第7話 因果応報
ヘイゼルたちが立ち去った後、市場にすぐに女憲兵が駆けつけてきた。
「なんの騒ぎですか?」
「どうやらこの子が痴女に触られた挙句、サイフも盗まれたようなんです」
目撃者が憲兵に事情を話す。そうしたら憲兵は事実確認のために少年に事情聴取を行おうとする。
「君? 今の話は本当なのかね?」
「あ、はい。あ、でも……大事にはしたくないっていうか……」
少年はなんとも歯切れの悪いことを言う。彼もスリの常習犯であるために憲兵に色々と詮索されるのはまずいのであった。
「いや、そういうわけにもいかない。盗まれたサイフの特徴とか教えてくれないか?」
「えっと……その……」
盗んだばかりのサイフで特徴をよく見てなかった少年はそれに答えられるはずがなかった。
「俺はよく見てたぞ。確か茶色の革製のサイフだった」
「なるほど……」
憲兵が情報をメモしていると、女性が憲兵に近づいてくる。その女性は花屋のディアナだった。
「待ってください。そのサイフなら見たことあります」
「なんだって。どこで見たんだ?」
「……実はですね。この子に痴女したという女性。彼女の言い分はこの子がスリだって話でした」
「な! そ、そんなの痴女のデタラメだよ!」
少年は都合が悪い発言をするディアナに反論する。ディアナは少年になにを言われても話を続ける。
「彼女のツレがこの子からスリをされたとのことでした。そして、そのサイフは私見ました。彼女のツレの子が私から花を買った時に出したものでした。この子のものではありません」
ディアナの証言に周囲がざわつく。
「マジかよ」
「じゃあ。あの痴女の言っていたことは事実だったのか」
「そもそもあの少年がスリしたっていうのが事実だったら痴女そのものも冤罪じゃないのか?」
流れが変わった瞬間だった。少年は一気に窮地に立たされる。
「どうやら詳しく話を聞く必要がありそうだな」
「ちょ、ちょっと待って。あ、あぁあああ……」
少年は女憲兵に引き連れられてどこかへと連れ去られてしまった。
◇
一方で逃げ出したヘイゼルとフィンは市場から離れたところで休んでいた。
「ふう。ちょっと休憩。脚の温度が上がりすぎてしまった。冷却時間が必要だ」
「へー。ヘイゼルさんの脚って熱くなるんだ。ちょっと触ってみても良い?」
「ん? ああ。かまわないぞ」
フィンがヘイゼルの脚に触れてみる。その瞬間、フィンは反射的に手を引っ込めた。
「あっつ!」
「ははは。ブーストは便利だけど、こうして熱がこもってしまうのが難点だ。長時間使いすぎると脚が熱で故障してしまう」
「無制限に使えるものじゃないんですね」
「ああ。そうだな。私も体を定期的にメンテナンスしないといけないし、改造人間は便利そうに見えて、意外と不便なところもあるんだ」
「……ところで話は変わるけれど、さっきの子大丈夫かな」
「え? どうして?」
「多分、あの子すぐにウソがバレると思うよ。だって、近くにディアナさんが見えたから。あの人がサイフのことについて証言したら、どっちが本当のスリかわかっちゃうし」
「あー……よく見てたな。私は夢中になっていたから全然気づかなかった」
フィンの観察力の高さにヘイゼルは感心した。
「まあ、でも良いんじゃないのか? 盗人が正当な罰を受けるだけだ。いや、あいつは盗みだけじゃなくて偽証もやったから更に罪が重くなるだろうな。私には関係のないことだ」
ヘイゼルとしては、自分を痴女呼ばわりした人物がどうなろうと知ったことではない。むしろ厳罰に処された方が溜飲が下がるというものである。
「それに私の疑いが晴れた方が良いというものだ」
ただでさえ、暗殺者という後ろ暗いことをしているヘイゼルは、できるだけ目立ちたくない。特に犯罪者としては……
「そうなんだけど……それでも心配だな」
「お前なあ。自分のサイフをスった相手の心配をしてどうするんだよ。お人よしの度が過ぎているぞ」
ヘイゼルはフィンに対して呆れている。そこまで相手のことを
「ヘイゼルさん。僕の家は別に聖職者の家系でもなんでもありませんでした。でも、どうして僕が聖職者として洗礼を受けたんだと思いますか?」
フィンの突然の質問にヘイゼルは考える。フィンとは昨日今日会ったような関係である。フィンの家庭事情の答えなど知っているはずがない。それでもなんとなく予想はついていた。
「両親に売られたのか?」
高い神力の素質を持つ子供。それを教会は集めている。特に男児で高い神力を持つ者は教会で引き取る代わりに両親に多額の報奨金が支払われる。
「はい。僕の家はそこまで裕福ではありませんでした。兄弟も多くて生活が大変だったんです。そんな中、神力の素質が教会に見出された僕は……神からの先生を受けて教会の地下に幽閉されることを条件に両親に売られたんです」
「そっか。お前も辛い過去があったんだな」
「いえ。僕はそれを辛い過去だと思いません。両親が僕を売ったのだって、経済的事情があって仕方のないことだと思います。ただ……もし、僕の両親が裕福だったのなら、きっと僕を売るなんてことはしなかったと思います」
ここまで聞いてヘイゼルはフィンの言おうとしていることがなんとなくわかった。
「あの少年も裕福ならスリをしなかったと?」
「はい。彼もきっとスリをするには事情があったんだと思います」
「……まあ、その可能性は否定しない。だが、世の中には家が裕福なのに、盗みをするやつがいる。スリルを求めて遊び半分だったり、そういう盗みそのものが目的のクズだっているんだぞ」
フィンの考えそのものは否定しないが、それはいくらなんでも人の善性を信じすぎている。世の中には自分が満たされているのにも関わらずに、他人に迷惑をかける人間もいるのである。ヘイゼルはそういう人間を嫌というほど見てきて、嫌というほど殺してきた。
「あの少年がそんなクズではないと言い切れる保証はあるか?」
「それはないですけど……ただ、僕はなんとなく彼からは僕と同じようななにかを感じます」
「ただの勘か……」
もし、経済的事情でスリをせざるを得ないのだったら、それは気の毒なことだ。多少は情状酌量の余地を認めても良いかもしれない。サイフを盗まれたヘイゼルでもそう思い始めた。
「まあ、一応戻ってみるか。それで様子を見よう」
「はい」
ヘイゼルとフィンは市場に戻ろうとした。だが、そんな必要もすぐになくなった。
「おら。 こっち来い!」
「や。やめて! た、助けて!」
女憲兵に連れられている少年を発見した。彼の犯行は既に暴かれて、連れていかれる最中だった。女憲兵はそのまま裏路地へと少年を連れ去っていく。
「ヘイゼルさん。あれ」
「ああ。追いかけよう」
ヘイゼルとフィンは女憲兵の後を追った。
裏路地へついた瞬間、女憲兵は少年を壁際まで追い込んだ。後ろには壁。前には力強い女憲兵。非力な少年にはどうあがいても逃げ出すことができない状態である。
「な、なあ。お前結構可愛い顔しているじゃねえか」
「え?」
「どうせお前は余罪もあるんだろ? でなければとっさにスリを他人に押し付けるなんて芸当ができるわけがねえ。それ含めて見逃してやるから、ちょっと私といいことしようぜ。ぐへへ」
温根憲兵が少年に顔を近づけて迫る。少年は顔を背けてイヤイヤと抵抗をする。
「や、やめて。そ、そんな……」
「いいじゃねえか。お前も痴女をでっちあげたってことは、そういう願望があったってことじゃねえのか? 痴女に食われちまう願望がよお。ほら。ちょっと大人しくしているだけで見逃してやるって言ってんだよ」
女憲兵は権力を盾に少年に言うことを聞かせようとしていた。女憲兵の唇が少年の唇に迫った時のことだった。
「待て!」
ヘイゼルが女憲兵の背後に立ち、そう叫んだ。
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