貞操逆転世界なのに護衛対象の美少年神官が危機感なさすぎる

下垣

第1話 護衛依頼

 見捨てられた街ユーバ。そこら中に動物の死骸が落ちていて、その死骸に虫やネズミがたかっている。どんよりとした悪い気が溜まっていそうなこの街に黒色のフードを被って顔を隠している女が歩いている。


 その女があるボロボロの木造の建物の前に立つ。そして、扉を4回ノックし鍵穴に向かってある言葉を呟いた。


「今年はハシバミが豊作だ」


 その言葉を呟いた後に扉が開かれる。そのまま女は建物の中に足を踏み入れる。扉を閉めると鍵が自動的にかかる。暗い建物の中。そこにボッと明かりが灯る。口元を黒い布で隠した女の顔が現れた。フードの女は自らの顔を晒す。金髪の碧眼の女。それを見てもう1人の女は目を丸くして驚いた。


「金髪……聖職者様がこんなところに来ても良いのか?」


 この世界では一部の例外を除いて金髪が自然に生まれることはない。神より洗礼を受けた聖職者のみ、髪色が金色に変わるのだ。


「確認するが、迷い込んだわけではないよな? 私がどういう女か知ってて、ここに来たんだろ?」


 金髪の女はコクリと頷いた。


「もちろん。でなければ合言葉を言わないわ」


「くく。教会関係者がまさか……暗殺者に依頼があってくるなんてな。教会には後ろ暗い闇があるって噂があると聞いたが、まさか事実だったのか?」


「暗殺者ヘイゼル。私はあなたとおしゃべりに来たわけではないわ。要件だけ手短に話す。護衛して欲しい人がいる」


「は……? 護衛……?」


 ヘイゼルと呼ばれた女の声が震える。


「これはまた驚いた。私に暗殺依頼ではなく、護衛依頼をするなんてな」


「わかっていると思うけど、事情は詮索しない方がお互いのためだと言っておくわ」


「その辺は心配ない。依頼人の事情を詮索するのは暗殺者にとっての最大のタブーだからな。それで護衛対象は一体誰だ?」


「彼よ」


 金髪の女がヘイゼルに写真を渡す。そこに映っていたのは、信じられないくらいの美少年だった。写真を渡した女もヘイゼルから見てキレイな金髪をしているが、写真の少年はその金髪よりも更にきめ細やかでツヤがある髪をしている。青色の瞳も写真だと言うのに見ているだけで吸い込まれそうになるほどに透き通っている。


 ヘイゼルは事情を詮索するつもりはないと言ったが、なんとなくなぜ自分にこの美少年の護衛を任されたのか理解した。


「なるほどねえ。私に性欲があったら間違いなく食っちまいそうな外見だな」


「…………」


 ヘイゼルの言葉に金髪の女は黙った。ヘイゼルにこの少年の護衛をさせようとする理由。それがまさしく女性の性欲に関係していた。


 この世界の女性の性欲は著しく高い。その性欲は異常で男性を見かけると脳内にある物質が分泌されて身体能力が爆発的に向上して、男性の力では対抗できなくなるほどの強さを手に入れるほどである。


 そんな異常性欲を持った女性が男性を押し倒してやることと言えばお察しである。だが、この世には性欲がない女性は2種類存在する。


 1つは神から洗礼を受けた聖職者。彼女たちは神にみさおを立てるため、性欲も取り上げられるのである。そして、もう1つ。それは……


「まあ、私は改造人間だから性欲なんてないんだけどな」


 聖職者以外でのただ1つの例外。改造手術の副作用で性欲が削がれたヘイゼル。


「護衛対象の名前はフィン様。この国で最も優れた男性神官。彼の神力しんりょくはかなり高くて彼自身も相応に強い。しかし、この外見で女が相手となると何が起こるかわからない。彼の命、もしくは貞操を狙おうとする不埒な女は殺しても良い」


「別に私は殺しが好きなシリアルキラーじゃない。そこは勘違いしないで。生きるために仕方なく暗殺家業をしているだけだ。殺すかどうかは現場の判断に任せてくれ」


「ああ、それでも良い。とにかく、フィン様の命と貞操さえ守ってくれればそれで問題ない」


「なんだっけ。男の聖職者は女と性交渉をするとその神力を女に奪われるんだったか。だから、基本的に男の聖職者は隔離されるとかなんとか。ま、私には関係のない話だけどな」


「どこの馬の骨かわからない女にフィン様の神力を奪われるわけにはいかない。どうだろうか。この依頼。引き受けてもらえないだろうか?」


「まー。報酬次第かなー」


 金髪の女は布の袋を取り出した。そして、その中身をヘイゼルに見せる。顔が映るくらいにピカピカの金貨が数えきれないほどある。


「お、おおお!」


「少ないかもしれないがこれは前金だ。護衛に成功すれば更に上乗せしても良い」


「よろこんでお引き受けしましょう!」


 ヘイゼルの瞳には金貨しか映っていなかった。



 教会の地下室。ここの存在を知っているのは教会関係者のみで、ここで男性の聖職者が隔離されている。彼らの世話をしているのは、女性の聖職者で、食事や生活必需品を定期的に支給している。


 少年神官たちが集められた部屋。そこに2つの足音が近づいてくる。少年神官たちは支給が来たと思って施錠された扉の前でわくわくと待っている。


 ゆっくりと音も立てずにドアが開かれた。そこにいたのは、黒髪で背丈が高いヘイゼルと彼女を連れてきた聖職者の女がいた。


「う、うわああ!」


 少年神官たちはヘイゼルを見ると腰を抜かしてしまった。なにせ彼らは金髪以外の女性は敵だと教え込まれているからである。急な敵襲が起きたと思ってパニックを引き起こしたのだ。


 多くの少年が慌てる一方で、冷静に立っている1人の少年がいた。彼こそがヘイゼルの護衛対象の少年神官、フィンである。


「あまり歓迎されてないみたいだな」


 ヘイゼルは顔を見られるなり、少年たちに逃げられてしまって少し落ち込んでしまっている。


「みんな落ち着いて。彼女は敵じゃないわ」


「そ、そんなんですか……先生……」


 少年たちが小動物のようにおどおどとしながら物陰に隠れてヘイゼルを見つめている。そんな中でフィンだけがつかつかとヘイゼルに向かって歩いていた。


「こんにちは!」


 フィンはヘイゼルに向かって挨拶をした。ヘイゼルはいきなり挨拶されて少し戸惑ってしまっている。


「お、おう……」


 ヘイゼルは右手をあげて挨拶をし返す。そんな様子を見て少年神官たちが青ざめている。


「や、やめなよ! フィン! その人に食べられちゃうかもしれないよ」


 少年の内の1人がフィンを心配して警告をする。しかし、フィンはケロっとした顔で少年の方に向き直る。


「平気だよ。だって、僕強いし。それよりも、人と出会ったらまずは挨拶でしょ。神官足るもの他人に無礼を働くのはどうかと思うな」


「くっ……くくくく。あはは。お前面白いやつだな。確かに挨拶はきっちりしとかないとな。気に入った。お前は私が絶対に守ってやるからな」


 豪快に笑うヘイゼルと静かに微笑むフィン。2人の第1印象はそこまで悪くはない。


「みんなに伝えておく。これからフィン様は、この粗暴そうな女と一緒に旅に出かけることとなった」


「え、えええええ!」


 少年神官たちが驚く。彼らの神力は非常に貴重なもので、絶対に外に出てはいけないと幼少のころから教え込まれてきた。それが自分たちの中で最も強い神力を持つフィンが危険人物っぽい女と一緒に旅に出ると聞かされては驚くのも無理はない。


「そ、そんな。フィン! どうして僕たちになにも言ってくれなかったんだ」


「……いや、僕も今日初めて知った」


「初めて知ってなんでそんなリアクション薄いの!?」


「あはは」


「いや、笑いごとじゃなくて」


 フィンの能天気な言動に少年神官たちも呆れてしまっている。彼らも長い付き合いのため、フィンは天然なところがあることは知っていた。だが、ここまで物怖じしないものとは予想外であった。


「フィン様すみません。なにせ世界の危機でして……どこで情報が洩れるかわからなかったので、フィン様に伝えるのが遅れてしまいました」


「あ、良いよ。僕は全然気にしてないから。それで、どうして僕は旅に出るの?」


「かつて、世界を混沌に陥れた伝説の邪竜。その封印が弱まっています。フィン様にはその封印を再度施して欲しいのです」


「うん。良いよ」


 フィンは軽いノリで了承した。状況がわかってないのか、肝が据わっているのか。とにかく、ヘイゼルはフィンのその言動に「くくく」と愉快な笑いを漏らしていた。

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