだ。イエローの声に滲む沈鬱な雰囲気と、わざわざブルーだけにこの言葉を届けている意味。それをブルーは瞬時に理解する。

 自罰的で夢想家のレッドと慈愛の深いパープル、義理人情に溢れたグリーンに聞かせたくない話だということだ。

「機関の対抗策とやらで、この土地はどうなる?」

「聡いな、ブルー。……一言で言えばウィザー、『枯れる』だろう。トカゲの広がった区画に、あらゆる物質や細胞が瞬時に石化し、次第に死滅する……そんな劇毒が散布される。捕らえたトカゲへ実験を行った結果、効果は保証すると言っていた。

「この規模だ。妥当な手段だな。……この地区の避難民の大半がここの地下壕にまだいるはずだが、彼らは?」

「……他に方法があるのなら、この策を私に伝えた研究員が悔し涙を流すこともなかったろうさ」

 ブルーの問いに、イエローは直接答えない。それが、何より雄弁な答えだった。

 そしてブルーもまた、理想と現実を隔てることのできる悲しい人間であった。

「あいつらには、後で殴られるだろうな」

「ああ。……明日殴られるために、私たちは今日を守るのだ。どんな手を使っても。それが特定の誰かではない、『世界を守るヒーロー』の務めだ」

 気丈にそう言い切ったイエローの声は、しかし彼らしくもなく震えていた。だがブルーはそれに言及しない。言及すれば、ブルーの頬を伝う悔恨のそれに、無線越しにだって気付かれてしまうかもしれないから。

「五分といったな、イエロー」

「その通りだ。お前の装備なら二分と立たずに帰還できるだろう」

「ああ。――だから残りの三分で、少し用事を済ませてくる」

「む? 何を――」

 ブチッ、とそこでブルーは一方的に無線を切る。そのまま旋回し、ブルーはある一転を目指して靴のブースターを噴かした。

 例に漏れずそこはトカゲの群れに満ち満ちていたが、ブルーは砲撃を放って目標地点の一帯を蹴散らすと、着地と同時にプラズマの障壁を張り巡らせる。パープルのバリアには到底及ばない耐久度だが、彼の用事を済ませるにはそれで十分だ。

 そこにあったのは、直径三メートルほどのマンホールに似た『蓋』だった。それは先ほど彼が言及した、地下壕の入り口である。機械的に厳重に閉ざされたその入り口を手早くハッキングし、開く。

「……恨むといい。俺は、お前達を救えなかった」

 そしてその無骨な暗い穴の底へと、ブルーは足ではなく手のひらを伸ばした。この穴の先には、千を超える罪のない人々がいるはずだが、ブルーにその人数を運ぶ力はない。集団転移のできるグリーンですら、一度に三十人運ぶのが限界だった。

 イエローは毒の効能について、わざわざ石化と死滅のプロセスを分けて説明していた。それはつまり、今から降り注ぐ毒に即死の効果がないことを意味する。地下壕内に毒が及ばない可能性に彼が気休めでも言及しなかった以上、従来の隔壁で防げる生易しい腐食ではないのだろう。

「それならば……せめて」

 突き出した手のひらが、青白い電流を纏い始める。

 動けない体で毒が回るのを待つだけの終生は、きっと苦しいから。


「せめて、安らかに。――ネビュラキャノン」


 青光が地下壕の中へと放たれる。想定上はトカゲの親玉である巨大怪獣すらも倒しうるその威力を受け、次第に地下壕の外壁が崩れ始めた。だが、問題ない。

 ――壕の底にそれが届いた時点で、誰も彼も痛みなく逝ったろうから。

「……こちらブルー。帰還する」

 ずっと切っていた無線のスイッチを入れ、それだけを告げると彼は飛び立つ。

 ――その三分ほど後。大量の飛行船が空を埋め尽くし、カプセル上の物を一斉に地上へと投下した。飛行船のいくつかは、トカゲの群れの後方から飛んできた熱線で墜落させられたが、用意されたカプセルは元よりあまりにも過剰だった。カプセルの着地と同時に、忙しなく動いていたトカゲは一斉に動きを止め、時間をかけてゆっくりとその体組織がバラバラになっていく。

 ここに、人類を脅かす敵は倒れた。


 こうして、世界は救われたのだ。


 救われたのだ。


 救われ――


『――シミュレートケース:Bー34『分裂掻爬』の投影を停止します』


******


「……面白い。実に面白い! なんと偉大な技術だろう!」

 研究者の一人が立ち上がり、快哉を叫び手をぺたぺたと打ち鳴らす。

「ええ、心底同意です。面白い。何が面白いって――」


「――ここまでの技術と準備があって、あっさり滅んだのが本当に面白い」


 チロチロと舌を空に這わせ、白衣を纏ったトカゲ人は愉快げにそう言った。


「まあそう貶してやるな。この『分裂掻爬』なんかはニアミスだったしな。……んまあ根っこがハズレな時点で、こんなシミュレータは役立たずだっただろうが」

「確かに。人類かれらが我々の侵攻方法を正しく予測できていれば、我々が敗北を喫していた可能性だって十分にありましたからね。それを可能にする技術と戦闘能力を、彼らは少なくとも有しているように見受けられました」

「分裂ってアイデアは良かったが、こいつらの失敗の原因は我々を……人類科学における『爬虫類』だと決めつけてしまったことだろうな。我々は言わば『植物』。こいつらが鱗だと思ってたのは種子で、行っていたのは分裂ではなく繁殖だ」

「しかし地球の土壌は素晴らしい。我々の故郷では種子の埋没から発芽まで十夜はかかっていたものを、たったの十秒で発芽させてしまうのですから。この、秒や分といった時間計測の単位も実に有用。役立ちますね」

「ああ。こんな星、あんな弱い生き物にゃもったいないぜ」

 そんな会話を交わしながら、研究者たちは『録画ファイル』と書かれたそれらをまばたきせずに凝視する。

 A-15『未確認疫病』、Bー1『地震誘因』、Bー496『爬文明降臨』――、

「ああ、面白い。次はどうする?」

「これなんてどうです?。実に興味深い」

 研究所の残骸の中で、彼らは再び身を乗り出し、鑑賞に耽るのだった。

 




 

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