第10話 聖地アムリタ
白い建物。それらが連なっている聖なる地アムリタ。そこにたどり着いたヘイゼルとフィン。
「ようやく着きましたね」
「ああ。ここのどこかに時の杖があるはずだ。行こう」
聖地アムリタには金髪の男女しかいなかった。金髪は聖職者である証である。そんな中で黒髪のヘイゼルだけが目立っていた。
「そこの女! 止まれ!」
ヘイゼルとフィンが道を歩いていると鎧を着た女騎士が声をかけてきた。女騎士は警戒した様子でヘイゼルを睨みつけている。
「何の用?」
「ここは聖地アムリタ。お前のような黒髪のやつが来て良い場所ではない」
女騎士はヘイゼルに詰め寄る。ヘイゼルは1歩も引く姿勢を見せずに女騎士に向かって睨み返した。
「私はこの子の護衛で来ているんだ。文句は言わせない」
ヘイゼルがフィンの方をチラリと見る。フィンはそれに対してうなずいた。
「お姉さん。お願いだよ。ヘイゼルさんを中に入れてあげてよ」
「むむ……しかし……」
「私は私の役目を果たすためにここにいる。そこのフィンを護衛するのが私の仕事だ。だから、彼の傍から片時も離れるわけにはいかない」
ヘイゼルは強い意思を持って女騎士に訴えかける。しかし、女騎士にも言い分がある。
「では、なぜ、貴様は金髪ではないのだ。金髪の男性聖職者を護衛するなら、同じく金髪の女性聖職者がやるべきである。性欲にまみれた黒髪女が踏み込んで良い領域ではない」
聖職者の中には自分たちが最も優れた人間であると信じている者たちもいる。聖職者であらずば人に非ずと。特に聖職者でない女をケダモノ扱いしているところもある。この女騎士もそうである。
「別に私はこの仕事を放棄したってかまわない。でも、1度引き受けた仕事だ。最後までやり通すのが筋というものだ。私は筋が取ってない女になんかなりたくねえ」
「だが、世の中には秩序というものがある。貴様ら黒髪女たちは秩序を乱す存在であることは歴史が証明している」
「……嫌な歴史だな。完全に偏見まみれじゃねえか。過去に黒髪女がお前たちに何をやらかしたのかは知らねえが、その黒髪女と私は全くの別人だ。髪の色が同じてってだけで同一だとみられたくないね」
話は平行線になった。金髪は聖職者。それ以外は違う。そうである以上、髪色によってある程度の扱いの差は出てしまうものである。しかし、それにしておこの女騎士は異様にヘイゼルの黒髪を嫌っている。
「通してやれ。エリーゼ」
女騎士の背後から男性神官がやってきた。神官はそれなりに顔が整っている中年男性であり、上品な雰囲気を醸し出している。
「ゴ、ゴードン様。しかし……このような素性がわからない黒髪の女を信用しても良いのですか!」
「そこの少年がこの女は大丈夫だと言っている。それで信じるにば不十分か?」
「あ、いえ……でも、この子はまだ子供で……この女に騙されている可能性だってあるじゃないですか」
「……そうだな。そう思うのなら、エリーゼ。お前もこの2人に同行してやれ。聖地アムリタにいる間はな」
エリーゼは目を見開き、ハッとした表情を見せる。
「し、しかし。私にはここの警備という仕事が……」
「別に警備兵はお前以外にもいる。お前1人が少し現場を抜ける程度で崩壊するようなギリギリの人数で回していた覚えはない」
エリーゼはなにやら少し考え事をしている。そして、ヘイゼルの方を見て、彼女とフィンの間に割って入った。
「私はエリーゼ。私が同行することで特別にお前がこの聖地アムリタに足を踏み入れることを許可してやろう」
「そりゃどうも」
こうして、ヘイゼルはなんとか聖地アムリタに入ることを許された。これで護衛の任務が続行できる。
「それで、お姉さん。僕たちは時の杖を探しているんだけど、それってどこにあるのか知らない?」
「時の杖? そんな高貴なもの。末端の私が知っているわけないだろう」
エリーゼは堂々と言ってのけた。その後ろでゴードンと呼ばれた男性神官が呆れた様子で咳ばらいをした。
「時の杖の場所は教えるわけにはいきません。しかし、時の杖を手にするに値する者ならばその場所がわかるはずです」
この聖地アムリタのどこかに時の杖があるはず。しかし、その場所を教えることは誰もしてくれないのである。
「時の杖を手にするに値する者。つまりフィンだな。フィン。どうだ? 時の杖の場所はわかるか?」
「うーん。どうだろう。とりあえず、この聖地アムリアを一通り見て回ろうよ。その途中で見つかるかもしれないし」
「ああ。そうだな」
ヘイゼルとフィン。ついでにエリーゼも一緒に聖地アムリタ内を散策することになった。この土地のことを知り尽くしているエリーゼがヘイゼルたちを案内する形となる。
「ここが聖地アムリタの居住スペースだ。この地にて修行する聖職者たちはここに住んでいる」
ヘイゼルたちが最初に目にした白い建物が連なっているスペース。ここでみんなが寝泊まりしているのである。
「本来ならば、この聖地アムリタは聖職者以外が立ち入ることを許されない場所だ。当然ここの宿泊施設も聖職者が使うことを想定している」
エリーゼがヘイゼルをにらみながら語っている。ヘイゼルは素知らぬ顔でそっぽ向きながら適当に受け流した。
「続いて、ここが修行場だ。ここで神力を高める修行をする」
エリーゼが次に案内したのは、大きな赤い建物である。その中に入ってみると数人の金髪の男女が手を組んで祈っていたり、腕立て、腹筋、スクワットなどの体を鍛えていたりしていた。
「なんだこれは……修行ってこんなことをしているのか」
「祈りの所作で心を高めて、筋トレで体を鍛える。健全な心身にこそ、正しい神力は宿るというものだ」
「フィン。お前もこういう修行をしていたのか?」
「うん。そうだよ」
ヘイゼルはフィンがやたらと自分強いと言っていた理由がなんとなく理解した。神力が高いフィンも当然、この修行はこなしているわけで相当に高い身体能力と筋力があるのである。
筋肉は全てを解決するとはよく言うが、フィンはその筋力も凄まじいものがあるので、やはり相応の自信があるのは間違いない。
「修行の間の奥には実戦形式で鍛錬を行える手合わせの間がある。フィン殿。私と手合わせしてみるか?」
「うん」
3人は手合わせの間へと向かった。厳かな雰囲気の四角形のなにもない部屋。真っ白い壁と天井の空間は、長時間ここにいると意識がおかしくなりそうなほどに何もない無の空間である。
「神具は合わせる? フリー?」
「タイプAでやろう」
フィンの問いにエリーゼが答える。ヘイゼルは2人が何を言っているのか理解できなかったが、とりあえず場外で2人の戦いを見守ることにした。
「それでは……」
「神具展開。ディバインセイバー!」
お互いが同時に手から光輝く剣を出した。フィンの出した剣は刃が青白く光っていて、エリーゼの刃は赤黒く光っている。
「行くぞ!」
エリーゼが1歩踏み込んで剣を振るおうとする。フィンはエリーゼの刃を受け止める。
「うわっ……っとと」
フィンは攻撃を受け止めたが体勢を崩してしまった。
「隙あり!」
その隙にエリーゼがフィンに対して刃を振るった。フィンはかろうじてその刃をかわした。だが、余計に無理のある姿勢になって劣勢になった……かのように見えた。
「おっと」
フィンはバク転をして体勢を立て直した。素早い身のこなし。それにエリーゼが度肝を抜かれる。
「な、なんだって!」
「せいや!」
目を見開いて驚いているエリーゼの隙をついてフィンが一太刀入れた。
「くっ……私の負けだ。対戦ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
ヘイゼルは身を乗り出して見ていた。フィンは本当に強かった。根拠のない自信とかではなくて、高い身体能力と相手を翻弄する動き。エリーゼも決して弱いわけではない。それでも、フィンはエリーゼに勝った。
ヘイゼルはフィンはいざという時は戦える。それだけの強さを認めた。ただ、ヘイゼルは心の中でこう付け加えた。「私ほどではないが」と。
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