第15章 パーティーの主役・スポットライトの当たるさき①
「やったー! ついに勝ちとった! 勝訴だよ!」
朝の十時半のオフィスに金村の大きな声が響き渡った。
「本当ですか!」すぐに南野がその声に反応し、金村のデスクに駆け寄った。
二人の声につられるようにして奈都芽と藤田もそちらに向かった。
「斎藤先生がようやく『冤罪』を勝ち取ったんだ!」
机の上に置かれたノートパソコンの速報の記事を指しながら、金村が叫んだ。
はじめこそ金村と同じように興奮していた南野だったが、記事を読み進めるうちに少しずつその表情を変えていった。そして、小さな声で確認するように呟いた。
「これで、容疑者の方の無罪が証明された」
奈都芽は南野のその横顔からあることを感じた。
……青のスクラップで見たように、本当に南野先生は『冤罪』を失くそうとしている。先生になら、私のお父さんの相談ができる……。
奈都芽は心の中でそう確信した。
「明日の新聞、スクラップしなきゃ」
決意に満ちた南野の声は巨大なモニュメントが据えつけられるように奈都芽の心の中に強く刻み込まれた。
「もしかしたら……本当に薫さんの言う通り、場違いかも……」
南野に招かれたパーティー会場の隅っこですっかり委縮してしまった奈都芽は小さな声でそう呟いた。
……べ、別世界……。
ホテル・ソルスィエールのロビーとまではいかないが、そのかなり広い部屋はドレスやタキシードを着た紳士、淑女たちで溢れていた。とりわけ女性たちが着ているドレスはどれも華やかでひとりだけ違う衣装を着た奈都芽は身の置き所に困っていた。
「今回のパーティーの衣装はもう決まったようなものでございます」
そう黒江に言われたことを忠実に守った奈都芽だったが、不安でしょうがなかった。
……私ひとりだけ、こんな格好で本当に大丈夫なのかな?……。
小さな体をさらに小さくしようとしたわけではないが、奈都芽は今にも壁の中にめり込んでしまいそうなほど体を壁に押しつけていた。
「ねえ、もしかして……ナツメ?」
自信がないから、できればそっとして置いて欲しい。そう心の底から願っていた奈都芽を見つけたのはひときわ鮮やかな青のドレスを着た薫だった。
「どうしたの? その恰好?」
薫は奈都芽を指さしながら言った。
「……いや、あの……」
「なんでドレスを着てこなかったの? どうして、着物なんかで」
そう言うと、薫は奈都芽の全身を舐めまわすように見た。そしてその場でグルリと奈都芽をひと回りさせると、薫は改めて会場中を見渡した。
「会場を間違えたのね、ナツメ。お見合いにでも行くつもりだったのよね?」
そう言うと、薫は口の前に手をやり、肩を揺らして笑った。
この場に合っていないかも、と心配していた奈都芽は薫の表情を見ているうちに、さらに気持ちが沈んでいった。
……もしかして、あの黒江さんが間違えたってことなのかな?……。
今にも泣きそうな顔をしている奈都芽を見ながら、薫は笑いをこらえるのに必死だった。
だが、突然、薫が何かを思いついた表情をした。
「そうだ! ねえ、ナツメ。今から先生のお母様のところに挨拶に行きましょうよ!」
「え……」
「なに、ためらってるのよ。せっかくパーティーに招待してもらったんだから挨拶ぐらいするのが礼儀でしょ?」
そう言い終わるか終わらないうちに、薫はオドオドしている奈都芽の手を掴み歩きはじめた。
《これで、ナツメも終わりね。場違いな衣装を着てくるダメな女と先生のお母様に思われるに違いないわ》
口には出さないが、薫の目は明らかに口ほどにものを言っていた。
「あ、あそこよ! ちょうどいいわ! 南野先生も一緒!」
そのサーチライトのような目で南野とその母の姿を見つけた薫はまるで密入国者でも発見したかのように二人のところへ奈都芽を連れていこうとした。薫に手を掴まれた奈都芽は顔を隠すようにしてあとをついていった。
「まあ、薫さん。来てくれたのね」
ユリのような純白のドレスを着た南野の母が笑顔で言った。
「やあ」
すぐ隣で立つ黒のタキシードを着た南野も挨拶をした。薫はいつものように標本にでもなりそうなほどの素晴らしい笑顔をつくった。
何度も会っていることからだろうか、薫は南野の母と親しげに会話をしていた。
南野とその母、そして薫のトライアングルは等しい角度で理想的な形を保っていた。
「あら?」
タキシードにドレスといった西洋風の衣装を着た三人の輪の中に入れず、すっかり忘れられていた奈都芽に南野の母が気づいた。このまま逃げ出そうか、と何度も思った奈都芽だったが、その都度そうはさせじと薫がその手をしっかりと握りしめていた。
「こちらの方は?……」
そう言った南野の母は不思議な生き物を見るかのようにしていた。
「もしかして……川田さん?」
奈都芽のことに気づいた南野が声をかけた。顔をそむけるようにしていた奈都芽はどうにか小さくうなずくことだけはできた。
「ほら、ナツメさん。こちらが先生のお母様よ。さあ、ご挨拶を」
そう言いながら薫が奈都芽の腕を引っ張ったことから、南野と母の前に立ち、着物を披露するような格好になった
「まあ、まさかこんなこと……我が家のパーティーで一度も……」
南野の母が絞り出すように言った。
「こんな衣装で——」
「お、お母さん」
母の顔色が変わっていくのを見た南野が不安げな声を出した。そして、かばうように奈都芽と母の間に割り込んだ。
「いいから、ちょっとそこをどけてちょうだい」
「でも、川田さんは何もしてないじゃないですか」
「何度も言わせないで。その川田さんという方のことをよく見せて」
強い口調で言われた南野が少しあとずさりをした。
その様子を見ていた薫が奈都芽の目に語りかけた。
《これで終わりね、ナツメ。そんな恰好で来るからそうなるのよ。せいぜい恥をかきなさい》
悪意に満ちた薫のメッセージを正確に読み取った奈都芽は力なく俯いていた。
……どうしよう。怒られるのかな……黒江さんのアドバイス通りにしたのに……。
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