第5話 ゴミカスシスター
女盗賊がフィンに強めにナイフを押し当てる。刃は当たっていないので傷もついていなければ出血もしていない。しかし、冷たい金属を首筋に押し付けられる感触は大抵の人間が恐怖することである。
「ねえ。これがとっても楽しい遊びなの?」
フィンはこの状況なのに、まるで危機感を持たずにまだ楽しい遊びの範疇だと思っている。しかし、鬼気迫る状況の女盗賊にとっては、今のフィンの発言は
「今は黙っていて!」
女盗賊はフィンを黙らせようとする。その瞬間にヘイゼルは右手の中指を女盗賊に向かって突き刺した。
「な、なんの真似だ! 妙な動きはするな!」
女盗賊はヘイゼルの動きに気づいて警戒する。体を変形させることができる改造人間のヘイゼル。なにをしてくるかわからない相手だからこそ、警戒を怠らない。だが、その警戒は1秒遅かった。
「ワイヤーショット起動!」
ヘイゼルの中指から物凄い勢いでワイヤーが発射されて伸びていく。そのワイヤーは女盗賊がナイフを持っている方の手首に伸びていく。そして、その手首にワイヤーがぐるぐると巻き付いて拘束する。
「なっ……! 腕が動かない……!」
「もういっちょ!」
今度はヘイゼルの人差し指からワイヤーが伸びる。そのワイヤーはとても高速で一瞬で伸びて女盗賊のアゴを確実にとらえていた。そのワイヤーが女盗賊のアゴに直撃。女盗賊は後方に思い切り吹き飛び倒れていった。
「ふべしっ」
女盗賊が倒れたことで、彼女が抱きかかえていたフィンがバランスを崩しかけてしまう。
「うわっ……」
「まずい!」
ヘイゼルは慌ててフィンに駆け寄り、彼が転倒しないように抱き寄せた。倒れかけたフィンの首は上を向いていて、ヘイゼルの顔を見上げる形で体を支えられる状態になった。
「よっと。大丈夫か? フィン。ケガしてない?」
「ありがとうヘイゼルさん。僕は大丈夫。多分」
「そうか……それなら良かった」
ヘイゼルはゆっくりと優しくフィンの体勢を元に戻して、彼を立てた。フィンはぴょんぴょんと飛び跳ねて体がちゃんと動いてどこもケガしてないことを確認した。
「ほら、全然ジャンプできる。ケガしてたらこんなことできないよ」
「ああ、わかったわかった。それじゃあ、もうこんな辛気くせえアジトには用はねえ。さっさと出ようか」
ヘイゼルにボコボコにやられて戦闘不能になった女盗賊たちをしり目にヘイゼルとフィンは盗賊団のアジトの洞窟を出た。
ヘイゼルとフィンは気を取り直して山道を進んでいく。その道中では2人で会話を楽しんでいた。
「それにしてもあの人たち、僕を捕まえてなにがしたかったんだろうね」
「まあ、ゲスな女が考えることは大体わかる。男は高く売れるからな。その過程でついでにお楽しみタイムに入ることもありえる」
「ねえ。ヘイゼルさん。お楽しみタイムってなに? あの人たちも似たようなこと言っていたけど」
フィンはきょとんとした顔でヘイゼルに尋ねる。ヘイゼルはアゴを掻きながらフィンから視線を反らす。
「まあ、なんだ。フィンがもう少し大人になればわかることだ」
「そうなんだ? 何年後?」
「それは……まあ個人差があるからな。うん。おっと、そんなことよりフィン。お前は聖職者の男ということで男としての価値はかなり高い。お前を狙っているわるーい女なんて星の数ほどいる。そいつらに気を付けるんだ」
「はーい」
「本当にわかっているのか……」
イマイチ緊張感がないフィンにヘイゼルは逆に不安になってしまう。ヘイゼルは強くて大抵の女には勝てる自身があるものの、それでもフィンが自衛してくれる方がヘイゼルとしては仕事が楽なのである。
「じゃあ。フィン。質問だ。仮にフィンの目の前に、フィンの大好きなお菓子を持っている女が現れたとする」
「うんうん」
「その女がこのお菓子をあげるからこっちにおいで? と言ってきたらどうする?」
「お菓子をくれるってことは良い人だから付いていく」
「……そこからか……」
ヘイゼルの頭の中心にズキズキと痛みが走る。シスターはフィンにどういう教育をしていたのか気になるところではあるが、ヘイゼルは改めてフィンを教育し直さなければならないと感じた。
「良いか。フィン。お菓子を持って子供に近づいてくる見知らぬ女は大抵悪いやつだ。ゴミカスだ。社会の最底辺。クズ女だ」
「そうなの?」
「ああ……まあ、フィンももう13歳だし、お菓子で釣られるような年齢じゃないと相手も判断してくれるだろうから、そこまで心配は……しなくても良いのか?」
フィンの言動を見ているとそれでも不安な気がしてくるヘイゼル。たしかによほどの貧困地帯でもない限り、お菓子で13歳が釣られるなんてことは早々にない。フィンも教会で育ったのでそれなりに裕福な暮らしをしている。
「そういえば、フィンは教会でどんなお菓子を食べていたんだ?」
「えっと……シスターが持ってくるお菓子かな。チョコとかキャンディとか。あ、でもシスターはお菓子を持ってくるゴミカス女だっけ」
「いや、知り合いはゴミカス女にカウントしなくても良い」
見知らぬところでかわいがっていたフィンにゴミカス女と言われているシスターに不憫さを感じるヘイゼル。もし、自分がシスターの立場だったら血の涙を流していたことだろうと思いを馳せる。
「フィン。お前はもう少し疑うということを覚えた方が良い」
「疑う?」
「そうだ。例えば……私は実は男だったと言ったらどうする?」
「いや、そんなわけないでしょ。ヘイゼルはどう見ても女の人だよ」
「……そこはちゃんと疑うんだな。じゃあ、私が実の父親を殺した……と言ったら信じるか?」
「え……?」
フィンは一瞬固まった。そして、ヘイゼルの目をじっと見た。
「それは嘘だよ。ヘイゼルはそんなことしない」
「本当に? なぜ、私が父親を殺してないと言い切れる?」
「僕はヘイゼルを信じている」
「その信じている私が父親を殺したって言っているんだぞ」
「でも、それは嘘だってわかる!」
フィンの瞳は濁りなく、まっすぐとヘイゼルの目を見ていた。吸い込まれそうになるくらいに美しい瞳に見つめられてヘイゼルは毒気を抜かれた。
「あー。悪い。冗談にしてはタチが悪すぎたな。私は本当に父親を殺していない。ただ……父親を殺した女に復讐したいと思っている」
「え?」
フィンはヘイゼルのそのぽつりとつぶやいた言葉を聞いて黙ってしまう。それが嘘か本当か。その判断もしないまま押し黙る。
「なーんて。これも嘘だ。びっくりしたか? 世の中の悪いやつはそうやって、お前を騙そうとしてくる。二重三重の嘘をついてな」
「な、なーんだ嘘か。びっくりした。ちょっと真面目なトーンだったから信じちゃったよ」
ニコっと笑うヘイゼルとそれに安心して朗らかに笑うフィン。
「大体にして、父親殺しを見つけ出して仇を討つなんて……今時そんな三流脚本の芝居みたいなストーリー流行らねえよ。使い古された手垢まみれのストーリーで観客からブーイングがくるぜ」
「そうなんだ。僕は芝居を見たことないからよくわからないや」
「なんだ。お前芝居も見たことねえのか。それじゃあ、今度機会があれば一緒に見るか?」
「うん」
ヘイゼルとフィンが会話をしていると下山するルートに突入した。もうすぐこの山を下りて向こう側に行ける。
「お、そろそろ反対側の山の麓見えてきたな。このまま一気に駆け抜けようか」
ヘイゼルが走って前に進む。フィンはヘイゼルにはついていかずに立ち止まる。そして、ヘイゼルに聞こえないように一言。
「うそつき……」
ヘイゼルは振り返りフィンに向かって手を振った。
「おーい。来ないと置いていくぞ」
「ま、待ってよ!」
フィンは走ってヘイゼルの後をついていく。こうして2人は山を超えて目的地である聖地アムリタを目指す旅を続ける。
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