プロローグ 懺悔室のシスター役になりました

「なあリーニャ、うちで一週間ほどバイトをしねえか?」

 と、顔なじみの神官様が放った一言がきっかけだった。

 簡単な仕事だぞ、と続けた神官様にさんくささを感じた私は、「お店のお手伝いがあるので」と断ろうとしたが、父母に「うちのことはいいから神官様のお手伝いしておいで!」と、がおで送り出されてしまった。

 ていの下町でパンのお店を営むうちの父母、コール夫妻は、このじやつかんお口の悪い神官様を大変に尊敬している。くせぐせか判然としないぼさぼさのくろかみ、目つきの悪さは悪人のそれ、黒いせいふくを着ていなければとても神官には見えないような人だけれど、何かとお世話になっているし、うちの常連客でもある。何より、身寄りのない子どもだった私がコール夫妻に引き取られたのは、この神官様のおかげだ。

 下町の小さな教会に向かいつつ、今回の仕事内容について神官様が話し始める。

「リーニャ。俺はかねもうけがしたいんだ」

「口をつつしみましょう神官様」

 神官様が堂々と言ってはいけない台詞せりふの第一位は「神は死んだ」、第二位が「金儲けしたい」である。

「うちの教会がぼろいの知ってんだろ。あまりがひどくなってきたから修理したいんだが、金がない。そこで寄付金を集めるかくを思いついた。題して『シスターの懺悔室』だ」

「はあ……。懺悔室ですか」

 いまいちうすい私の反応を意にかいさず、神官様は得意な顔で続ける。

「ずっと物置部屋代わりにしてただけで、うちの教会にも懺悔室はあるんだ。これを活用しない手はない。だが如何いかんせん俺もいそがしい身でな。というわけでリーニャ、お前には懺悔室で話を聞くシスター役になって欲しい」

「えっ、私? あの、私はシスターの修行的なものをしたことがないのですが」

 そんなにわかシスターが務める懺悔室でいいのだろうかという私の心配をよそに、神官様は「いけるいける」と軽くけ合う。

「神官の俺が任命すれば今日からお前もシスターだ。お前はただ椅子いすに座って、やって来た人間の懺悔を聞くだけ。簡単な仕事だろ。どうだ、やってくれないか? もちろん時給は出す」

 神官様はふところから包み紙に入ったあめだまを取り出した。これが時給というわけで、つまりタダ働きもいいところなのだけれど、神官様のたのみだから仕方がない。

「……まあ、そういうことなら……」

「決まりだな。たよりにしてるぞ、新米シスター」

 やがて、人の往来の少ない通りにひっそりと建つ教会に着いた。お世辞にも立派とは言いがたい、見るからに古びたたたずまい。けれど神官様が定期的にそうをしているし、ささやかながらだんもあって、私はこのこぢんまりとした教会を割と気に入っている。

「じゃ、明日あしたから勤務よろしく」

「……明日からなら、なぜ私を教会に連れてきたのでしょうか」

「そりゃお前、物置状態の懺悔室の掃除というめんどうごとを手伝ってもら痛ぁっ。こらリーニャ三十代のせんさいすねるんじゃありません」

 こうして私は俄かシスターとして、懺悔の聞き手を務めることになったのだった。

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