第3話 無邪気なフィン

 ヘイゼルとフィンがカフェで寛いでいると、ヘイゼルが急に席を立った。


「ん? どうしたの? ヘイゼルさん」


「ちょっとトイレだ」


 ヘイゼルがトイレに立つとフィンが1人になる。その隙を待っていたと言わんばかりに隣のテーブル席から女性客2人組がフィンに声をかけてきた。赤髪と茶髪の女で2人とも金髪ではないので聖職者ではない。


「ねえねえ。キミって結構かわいいね」


「そうそう。お姉さんたちと一緒にお話ししない?」


 2人の女に迫られているこの状況。一般的に、対男性であれば女性の方が力が強いために、男性にとってはこの状況は恐怖でしかない。しかし、フィンは全く危機感を感じることなく女性と接する。


「話? 良いよ。僕も色んな人と話をしたいと思ってたんだ」


「そうなんだ。ふふ。これはいけそうだね」


「うん。ここじゃ何だし、外に出てお話しよっか?」


 女性客2人がフィンの腕を掴んで引っ張ろうとする。その力強さにフィンは抵抗しようとするも、無理矢理引っ張られてしまう。


「あ、ちょ、ちょっとお姉さんたち!? まだお会計が済んでいない」


「大丈夫大丈夫。キミの分はお姉さんが払ってあげるから」


「そうそう。キミはなーんにも心配しなくても良いんだから。お姉さんに全てを任せていれば」


 女性客がテーブルの上にチップを含めた代金をポンと置いた。そして、そそくさとフィンを連れて出ようとする。その時だった。


「おい。ウチのツレに何か用か?」


 トイレから戻ってきたヘイゼルが女性客に威圧するように声をかける。女性客はびくっと反応してヘイゼルの方を見る。


「く、見つかったか。急いで逃げよう」


「うん!」


 赤髪の女がフィンを担ぐ。そして、そのまま全速力で店から出てフィンを連れ去ってしまった。


「待て! このクソアマ共! ブーストレッグ起動!」


 ヘイゼルは自分のくるぶしの付近にあるダイヤルをくるくると回した。その瞬間、足がキュイィイインと音を立てる。


「先に謝っておく。悪いな。これは迷惑料だ」


 ヘイゼルは金貨1枚をその場に置く。そして一呼吸をついた。足を屈めてから一気に走り出す。


 ヘイゼルがダッシュをすると爆風が巻き起こるほどのスピードが出力される。その爆風で店のテーブルクロスが吹っ飛んだり、カップが落ちたりした。ウェイトレスは唖然とした顔で固まってしまっていた。


「待ちやがれ!」


 ヘイゼルは必死でフィンと誘拐した女2人を追う。改造人間で脚力がかなり上がっているヘイゼルはあっという間に距離を詰めていく。


「あ、あいつなんなんだ! 速すぎる!」


「化け物なの!? このままじゃ追い付かれちゃう」


 ヘイゼルが改造人間だということを知らない2人にとっては、この化け物じみた身体能力は信じられないことだった。どんどん距離が縮んでいき、そして、ヘイゼルが赤髪の女の肩をぐいっと掴んだ。


「うぎゃあ!」


「さあ、ウチのフィンを返してもらおうか」


 ヘイゼルは腕を赤髪の女の首に回す。やろうと思えばいつでも首を絞めて落とせる状態にある。


「わ、わかった。返す。返すから許して……」


 赤髪の女はフィンをおろす。フィンは何事もなかったかのように笑顔でヘイゼルの元に戻った。


「ひ、ひい~」


 女2人組はヘイゼルには敵わないと悟ったのか逃げていった。彼女たちも性欲による身体能力のブーストはかかっていたのだが、それ以上に改造人間のヘイゼルの方が強かったのだ。


「あれ? 追いかけっこはもう終わり?」


「追いかけっこって……お前なあ。知らない人……特に女にホイホイ付いて行っちゃダメじゃないか」


「えー。大丈夫でしょ。だって、ヘイゼルが僕を守ってくれるんでしょ?」


「まあ、それが契約だからな……でも、お前も最低限自分の身は自分で守ってもらわないと私が大変なんだぞ」


「うん。わかった」


 ヘイゼルに説教されてもフィンはまるで堪えてなかった。笑いながらうなずくフィンにヘイゼルは少し不安な気持ちになる。



 ちょっとした事件がありながらもヘイゼルとフィンは山のふもとまで辿り着いた。山を見上げるとその高さは圧巻の一言である。頂上には雲がかかっているほど高く、素人がいきなり登頂するのはほぼ不可能に近い。


「この山を超えるのか。私は平気だけど、フィン。体力が持ちそうか?」


「平気平気! 僕の取り柄と言えば、体力があって、神力が高くて、頭が良くて、手先が器用で、センスがあるところくらいしかないから。これくらい余裕だよ」


「随分と盛ったな。まあ、体力があるなら良いか。しっかり私についてくるんだぞ」


「はーい」


 ヘイゼルとフィンは山に足を踏み入れる。きちんとした登山ルートを歩んでいく。


「僕、山登りも初めてなんだ。ヘイゼルさんはやったことある?」


「まあ、何回かあるな」


「へー。すごーい。アウトドア系女子だー」


「別にそこまで好きなわけじゃないけどな……」


 登山ルートは林道に入る。林道を進んでいくとフィンがあることに気づいた。


「あ!!」


「どうした!? フィン!」


「見て、ヘイゼルさん。ここにラムソンがある!」


 フィンが山菜を発見した。ヘイゼルはため息をついてフィンの傍に近寄った。


「そんな山菜を見つけたからっていきなり騒ぐんじゃないよ」


「だって、僕だってラムソンを見つけるの初めてだったし」


「ああ、そうだったな」


 フィンがラムソンを眺めている。ヘイゼルとしても、ずっと閉じ込められてきたフィンが興味を持ったことを邪魔したくないので、しばらく見守っていることにした。


「あ、ここにテントウムシがいる」


「ム、ムシ!?」


 ヘイゼルの顔面が青くなり飛び跳ねる。そして、フィンから一気に距離を取ってがくがくと震えだした。


「どうしたの? ヘイゼルさん」


「や、やめろ! 虫は見せるんじゃねえ! 私は虫だけはダメなんだよ!」


「いや、でも……山には虫がいるもんだし」


「く、くっ……! だったら、早くこんな山を抜けるぞ」


「えー。もっとゆっくりと見ていきたいのに。それにテントウムシって結構かわいいと思うけどな」


「かわいい虫など存在しない!」


 意見が真っ向から対立してしまったヘイゼルとフィン。虫が苦手なヘイゼルは大自然の中で暮らすのは無理なのである。


 林道を抜けた先。そこをしばらく歩いていると目の前にナイフを持った女が現れた。


 女はナイフをチラつかせていて、明らかに敵意剥きだしと言ったところだ。


「ここを通るなら通行料を払いな」


「アンタ、この山の所有者かなにかか?」


 明らかなならず者に脅されてもヘイゼルは顔色1つ変えていない。むしろ、危険じゃなくて面倒ごとがやってきたと感じているくらいである。


「さあな。お前が知る必要はない。通行料払うのか払わねえのかどっちだ?」


「私が払うと思うか?」


「じゃあ……通行料は無理矢理にでもいただいていく!」


 女が口笛を吹く。その瞬間、山道の脇から女たちが一斉に現れてフィンを取り囲んだ。


「フィン!」


 フィンはあっという間に女たちに捕まり、簀巻きにされて、どこかへと連れ去られてしまった。


「よし、通行料として、かわいい坊やはいただいた。お前は通ってもいいぞ。くくく」


 ナイフを持っている女はそう言うと信じられないくらい高くジャンプして崖の上に逃げ出した。


「な、なんて身体能力だ。だが、私だって」


 ヘイゼルは足のダイヤルを調節して脚力を上昇させた。


「ブーストしてから……ジャンプ!」


 崖を軽く飛び越えるほどのジャンプでヘイゼルは女を追おうとする。崖の上にいた女はヘイゼルが追ってきたことに目を丸くして驚いた。


「うげ! ここまで追い付いてくるのか! お前中々やべえな!」


「フィンは返してもらう!」

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