第一章 懺悔室バイト初日に皇帝陛下が懺悔に来ました②

 帰りたい……。

 だ、いけない。予想外に重い懺悔内容に白目をいてしまっていた。あちら側からこちらの姿が見えなくて本当によかった。気力をしぼり、ひざの上に置いてある紙に目を走らせる。神官様お手製の「懺悔室手引き」。まあ、業務手順書みたいなものだ。


 その一、懺悔者が一通り話し終えるまで、しんに耳をかたむけること。


 真摯に。真摯に耳を傾けなければ。

「俺は……その、多くの部下を指揮する立場にいまして。裏切った部下は見せしめとして殺してさらし、その一族も根絶やしにしました」

 あのね神官様、私、懺悔室の聞き手を引き受けた時は、もっと軽い懺悔が来るんだと思ってたんだ。「ママの大切なびんを割っちゃったの」とか、「弟のプリンを食べたの」とか、そういうほのぼのした感じ、重くて「りんしてます」とか、そういうのが来ると思ってたんだ。

 まさか帝国の権力争いでかんしんざんさつの話が来るとは思ってなかったんだ。

 時給があめだまでは割に合いませんよ?

「な、なるほどー……」

 たんたんと語られる内容にふるえながらあいづちを打つ。こわい。もう帰りたい。しかし、きちんと最後まで話を聞くことが、聞き手である私の使命である。

「多くの部下を指揮する立場」と、みようにぼかした言い回しをした皇帝陛下は、私から姿が見えていることを知らないから、一般人として懺悔に来た姿勢をつらぬくつもりだろう。だから私も相手がれいこくと名高い「血染めの皇帝」だからといって、怖がって職務ほうをするわけにはいかない。

 ただの通りすがりの青年の懺悔として(いやただの通りすがりの青年だとしてもこの内容には白目を剥くけど)、真摯に、真摯に話を聞くんだ。

 職務放棄のゆうわくを振り切り、おそる恐る膝の上から正面へと視線をもどして──衝立しに見える皇帝陛下の表情に、意表をかれた。

 平気でざんこくな振るいをするとして恐れられる「血染めの皇帝」だけれど、その残酷な振る舞いを語る当人は、あまり平気そうな顔ではなかったから。

「裏切り者にはげんばつを、それが帝国の方針です。だから躊躇ためらわずに殺しました。一族ごとしよけいしたのも、残せば必ずふくしゆうを考える者が出て、無益な争いの火種になるからです」

 やはり淡々と語る声に感情は見えないけれど、それは人に聞かせる声だからだろうか。こちらから見えていることを知らないその顔は、ひどく暗い。

「シスター。多くの命をうばった俺の行いを、神は許すでしょうか」

「……」

 血染めのこうていは、その異名の所以ゆえんとなったさつりくに心を痛めているように見えた。

 それは、血もなみだもないざんぎやくな皇帝という評判からすると意外なことだったけれど、噂を抜きに、国の現状を見て考えれば、おどろくことではないのかもしれない。

 私は今この国で、のほほんと暮らしている。本当に好きで人を殺し回るような人が治める国だったなら、きっとこんなに平和なわけがないのだ。

 かつては方々の領地で争いの絶えなかったこの国が安定したのは、彼が皇帝の座に就いてからだという。れつな粛清をいとわない冷酷な皇帝を恐れて逆らう者がいなくなったのだと、そのようしやのなさが注目されて「血染め」とされる皇帝陛下だけれど──彼が平和を作ったのも、確かな事実だ。

「陛……、ん、んん、あなたの行いを、神はとがめません」

 手引き書の二つ目のこうもくかくにんし、目を閉じて深呼吸をする。


 その二、懺悔者をぜんこうていすること。


「裏切り者には厳罰を、それは国民全てが知っている帝国の方針です。指揮する立場の者がその方針をないがしろにすれば、部下に対する求心力は失われ、その組織はかいするでしょう。裏切った本人のみならずその一族も処刑したことは、確かに非情な判断ではあります。ですが、無益な争いを生まないためというその理由の、どこに非情さがありましょう」

 全肯定するぞという職務の気持ちと、そうするだけの理由がある彼の行いを断罪する気にはなれないという個人的な気持ちを、できる限りシスターらしい口調で述べてみた。

 ちらりとついたての向こうをうかがうと、皇帝陛下は目を見開いてぼうぜんとしていた。

 あれ。なんかまずいことを言ってしまったかもしれない。皇帝相手にいつかいのシスターが生意気な口をいたと気分を害したかもしれない。

 降りたちんもくにハラハラしていたら、やがて皇帝陛下の口元が、かすかにやわらいだ。

「シスターはやさしいんですね」

 よかった。気分を害したわけではないようだ。その声は懺悔を口にした時と比べておだやかで、心なしか顔色も良くなった気がする。話して元気になったのかもしれない。うん。め込むのはよくない。

「いえいえ、私は神のこころを伝えているだけです」

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