第2話 旅立ち
旅立ちの前、フィンはシスターたちに見送られている。
「フィン様。準備はしっかりできましたか? ハンカチは持ちました? お金は持ちましたか? 昨日はちゃんと眠れましたか?」
「あはは。シスター、大丈夫だよ。僕ももう13歳なんだから、それくらいのこと言われなくたってわかっているよ」
「13歳……思ったより若かったな」
隣にいるヘイゼルがしみじみとつぶやいた。彼女は自分の年齢に思いを馳せる。まさかフィンが自分の年齢の半分程度しか生きていないとは思わなかった。
自分にもフィンと同じ年齢のころがあったはずなのに、若いと感じてしまう。そんな時の流れの残酷さを身に沁みて感じているとフィンがヘイゼルの方を向く。
「さあ、行こう。ヘイゼルお姉さん」
「ん? ああ、そうだな」
「あ、お姉さんって呼んだらダメだった?」
「いや、まあ、そんなことはない」
「もしかして、年齢的にはお姉さんじゃなくておば……」
「それ以上の口は慎め。私は別にここで護衛任務の自らの手で失敗させてもいいんだぞ」
ヘイゼルがフィンに圧をかける。これまで危機感を感じたことがないフィンにとって、初めてこいつは危険だと思った事象だった。
◇
教会を後にしたヘイゼルとフィン。雲1つない快晴の青空。まばゆい太陽が大地を照らしている。
「良い天気だね。ヘイゼルさん。これだけ明るい光が射してくれるんだったら僕たちの旅も明るいものになりそうだね」
「まあ、そうなると良いな」
「なんか反応が薄いね。もしかして、ヘイゼルさんって太陽が嫌いだったりする?」
「まあ、まぶしいのは嫌いだ。私が住んでいるところも薄暗くてじめじめとしたところでな。そういうところの方が落ち着くんだ」
「へー。見た目に寄らずに意外と陰険なところがあるんだね」
「陰険か……そうかもな。私は所詮は闇の世界でしか生きられない女だ。神の祝福を受けたお前が羨ましいよ」
ヘイゼルの顔に少し陰りができる。そんなヘイゼルに構うことなくフィンはくさむらに向かって移動した。
「あ、ここにタンポポがある!」
「タンポポくらいで何をはしゃいでいるんだ。こんなもの、この季節になればいくらでも生えているものだろ」
「そうなんだ。でも、僕はタンポポを見るのは初めてなんだ。図鑑でしか見たことなかったからね」
ここでヘイゼルはフィンの境遇を思い出した。男性の聖職者は神の洗礼を受けたら女性から守るために教会の地下室に幽閉される。彼は幼少の頃に神の洗礼を受けてからずっと教会の地下室で暮らしてきた。それこそ太陽の光を浴びることなく……
「あ、なんだその……フィン。さっきは悪かったな」
「え?」
「お前にはお前の苦労があるのに、軽率に羨ましいなんて言ってしまった」
「苦労? 僕ってなにか苦労していた? ずっと地下で生活していたし、身の回りの世話もシスターたちにやってもらっていたし」
「お、お前……まあ良いか。フィン。お前、外に出られて嬉しいか?」
「うん。そうだね。ずっと地下で生活していたか太陽の光を浴びるのも久しぶりだし、なんだか元気がわいてくるよ」
屈託のないフィンの笑顔を見ていると、ヘイゼルは改めて思う。この子は守らなければならない存在だと。本来ならこういう子が地下室に幽閉させられるような社会の方が間違っているんだと。
「まあ、私にはそういう社会を変えるような力はないんだけどなあ」
「わ、こっちにはツクシが生えてる!」
フィンは久方ぶりの外を、自然を十分に堪能していた。その様子をヘイゼルは口角を上げながら見守っていた。
◇
邪竜の封印を強めるのに必要なのは4つ。
1つは封印を施す人物。これは神力が高くなければならない。これに該当するのはフィンである。
2つ目は6つのエレメントと呼ばれる力。炎、水、雷、風、地、樹。それぞれの大自然の力を封印を施す人物が受け継がなければならない。
3つ目は封印の魔法陣。魔法陣を描くためには、聖竜の血を使わなければならない。聖竜から血をわけてもらう必要がある。
そして、最後。それは時の杖と呼ばれる神具である。これが保管されている場所はわかっている。ヘイゼルとフィンは時の杖が保管されている聖地アムリタを目指している最中である。
「ねえ、ヘイゼルさん。封印の条件を確認したけれど、これって結構面倒だよね。僕としてはパパっと言って、パパっと解決したいんだけどなあ」
「まあ、そう言ってやるな。封印が終わればこの旅も終わってしまう。そうしたら、お前はまた地下生活に戻ってしまう。長く地上の道中を愉しめると思え」
「確かにね。あそこに戻るともうタンポポが見れないし」
「お前、どんだけタンポポが気に入ったんだよ」
聖地アムリタはここより南方の山を越えなければたどり着けない場所にある。それなりに険しい道で、実はフィンの言う通りかなり面倒な道中なのだ。とても観光気分で行けるような旅ではない。
「ねえ。ヘイゼルさん。思ったんだけどさ。邪竜を倒した方が早くない?」
「え? は、はあ! お前何言ってんだ」
「だってさ。邪竜を倒せばもう封印しなくても良いわけでしょ。封印は定期的に弱まるからこうして僕たちの子孫がまた封印を施さないといけないじゃない。だったら倒した方がみんな幸せじゃない?」
ヘイゼルは呆れた様子でため息をついた。
「いいか。フィン。邪竜って言うのは存在するだけで天変地異を引き起こすような怪物なんだ。絶対に封印を解いてはいけない。封印を解いた瞬間、この大地は割れて海は荒れて、世界地図が変わるレベルの大災害が起こる。大勢の人間が死ぬかもしれないんだぞ」
「そうなんだ」
「仮に倒せたとしても封印だけは絶対に解いてはいけない。解いた瞬間に多くの命が失われる」
「良いアイディアだと思ったんだけどな」
口をとがらせて拗ねるフィン。だが、ヘイゼルはフィンの考え方そのものは嫌いではなかった。邪竜を倒せるなら倒す。そのぶっ飛んだ蛮勇の発想は聞いていて気持ちが良いものがある。ヘイゼルの豪快な性格にもあっていて、もし封印という対処法がなければヘイゼルもそうしていただろうという意見の一致はあったのだ。
ヘイゼルとフィンが歩いていると近くにカフェがあった。いかにも旅人が休憩するためにあるかのような立地である。
「よし、あそこのカフェに寄っていこうか」
「うん」
ヘイゼルとフィンはカフェに向かった。
「いらっしゃいま……」
カフェのウェイトレスはフィンを見た瞬間に
「あ、し、失礼いたしました! お、お客様は、は、は、に、2名様でよろしいでしょうか!?」
「ああ、そうだ。席に案内してくれ」
「か、かしこまりましぃた!」
頬を赤らめて動揺しながらヘイゼルとフィンを席に案内するウェイトレス。席に案内した後もフィンに見惚れていて、明らかに仕事ができなさそうな雰囲気を醸し出している。
「あ、えっと……ご注文がお決まりでしたら、ま、またおよびくだひゃい!」
言葉を噛み噛みでウェイトレスは慌ててフィンの席から立ち去った。
「あの人、変な人だね」
「まあ、そう言ってやるな。私やシスターたちがおかしいだけで、世の女の大半はあんなもんだ」
「そうなんだ」
「お前は、もう少し自分の容姿を自覚した方が良いかもな。お前がどれだけ女を惑わす存在か……」
「うーん。そうかな。僕は別に僕の顔を見てもなんとも思わないよ。毎日鏡で見ているし」
「そりゃ、お前はそうだろうよ」
まるで無自覚。まるで危機感がない。フィンのこのある意味で大物な精神性は見習いたいものがあるとヘイゼルは思った。
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