第一章 懺悔室バイト初日に皇帝陛下が懺悔に来ました①

 懺悔室バイト、一日目。

 初めて着るシスター服で席に座り、果たして来るのか分からない来訪者を待つ。

 懺悔に来る人から私の姿は見えないらしいけれど、一応、だしなみは整えてある。黒を基調としたローブ、共布のベール、教会のしようちようである銀の星をかたどったくびかざり。この三点を身に着ければ、見た目だけは立派にシスターだ。

 中身の私自身は、ごくつうまちむすめである。おさげにした髪はくりいろで、ひとみも同じ色合い。この別段めずらしくもない髪と瞳の色を「焼き上げたパンと同じ色」「焼きたてパンのようせいごとし」と、世にもたぐいまれな美しさとしてしようさんしてやまないのは、うちの父母くらいだ。

 そんな娘への評価が激甘な父母から「リーニャちゃんのシスター姿が見たい」ときらきらした瞳で言われたけれど、なんだかずかしいので断ったため、私のシスター姿を知る人間は神官様だけである。

 ちなみに神官様からいただいた感想は「お前、似合うなあ。なんか簡単にいそう……いや、はつこうそう?」だったので、脛を蹴っておいた。

 しかし、懺悔室を開いたのはいいけれど、本当に人は来るのだろうか。この教会はだんからにぎわいとはほど遠い。今は神官様もけており、とても静かである。

 懺悔室は小さな部屋だ。四歩くらいでかべから壁に着く。けれど座るだけならじゆうぶんな空間だし、上部に小窓があるので空気もよどまない。そうしよくの特にない簡素な内装が、静けさと相まって厳かなふんかもしている。

 勤務初日できんちようするが、神官様の言った通り、座って話を聞くだけだ。気楽に行こう。

 と、懺悔室のとびらがノックされた。記念すべき初めての来訪者である。

「来た……」

 懺悔室は来訪者側と聞き手側が組木のついたてで仕切られており、おたがいの姿は見えないていになっている。なお、「見えない体」というのは、実はこの衝立はとくしゆな造りで、あちら側から私の姿は見えないが、こちら側からは組木のすきから、相手の姿がそれなりに見えるようになっているのだ。

 神官様いわく、「懺悔する側は聞き手の姿が見えない方が気楽だし、聞く側はもしかしたらさつじんが懺悔に来るかもしれないんだから相手が見えた方が安心するだろ」とのことだ。

 というわけで、相手からこちらの姿は見えないと分かっているけれど、なんとなく居住まいを正して「どうぞ」と入室をうながす。

「……こんにちは」

 声からして、本日の来訪者第一号は年若い青年のようだ。正面に着席した相手の姿を見て、息をんだ。

 冷たいやいばの色を思わせるぎんぱつ

 ごくごうを思わせる赤い瞳。

 一目でだれもがこころうばわれるぼう


 え。皇帝陛下?


 下々の身である私は皇帝陛下を直接見たことはないが、そのとくちようくらいは耳にしたことがある。そしてそのうわさに聞く特徴のさんびようそろった青年が、軍服然とした高貴な服を身にまとい、しんと冷たい表情をして、目の前に座っていた。

 待って。なぜ皇帝が下町のおんぼろ教会にしゆつぼつするんだ。

 ただ同じ特徴なだけのいつぱん市民だと思いたいが、この国で銀髪は皇族にしか見られない珍しい髪色であり、赤い瞳は現皇帝以外に聞かないさらに珍しいものである。めつに国民の前に姿を現さないとされる現皇帝なのに、その特徴だけはしっかり広まっているのは、それだけの特異性があるからで、かくして一般市民説ははかなく消えた。そもそも一般市民はあんなきらきらしい服は着ない。

 なお、噂されるほどのその美貌に関しては、申し訳ないのだけれど「バイト初日の相手が皇帝陛下」という重圧の方が勝ってしまって、心奪われるゆうがない。もっと冷静な時にかんしようさせてほしかった。

「……あの、こういうところは初めてで。普通に話し始めたらいいのでしょうか?」

「えっ? あっ、はい、ど、どうぞ」

 私がほうけて何も言わないものだから気をつかわせてしまった。あろうことか皇帝陛下に気を遣わせてしまった。いけない。彼は今、皇帝という身分をきに一個人としてざんに来ているはずだ。こちらも懺悔室の俄かシスターとして、立派に職務をまつとうせねば。

「神はすべてをお許しになります。安心して、あなたがおかかえになった罪をお話しください」

 神官様から受けた指示通りの台詞を口にしつつ、自分に言い聞かせる。

 相手は通りすがりに懺悔室に来た一般人、迷える子羊、ただの一般人。よし!

「俺を裏切った者を一族ごと殺したことがあります」

 待って。重い。

 懺悔室バイト初日に聞く懺悔じゃない。

 しかもそれ、知ってる……。確か六年くらい前、まだそくする前だから彼が皇帝ではなく第三皇子だったころ、当時十六歳の彼は、自身のばつに反乱を起こそうとした臣下をしよけい、その一族も速やかにしゆくせいした。そんな現皇帝の異名は、はい、「血染めの皇帝」です。

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